2-3 父親たち
兄弟二人になると、レナードは、ロバートのグラスが空になっているのに気がついて、自ら氷を追加しブランデーを注いだ。琥珀色の液体が氷の間をきらめきながら流れ、やがて氷がカランと音をたてた。
レナードはグラスをロバートに手渡した。
「ありがとう、兄上。それにしても兄上には恐れ入るよ。国益と自らの利益、どこまで視野にいれて動いているのか想像もつかないよ」
「おまえこそ人畜無害な顔をして何を考えているんだか。それより鉄道の件は…」
「ああ、一枚かませてくれ。将来のためにも色々準備しておきたいんだ。」
ウォルター家は、エルディア王国建国以来の重臣、公爵四家のひとつだ。
四家は、王城のある王領の外側を取り囲むように領地を拝領し、有事の際には最後の砦として絶対の忠誠を誓ってきた歴史がある。
しかし専制君主制は終わり、現在は、王と政府が並び立って議会政治が行われている。議会の決議に王の承認を得る形だ。表立って政治発言ができない王に代わって調整役となっているのが四家だ。
ともあれ王都の土地は、王領を覗けば、ほとんど四家が所有している。地方の有力家に比べれば規模は小さいが、近代化が進み経済発展する王都に土地を持つ四家は、王家をしのぐ莫大な資産を形成している。
ウォルター領は王都の西方に位置し、先代公爵の時代から、将来を見据えて都市開発を行い、将来性のある起業家たちを誘致して商業区を発展させてきた。領内に中央駅を引き込みますます発展を遂げている。
ウォルター領のさらに西に位置するのが、ロバートが継承したバーナム領だ。
二人の祖母にあたる先々代公爵夫人はバーナムから嫁いできたが、彼女の甥にあたる先代バーナム伯爵には、息女メラニーしか生まれなかった。エルディア王国は男子のみに爵位と領地が継承されるため、ロバートが養子縁組をしたうえでメラニーと結婚したのだ。
しかし、体の弱かったメラニーは結婚してわずか2年で亡くなってしまった。
ロバートは再婚するつもりはなかったが、跡取りを作れとの周囲の圧力に負けてマチルダと再婚した。メリンダの母親だ。
「例の件は承知しているよ。本人に話すのはだいぶ先になるが…」
とレナードが切り出すと、ロバートは黙って頭を下げた。
「マチルダさんには、もう話したのか?」
「いや、メリンダを嫁に出してからと思っているんだ。それまでは現状維持だよ。」
「そうか、嫁ぎ先にあてがあるのか?」
「いやぁ、そこまではな。自分で好きな奴でも見つけてくれるといいんだが…」
そこへ突然、サロンのドアが激しく叩かれ、家令のセバスが慌ただしく入ってきた。
「恐れ入ります。ロバート様、先ほど中庭でメリンダ様がお倒れになりました。医者を呼んでおります。」
「そうか、様子を見に行こう。兄上、ではまた」
「ああ。メリンダ嬢が大事ないといいが。セバス、あとで様子を知らせてくれ。」
「はい、かしこまりました。」
そうしてロバートは、家令に案内をさせて出ていった。
(さて、レティシアはアルバート君をどう思っただろうか。なんと切り出したものか…)
レナードは一人になった部屋でつぶやいた。
◇
客間に戻ったアランは、ほろ酔いに満足しながらソファに身を横たえた。
(こうしていると戦争があったなんて嘘みたいだな)
はるか昔、エルディアとゴルドは同じ民族だったらしい。エルド大陸の東方で勃興したシャンバルは、強大な軍事力で多くの民族を従属させながら西へ西へと進軍してきた。シャンバルに抵抗し続けた民族は二手に分かれて、さらに西に逃れ、やがて、片方は大陸の北西の半島で、もう片方は大陸の西端で小さな国を建国した。
エルド大陸の「エルド」とは神の名だ。二つの国はそれぞれ神の名の一部を頂きエルディアと、ゴルドと名乗った。
しかし地理的条件は明暗を分けた。緑豊かなエルディアに対し、ゴルドは雨があまり降らずたびたび食糧難に陥った。その度ゴルドは、エルド海を北上してエルディアに侵攻してきたのだ。
今回の侵攻も当初は飢饉によるものだったが、10年もの戦争を続けるには資金がいる。他国が後ろで糸を引いているのではと疑われた。
(石油か…それが金のなる木ならゴルドも富める国となって、我が国だけでなく他国からも食料を輸入できるだろう。アルバートには戦争を経験させたくない…)
それから、アランは亡くなった妻エイダのことを思った。
エイダとの5年の結婚生活は戦時中の5年でもあった。前線で指揮をとるアランにかわって、エイダは、負傷兵の受入を整え、領地の農作物をみてまわり、物資の補給に尽力した。前侯爵夫妻アランの両親も懸命に力を尽くしてくれたが、エイダは己の責務に邁進した。その責任感が彼女を蝕んだのだろう、過労で倒れ、あっという間に帰らぬ人となった。
エイダの葬儀の日は,憎らしいほどの晴天であった。
アランは、小さなアルバートの手をずっと握っていたが、アルバートがどんな顔をしていたか思い出せない。崩れ落ちそうな自分の心を奮い立たせ、領主の顔を貼り付けて立っているのが精一杯だった。
戦争は終わらない。毎日人が死んでいく。そしてエイダを失った。アランは、ただ、ただ、「なぜ?」と心の中で繰り返していた。
(あの時、アルバートは何を思ったのだろう…すまない、アルバート)
アランは、もういない妻の名を口にした。
「エディ…」
アランの胸の奥がきしんだ。




