第11話 リディアという名
街道脇の木の下に、エドガー・ヴェインを埋めた。
地面を掘り終えた頃には、日は大きく傾いていた。
リディアはエドガーの剣を遺体の傍らへ置き、土を戻していく。ミアも黙って手伝った。
やがて、盛り上がった土だけが残った。
「墓標はどうするの?」
「名を刻めるものがない。石を積んでおこう」
二人で手頃な石を集め、墓の上へ重ねた。
騎士の名を示すものは何もない。誰かがここを通っても、名も知らない旅人の墓だと思うだろう。
それでも、道端へ放置するよりはよかった。
リディアは墓の前に立つ。
「エドガー・ヴェイン。名は覚えた」
自分を殺して名を上げようとした男。
そのために、自分が殺した男。
好意を持てる相手ではなかった。それでも、死んだことまで喜ぶつもりはない。
短く黙祷し、踵を返した。
「行こう」
「待って」
ミアはその場を動かなかった。
「先に聞かせて。さっきの人、あなたをリディア様って呼んでいたわよね」
「ああ」
「リナじゃなかったの?」
「偽名だ。本当の名はリディアという」
ミアは腰へ手を当てた。
「それから、大罪持ちとも言っていた」
「それも事実だ」
「そう」
ミアはひとまず頷いた。
「最初から説明してもらえる?」
「分かった」
隠し続ける意味は、もうなかった。
リディアは成人の儀で正体不明の紋章が現れたこと、それが大罪に属すると判明したことを話した。
家は紋章の存在を隠すため、リディアを殺そうとした。
屋敷から逃げ、最初に追ってきたのがローデンだった。先ほどのエドガーは、その次に送られた刺客だ。
「つまり、あなたは貴族のお嬢様で、家から命を狙われているのね」
「そうなる」
「ずいぶん大事なところを黙っていたじゃない」
「巻き込むつもりはなかった」
「もう巻き込まれてるわよ」
「だから、ここで離れても構わない」
ミアは僅かに眉を寄せた。
「追手は、また来るのでしょう?」
「おそらくな」
「次は何人かも、どんな手を使うかも分からない」
「ああ」
「それなら、なおさら一人にはできないわ」
「危険だぞ」
「分かってる。でも、事情を知った途端に置いていくのも違うでしょ」
ミアは馬の方へ歩き始めた。
「少なくとも、次の町までは一緒に行く。そこから先は、その時に考えるわ」
「……そうか」
「それと、名前」
ミアが振り返る。
「これからもリナって呼んだ方がいい?」
「いや。もう偽名は使わない」
リディアは答えた。
「リディアと呼んでくれ。家名は使わない」
「分かった。リディアね」
ミアは一度口にしてから、馬の手綱を取った。
「それで、大罪の紋章にはどんな力があるの?」
「発現したスキルは《断罪》だ。悪人と戦う際に、身体と剣の動きが強化される」
「紋章が悪人を見分けているってこと?」
「分からない」
借金取りにも、エドガーにも発動した。
だが、何をもって断罪の対象とするのかは、リディア自身にも理解できていない。
「少なくとも、これまで戦った相手には発動した」
「思っていたより曖昧なのね」
「私も発現してから日が浅い。いずれ調べるつもりだ」
「大罪についても?」
「ああ。名前だけで殺されかけたのだ。せめて、何なのかくらいは知っておきたい」
二人は街道へ戻った。
石を積んだ墓が木々の向こうへ消えても、リディアは振り返らなかった。
◇
それから数日後。
二人は街道から外れた小さな村へ入った。
最初に感じたのは、静かすぎることだった。
畑も家畜小屋もある。人の住む家も並んでいる。それなのに、働いている者の姿がほとんどない。
家の前に座り込んでいる老人も、二人が通っても顔を上げなかった。
「変ね」
「ああ」
馬を引いて進んでいると、井戸の傍らにいた子供がふらついた。
そのまま倒れかけた身体を、ミアが駆け寄って支える。
「大丈夫?」
子供は答えなかった。
ミアはその場へ座らせ、顔色や呼吸を確かめる。
「病気か?」
「熱はない。たぶん、空腹よ」
子供の腕は細く、頬も痩せていた。
騒ぎに気づいた女性が家から飛び出してくる。
「す、すみません!」
「謝る必要はないわ。それより、この子はいつから食べていないの?」
「昨日の朝に、少しだけ……」
ミアの表情が曇った。
リディアは荷物から携帯食を取り出そうとする。
「待って。一度に食べさせない方がいいわ。私がやる」
「分かった」
ミアは固いパンを水でふやかし、少しずつ子供の口へ運んだ。
その様子を見ていた村人たちが、家々から姿を現す。
誰もが痩せていた。
「この村で何があった?」
リディアが尋ねると、村人たちは互いの顔を見た。
やがて、杖をついた老人が前へ出る。
「私が村長です。旅のお方、よろしければ中でお話しいたします」
◇
村長の家にも、客へ出せる食事はなかった。
差し出されたのは、二人で一杯の薄い茶だけだ。
「今年は、収穫が少なかったのです」
村長は両手で椀を握りながら説明した。
「それでも、納める税の量は変わりませんでした。代官様へ何度もお願いしましたが、聞き入れてはいただけず……」
「すでに食料を持っていかれたのか?」
「はい。それでも足りないと言われ、残りも明日取りに来ることになっております」
「残りとは?」
「村人が冬を越すために取っておいた分です」
リディアは黙った。
「それまで渡せば、どうなる?」
村長は俯く。
「冬を越せない者が出るでしょう。すでに、満足に食べられていない者もおります」
「領主は何をしている?」
「ご病気で、長く表へ出ておられません。領地のことは代官様へ任せていると聞いております」
「ならば、その代官が決めているのだな」
「はい」
事情は単純だった。
村人には食料が必要だ。
代官は、それを承知で取り上げようとしている。
「渡す必要はない」
村長が顔を上げた。
「しかし、逆らえば兵士に連れていかれます」
「黙って渡せば、村人が死ぬのだろう?」
「……はい」
「ならば、どちらにしても待っているだけでは助からない」
村長は答えられなかった。
「代官は明日、自ら来るのか?」
「はい。兵士を連れて来ると」
「分かった。私も話をしよう」
「お待ちください。旅のお方には関係のないことでございます」
「関係がなければ、間違っていることを見過ごしてよい理由にはならない」
リディアは椅子から立ち上がった。
「まずは代官の話を聞く。そのうえで、村人を飢えさせるつもりなら止める」
「止めるって……相手は兵士よ」
ミアが言った。
「分かっている」
「また戦うつもり?」
「話が通じなければな」
ミアは小さく息を吐いた。
「そう言うと思った」
◇
翌朝。
村の入口から、複数の馬と荷車が近づいてきた。
先頭には、上等な外套を身につけた男がいる。その後ろには十数人の兵士が続いていた。
「代官様です」
村長の声が震えた。
代官は村の中央で馬を止めると、集まった村人たちを見渡した。
「滞納分をすべて荷車へ積め」
兵士たちが家々へ向かおうとする。
「待て」
リディアがその前へ出た。
代官と兵士たちの視線が、一斉に集まる。
「何者だ」
「リディアという」
「この村の者ではないな」
「ああ。だが、それを持っていかせるつもりもない」
リディアは兵士たちの前に立った。
「残った食料まで奪えば、この村の者たちは冬を越せない」
代官が目を細める。
「余所者が、領地の決まりに口を挟むか」
「決まりで人が死ぬなら、その決まりを止める」
リディアは腰の剣へ手を置いた。
「この徴収は、私が認めない」




