2-4 アルバートと父、メリンダと母
アルバートとレティシアは、親の心配をよそに二人とも婚約をあっさりと了承した。
アランは、アルバートとしばらく離れて暮らすことになる。わが子とのせめてもの思い出づくりに王都観光にでかけた。そして「ひと休みだ」と言って立ち寄ったのは、瀟洒なホテルの最上階のラウンジだった。
黒い制服を着た見目のよいウエイターが、二人を窓際の予約席に案内してくれた。
「カスタード・プディングを二つ。飲み物は…」
父の視線を感じたアルバートは「りんごジュース」と応えた。
「私は珈琲にしよう、砂糖はいらないよ。宜しく頼む。」
それから、二人は見るともなく窓の外を眺めた。
エルベ川沿いの散策道では人々がのんびりと歩き、川の向こうには、こんもりとした森に囲まれた王城が見えた。中央の塔の左右に3基ずつ、全部で7基の塔が聳え立っている。
やがてウエイターが注文のものを運んできた。珈琲の香ばしい香りが辺りに漂う。プディングには、果実ソースが添えられていた。
「ああ、変わってないなぁ」
とアランがつぶやいた
お腹のすいていたアルバートは、りんごジュースをひと飲みして、プディングにスプーンを差し入れたところだった。
「ここはね、エイダと初めて会った場所なんだ。君の母さまと、ここでお見合いをしたんだよ。」
「!?」
アルバートはアランを見上げた。
「もう戦争が始まっていたからね、手っ取り早くホテルで会うことになったんだ。ロビーで両家の顔合わせをしてから、二人でそこの散策道を歩いたのだが会話が続かなくてね、気まずかったよ。
その後に食べたのが、このプディングだ。当時、甘いプディングは珍しくてね。『美味しい!』『美味い!』と二人同時に声が出て、思わず顔を見合わせて笑ったんだ。…エイダの笑顔がかわいかった…この人がいいと思ったよ…。」
アランは、遠い日をたぐり寄せるように目を細めて窓の外を眺めた。
アルバートは、いつにない父の様子をまじまじと見つめた。
「ほら、アルバート、手が止まっているぞ、食べながら話そう。」
「あっ、はい」
アルバートは急いでプディングを口にした。滑らかで上品な甘さだった。果実ソースの酸味が、少し大人になった気分にさせてくれた。
「たまにしか帰れない私に、エイダはいつもプディングを用意してくれたよ。当時は、卵も砂糖も貴重品だったけどな。」
「僕も…父さまと母さまとプディングを食べた。」
「そうだったな…。アルバート、ずっと構ってやれなくて、すまなかったね。」
アルバートは黙って首を横に振った。
「アルバートが生まれたとき、神とエイダにどんなに感謝したか。アルバートは私とエイダの絆であり誇りだ。そのことを忘れないで欲しい。わかるか。」
アルバートは、しっかりとうなづいた。
「ウォルター公爵は、父さまの親友だ。ご家族みんな信頼できる人達だ。一人で残していくのは淋しいが、アルバートがしっかり跡を引き継げるようポートフォード領の立て直しに尽力する。君はここで頑張れるね。」
「はい、頑張ります。」
「レティシア嬢とも仲良くするんだよ。」
「はい!」
アルバートは少し照れた様子で元気に応えた。
◇
メリンダは,倒れた翌日の午後には目を覚ました。
「ああ、メリンダ!大丈夫?心配したのよ。」
「お母さま…、ご心配かけてしまって…」
「いいのよ、高熱でうなされていたから一時はどうなるかと思ったけど、今朝には熱が下がって安心したわ。お医者様がね、知恵熱だなんて言うのよ。10歳にもなってそれはないわよね、ヤブだわ。もう一晩様子をみて明日は帰りましょう。帰ってウチのお医者様に診てもらいましょうね。」
「だ、大丈夫、ほんとに大丈夫です。それでレティは?」
「それがね、レティシアとポートフォード家のアルバート様が婚約したのよ。昨日のパーティーだって、そのためのものだったのじゃないかしら。何だか猿芝居につきあわされた気分よ。」
(ええ!やっぱりそうなんだ。じゃあ、昨日見たあれは、本当に将来起きること?)
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです。お父さまは?」
「今朝、領地に帰ったわ。何がそんなに忙しいのかしら。あなたのお父さまはほんとに冷たい人ね。あらメリンダ、何か食べた方がいいわね。果物でも頂いてくるわ。」
メリンダが物心ついた頃には、父はいつも領地で仕事をしていてタウンハウスには母と二人きりだった。母は、「田舎は嫌いだ」と言ってめったに領地に行かない。おのずとメリンダが父と接する機会は少なかった。
父母は喧嘩するでもなく、いつも余所余所しかった。小さい頃はそういうものだと思っていたが、ウォルター家に出入りするようになって、家族の形が全く違うことに気がついた。
ウォルター家の家族の仲の良さを見るたび、メリンダは孤独を感じ、それは同じ年齢のレティシアへの敵対心となった。
メリンダは金髪碧眼で華やかな少女だ。容姿はレティシアより優れている、とメリンダは思っている。お勉強もマナーもそこそこ頑張っている。お母さまの社交についていくと皆が褒めてくれる。
それなのに…レティシアは公爵令嬢で優秀で全てを持っているのだ。気立てもよく、メリンダに対しても親切なのが余計に腹立たしかった。誰も比べていないのに、メリンダはレティシアと自分を比べて苛立っていた。




