2-6 アルバートとレティシア ~ハンカチ~
アルバートは少し身体の発育が遅いらしい。
「しばらくは子どもらしく遊びなさい」
というルイーズのひと言で、午前中、レティシアと共に家庭教師について勉強したあとは、ルバートに引きずられて外をかけ回った。
公爵夫妻は、どんなに忙しくても子ども達と朝食を共にして、前日の出来事や今日の予定を聞いてくれた。朝食に遅れることは許されず自然規則正しい生活となった。アルバートは、気さくなウォルター家にすぐ馴染んだ。
◇
アルバートは、婚約したからにはレティシアと何か特別な関係(それが何かわからないが)になると思っていたが、他の兄弟と同じようなものであった。
ある日のことだった。
「時々、眠れないんだ」
何気なくアルバートが言うと、
「じゃあ、私が一緒に寝てあげる」
レティシアが真面目な顔で言ってきた。
(えっ!そんなこと…)
「じゃあ、僕も!」
とルバート。
(えっ!)
「しようがないなぁ~、僕もつきあうよ」
レイモンドまで参戦した。
その夜、それぞれの部屋でいったん就寝し従者が退出した後に、3人がアルバートの部屋にやってきた。ルバートは満面の笑みで、レイモンドは親指をたてて、レティシアは少し恥ずかしそうに。
「手をつないだら、きっと寂しくないわ」
レティシアはアルバートの手をとってベッドに向かった。アルバートは心臓が飛び出しそうだった。
「じゃあ,僕も!」
ルバートはアルバートとレティシアの間にモゾモゾとはいってきて、二人がつないだ手のうえに自分の手をのせた。レイモンドは、アルバートのもう片側に横になって、さらに上に手を重ねた。
「あったかいね~」
ルバートが嬉しそうに言った。
アルバートは、母エイダが添い寝をしてくれたことを思い出した。
アルバートのベッドは広かったが、さすがに4人は窮屈だ。ルバートは、すぐに寝息をたてて寝返りをうち始め、隣のアルバートとレティシアに無意識の攻撃をしかけてくる。
レティシアは向きをかえてベッドの端に遠ざかっていった。アルバートは仕方なく反対側のレイモンドの方に寄っていった。眠気の片隅で(レティがベッドから落ちないように)と思いながら。
もちろん翌朝には従者達に見つかって、ルイーズの大目玉をくらうことになった。4人の無謀な計画はたった一晩で終わったのだが、アルバートの心には温かな思いが残った。
◇
「アル君、そろそろ本格的にお勉強をしましょうか。紳士たるもの全方向に優秀でなくてはなりませんよ。」
とのルイーズのひと言で、外国語や音楽などの授業が増えアルバートは俄然忙しくなった。
その一つに体術の稽古があった。剣を振る時代ではなくなったが、心身の鍛錬のために武術を習う習慣は残っており、体術は護身のためにも人気があった。
体術は王都にある道場に稽古に行くのだが、すでに習っているレイモンドと、アルバートとルバートの3人で、週に一度通うことになった。
レティシアも習いたいと駄々を捏ねたが
「怪我をしてお嫁に行けなくなったらどうするの」
とまたもルイーズのひと言で却下になった。
(僕のお嫁さんになるのだから別にいいのになぁ…)とアルバートは思ったが口には出さなかった。
「体術はお腹がすくだろ?何か食べて帰ろう」
レイモンドの誘いで、稽古の帰りに3人は、チュロスという細長いドーナツの屋台に寄った。店の人から揚げたて熱々のチュロスを受け取り、立ったままかぶりつく。非常に行儀が悪い。アルバートは、罪悪感と高揚感を覚えた。
「工場が増えて夫婦共働きの労働者も多いから、家で食事を作る暇がないらしいよ。だからすぐ食べられる屋台がたくさんできるんだよ。」
レイモンドは年上らしく教えてくれた。
その後、3人の体術後の立ち食いは習慣化し、帰りの馬車では、あれが美味しかった、こっちが良かったと盛り上がるのだった。
◇
その日は、レティシアがアルバートを誘ってピックニックをした。ピクニックといっても、庭の木陰にシートを敷いて二人でお茶会だ。
「あのね、お母様が刺繍をしなさいっておっしゃってね。私、『布も機械で織れるようになったから、刺繍だってそのうち機械化する。自分で刺す必要ないわ』って言ったの。そうしたらお母様が『レティが作る刺繍はレティにしか作れない』って。そしてね『自分で携わったこともなくて良いか悪いか判断できるの?』っておっしゃるの。(それもそうかも)と思って、刺繍をお母様に習っているのだけど…」
「ん?…だけど?」
「だけど…ねえ、笑わない?」
「えっ?うん、笑わない」
「絶対?」
「う、うん」
「じゃあ、こ、これ、差し上げるわ。初めて作ったから下手だけど…」
レティシアは、乱暴にアルバートにハンカチを押しつけた。それにはエルフラウと盾らしきものが刺繍されていた。正直上手ではなかったが、レティシアが作ってくれたと思うと,アルバートは頬がもにょもにょして、思わず「ふふっ」と声が出てしまった。
「わ、笑わないで!」
「笑ってないよ。嬉しい、ありがとう。」
「お花だけだと女の子みたいで使えないでしょう。だから盾もいれたの。」
「ポートフォード家の紋章は盾と麦だよ。ウォルター家は剣とエルフラウか~、盾は僕で、エルフラウはレティだね。」
アルバートは、何気にそう言ってレティシアを見たのだが、レティシアが顔を赤らめてうつむいてしまったので、自分がとんでもなく恥ずかしいことを言ったことに気がついた。
そよと風が吹いた。
レティシアの長い髪が、わずかにそよいだ。
アルバートは、その髪に触れてみたいと思った。




