7-6 言葉にしない
そして今、僕は国内初の旅行会社をやっている。
バーナム・ピンクを売り出したら、養殖している所を見たいと言う人達が出てきて、僕がバーナムを案内したんだ。ついでに領主館や古い町並みなんかも。
バーナムの領主館、現在僕たちの邸だけど、何百年も前に建った城塞なんだ。僕も初めて見たときは口があんぐり開いてしまったくらい古い。海からの敵の襲来に備えて兵士が交代で見張っていた見張り台も残っている。
夏はいいけど冬はむちゃくちゃ寒くて住みにくい。それでほとんど別邸にいるんだよ。それなら観光に使おうと一部開放したんだ。
古い町並みは、バーナム叔父さんが、どんどん都市化する王都をみて、逆に昔ながらのものを保存しないといけないと思ったらしい。それが今人気となっている。
僕の企画が楽しかったらしく他の企画はないの?みたいなのが続いて、これはビジネスチャンスと思って会社を作っちゃったんだ。
旅行企画の小冊子を作るにあたって、僕は、絵は得意だけど文章はまるで才能がない。そこで頼ったのがアル兄達の生徒会仲間だったエドガー・グラント。今では僕の重要なビジネスパートナーとなっている。
エドガーは、リリアさんの送別会をした時のホテルマンに憧れて、学園卒業後ホテルの就職面接を受けた。でも、伯爵子息様を雇うことは出来ないと言われたそうだ。なんだそれ、逆差別じゃないか!
エドガーは伯爵家の次男坊なんだよ。他にやりたいこともなかったエドガーは、詩や小説を書いたりしながら、文芸サロンや社交界に顔を出していた。エドガーはもてるからね、そこで出会った未亡人の‘つばめ’なんかしてフラフラしていた。
‘つばめ’って知ってる?年上でお金持ちの女性が愛人にする若い男をそう呼ぶんだって。レティ姉には絶対言えないけど。
エドガーは生活に困っていたわけでも、伯爵家でどうこう言われるわけでもなかったけど、何となく居づらくて女性宅を転々としていたらしい。
旅行会社は、最初のうちは、僕が依頼先に出向いて企画を提案するだけだったのだけど、王都に拠点が必要になって、バーナム家のタウンハウスを利用することにした。
エドガーのセンスと経験は、タウンハウスをオフィスにするのに大いに役にたった。
「自邸に呼びつけるのは男性、女性は絶対やってくる、だから女性が好むオフィスにするべきだ」
エドガーのアドバイスで、グレー調の建物は淡いベージュに塗り直し重厚なドアも白くした。小さな看板が一つきり、貴族邸が並ぶ高級住宅街の知る人ぞ知るオフィスだ。
2階はバーナム家の住まいとして残し、1階をオフィスにしたのだけど、内装もあまり変えず、受付はあるものの貴族邸を訪れた感を出した。
アンテナショップの役割も自然とやることになったけど、商品の陳列ではなく、例えばマントルピースの上にアップル・ビアとシャンパングラスがある、という風にシーンを演出したんだ。奥の庭に面したサンルームはカフェ風の商談の場だ。
従業員も全て見目のいい男性、これもエドガーのアイデアだよ。全員プランニングして、営業して、カフェの給仕もするプロフェッショナルだ。
ホテルマンをしたかったエドガーは嬉々として紅茶を運び「私は、旅の間の執事を務めさせて頂きます。」なんて歯の浮く台詞を言っている。
◇
僕が企画書を作りながら受付にいたある日、一人の女性が訪れた。女性は赤毛の髪を肩でばっさり切りそろえ、白いワンピースに、流行りのグレーの短いジャケットを羽織っていて、それが赤毛にすごく似合っていた。
女性は室内をぐるっと見渡すと、迷いなくマントルピースの前に立った。何だかアップル・ビアを熱心に見ているので僕は声をかけたんだ。
「これはコックス領で採れるりんごとホップでできた発砲酒です。美味しいですよ。」
「そう…コックス…噂で聞いて来たの。」
「そうですか、ありがとうございます。私の父の取引先なのですが、ここにも何本か置いてあるのでお譲りできますが…」
「そう…ありがとう2本頂くわ。コックス男爵にお会いしたことは?」
「?… あ、はい、私は以前に一度だけ。黒い瞳のとても魅力的な方です。あの、もしよろしければ奥で休んでいかれませんか?」
「ええ、そうさせて頂くわ。この冊子、見せて頂いてもいいかしら。」
「はい、ぜひご覧になってください。」
僕は、彼女をサンルームに案内し、アップル・ビアとつまみを用意した。
しばらくしてその女性が、僕に名刺を差し出した。
「ゆっくりさせてもらったわ、ありがとう。私こういう者よ」
「プランニング・M ミリア……」
「出版社を立ち上げたところなの。と言っても私一人だから社長兼雑用係よ。企画から販売までお手伝いするわ。父が印刷会社をしているから印刷技術は確かよ。最近、多色刷りの機械を導入したの。まだ3色だけど、そのうちフルカラーもできると思う。
この冊子よく出来ているわ、できればカラーにしたいわね。1枚の大きな紙で折りたたむのはどうかしら、製本の手間を省けばカラー印刷の費用は出ると思うの。折りたたみを広げたら旅先の大きな地図になると楽しくない?」
僕は、ミリアと名乗る女性の熱量に圧倒された。
「あっ、ごめんなさい、私ばかりしゃべってしまって。印刷のこととなると、つい熱くなるの。もしお手伝いできることがあったら連絡くださいね。じゃあまた、今日はありがとう。」
「い、いえ、こちらこそ、勉強になりました。ありがとうございます。」
◇
僕がその印刷の話をすると、エドガーは飛ぶようにミリアさんに会いに行った。
その後、エドガーはミリアさんと度々会っているようで‘つばめ’の関係も全部精算して、以前にもまして熱心に仕事をするようになったんだ。
「エドガー、君、ミリアさんに、ひょっとしてひょっとするのか?」
「な、何を言うんだ!急に…」
珍しくエドガーが赤くなった。
「ふうーん、そうなんだ。」
「馬鹿!年上をからかうんじゃない!」
「………」
「…ミリアさんは高嶺の花だ。…俺は、たぶん、想いを言葉にすることはないよ……」
「エドガー…」
「でも、ミリアさんは俺の気持ちに気がついているみたいなんだ。この間言われたよ『あなたにも守りたいものがきっとできるわ』って。」
「………」
「あのさ、俺この仕事好きだよ。ミリアさんが、俺には文章力はあるけど小説は向いてないって言うんだ。それでさ、もっと頑張って旅の本を出そうと思う。みんなが行ってみたいと思うような。シャンバル帝国にも、その先の南の国にも行ってさ。」
「エドガー…」
「何だ?可笑しいか?」
「ううん、エドガー。格好いいよ、応援する!」
「そ、そうか。じゃあまず視察旅行だ!」
「おう!!」
僕たちはお互いの肩を叩き合った。
(エドガー、君はたくさんの女性を渡り歩いてきたけど、ミリアさんに会って初めて恋をしたんだね。)




