7-1 リリアさんは野に咲く花
僕はルバート、公爵家の次男だ。
父はレナード・ウォルター、実質この国を牛耳っていると言っても過言ではない魔王だ。でも国と民のことをいつも考えている良い魔王だよ。母はルイーズ、絵に描いたような貴婦人だけど、父が唯一敵わない強者だ。
レイ兄ことレイモンドは嫡男、眉目秀麗にして頭脳明晰、ちょっと悔しい。それからレティ姉ことレティシア、美しくて気立てが良くて僕の大好きな姉だ。
僕が13歳の時、レティ姉が通っている王立学園で事件が起こった。学園祭に侵入した男が、何を血迷ったのかレティ姉に刃物を持って向かってきたんだ。レティ姉をかばって代わりに刺されてしまったのがリリアさん。
リリアさんは病院で治療を受けたあと、我が家で療養をすることになった。ウォルター家のことだ、リリアさんの客室には、病院と同じ医療機器が持ち込まれ専属ナースをつけ医者を通わせた。
リリアさんはレティ姉の命の恩人だ。僕が同じ状況になったら果たして同じ行動ができただろうか?そう思うと僕はリリアさんにとても興味がわいた。
母上もレティ姉も、毎日リリアさんを見舞って何かとお世話をしていた。僕もリリアさんに会いたかったのに、母上は、僕がリリアさんの部屋の前に行くことすら許してくれなかった。
まあね、当時の僕は13歳になっても外を走り回っていたから、バイ菌の塊みたいに言われても仕方がない。それに伏せっている淑女に男子が会いにいくなんてマナー違反だよね。
ようやく母上の許可が下りて、僕はリリアさんのお見舞いに行くことにした。もちろんナースと同席だよ。僕は、花束を贈ろうと思って庭師に聞いたんだ。
「中庭のエルフラウをお見舞いに採ってもいい?」
「エルフラウももう終わりですからね、いくらでも採っていいですよ。」
それで僕は、まだ綺麗に咲いているエルフラウを選んで腕に抱えきれない程採った。侍女が赤いリボンをぐるぐる巻きにして、体裁のよい花束にしてくれた。
自分の屋敷なのに、リリアさんに会いに行く時はドキドキしたよ。先触れは出してあったからね、ドアをノックすると中からナースが開けてくれた。
リリアさんはベッドに起き上がって窓の外を見ていた。僕が入っていったら、ゆっくりとこちらを振り向いてくれた。柔らかそうな頬にブラウンの髪が少しかかっていて、その髪は光のあたる側がピンク色に見えた。
(なんて可愛い人なんだ!野に咲く花のようだ…)
リリアさんは年上なのに、僕はそう思った。
僕の周りは美しい人ばかりだ。母上も、レティ姉も…磨き抜かれた宝石みたいな美しさだ。でも、リリアさんは素朴で、弱々しくもあり逞しくもある、僕の今まで会ったことのない女性だった。
「初めまして。ぼ、僕はルバートです。レティシア姉様の弟です。お、お加減いかがですか?」
「初めまして、お世話になっています。大分傷も良くなっています。ありがとうございます。」
リリアさんは、ベッドの背もたれから背中を離してお辞儀をしてくれた。
「い、いえ、僕は何も。あ、これお見舞いです。」
「まあ、ありがとうございます。」
ナースがリリアさんの代わりに僕の花束を受け取ってくれた。ナースは、あまりの量にちょっと引いていたけど、僕は気にしないことにした。
「……………………」
「……………………」
僕は、リリアさんに会ったらたくさん聞きたいことがあったのに、なぜか言葉が出てこなかった。リリアさんも元々無口なのか、自分から話そうとはしなかった。
「あ、あのお大事にしてください。また来てもいいですか?」
「ええ、ありがとうございます。」
僕は辛うじて、次の約束をして部屋を出たのだった。
レティ姉は、2年も同じ学園にいたのに、リリアさんと何か距離があるように感じられた。それは自分の代わりにリリアさんが傷ついたことへの罪悪感なのか、それ以外の理由があるのかわからなかったけど。
レティ姉は、リリアさんの回復に合わせて、一緒に歩く練習をしたり庭を散歩したり、ああ、中庭でよくお茶会をしていたっけ。話をしているのは専らレティ姉で、リリアさんはいつも静かに聞いていた。
僕は、リリアさんが気になって仕方なかったけど一人では会いに行けなかった。それでリリアさんがレティ姉と一緒にいる時に、偶然を装って会いに行ったんだ。
「あら、ルー、こっちにいらっしゃい。アルからお見舞いにって珍しいケーキを頂いたのよ。リリアさんとこれから頂くのだけど一緒にいかが?」
僕に否はない。
アルことアルバートはレティ姉の婚約者で、一緒に暮らしたこともあるから僕にとってはレイ兄の次の兄みたいなものだ。
「アル兄は?」
そう聞きながら、レティ姉の横に座った。
「アルは、飛び級で卒業をめざしているから今は勉強が忙しいの。」
それから僕は、レティ姉とリリアさんの会話を聞きながらケーキを頂いた。ケーキはもちろん美味しかったよ。アル兄は、レティ姉が喜ぶことを見つけるのが天才的なんだ。
「ルー、珍しく大人しいわね。どうしたの?」
「え?べ、別にいつもこうだよ。」
僕はちらっとリリアさんを見た。リリアさんは、優しく微笑んで僕を見てくれた。今思えば、リリアさんに少しでも大人に見られたかったのかもしれない。
その後、二人は歌を歌い出した。二人はよく一緒に歌を歌うんだ。学年の女子みんなで歌って楽しかったって懐かしんでいた。僕は、レティ姉とリリアさんの間で、歌うことに何か特別の意味があるように思えた。
(リリアさんの声は、温かくて優しいな~。何だろう、なんだが幸せな気分だ…)




