6-3 リリアの成長
時を少し戻そう、リリアがコックス邸に来て1ヶ月ほど経った頃のジョンの執務室である。
「マーサ、リリアはどんな感じかね。」
「リリア様はとても利発な方です。読み書きと算術はできるとお聞きしていましたので、歴史、文学など、中等部に入るための勉強をしておりますが、すぐに理解されます。来年の入学には何の心配もないかと。」
「そうか、お祖母様とは?」
「はい、ドイリー様のところには頻繁に会いにいかれています。ご自分の部屋に帰られるのは寝る時だけで、ほとんどドイリー様といらっしゃいます。ドイリー様はお健やかなご様子で侍女たちも喜んでいます。」
「ああ、それは良かった。他には?」
「お言葉使いとマナーについては、あまりしゃべられませんので何とも言えませんが、必要な場所ではお出来になるのではないでしょうか。ただこの辺では貴族との交流もほとんどありませんので経験をお積みになる場が少ないのが気になります。ただ…」
「何か問題が?」
「問題があるとすれば、以前のことがあるからでしょうか。朝早くから、下男や料理人と一緒に働こうとなさいます。必要ないといっても何もしないではいられないご様子です。」
「そうか…急にコックスに連れてきたんだ、全てこちらに合わせろというのも無理な話だ。以前の生活がいいとも言えないがね。そうだな…下男の仕事は頂けないが、生活に必要なことはいいんじゃないか、料理とか…。マーサに任せるよ。どこに嫁ぐかわからないしね。」
「まあ、ジョン様、リリア様を嫁がせるおつもりですか?」
「ああ、当たり前だろ、何か?」
「…いえ、何でもありません。」
リリアは、朝身支度をすると料理人を手伝い、ジョンと共に食事をする。午前中はマーサについて勉強をするのだが、早く終わった時は使用人の掃除を手伝う。洗濯は手が傷むからと禁止された。
ジョンは、一人になって長いせいか食事を楽しむ習慣がなく、ランチは執務室で簡単なものをつまむ程度だった。しかし、リリアが使用人達と食事をしようとするので、ジョンは仕事の手を休めて食堂に出向き、リリアとランチを共にするようになった。
リリアは、晩餐のマナーもすぐ覚えたが、いつまでたってもマーサたちに給仕されることになれなかった。夜もトーマスやマーサを追いかけて手伝うことはないかと聞いてまわるので、ジョンは時間が許せばリリアと一緒に過ごすようにした。
「リリア、居間にお茶を運ばせよう。今は何を読んでいるんだい?私に読んで聞かせてくれるかい?」
「はい」
あまりしゃべらないリリアと過ごす唯一の方法は読書だった。ジョンはしばしばリリアに朗読を頼んだ。学習の進み具合もわかるからだ。リリアの声は心地よく、ドイリーだけでなくジョンの心も慰めた。
リリアは、日曜日にはマーサと教会に行った。サロン・ルージュでは行けなかった教会に行けることが嬉しくて、リリアは日曜日を心待ちにした。
導師様は「信仰心を深くして、皆に親切心をもって接していけば神のご加護がある」といつも言われる。それはリリアにとっては母マーサの姿そのものであった。だからリリアは、皆が喜ぶように働けば自分にも神のご加護があるのだと解釈した。
ジョンも、月に1度リリアと一緒に教会に行ってくれた。リリアは、ジョンと一緒のときはいつも、あの白い花の髪飾りをつけていく。
「何かいるものはないのか?不自由はしていないか?」
ジョンはよく尋ねてくれたが、リリアに不自由などというものはない。欲しいものもない。この髪飾りだけで充分だった。
◇
ドイリーが亡くなった年の秋、リリアは12歳になって中等部に入学した。
マーサはリリアのために洋服を縫ってくれた。黄緑色のワンピースとボレロ、それからブラウンのコートだ。リリアは、マーサが縫ってくれる横で糸を通したりボタンをつけたり…母子のように過ごした。マーサは街で帽子も買ってくれた。リリアは、内面は別にして、どこから見ても男爵家の令嬢になっていた。
学校は教会の横にある。生徒は30名ほどで全員コックス男爵領の者だ。
登校の初日、リリアが馬車で登校すると他の生徒は徒歩だった。リリアは、申し訳ない気持ちで皆と同じように歩くと言ったのだが、ジョンの許可が下りなかった。それなら野菜を積む荷馬車にして欲しいと頼み渋々許可された。
翌日から荷馬車で、道々生徒を乗せていく登校が始まった。学校や家のことを話しながら行くひとときは、子供達にとって楽しいものとなった。
そのうち、子供達の何人かは朝食を食べずに登校していることがわかった。ほとんどの家が農業に従事している。早朝の仕事も多いため、子供のことなど構っていられない、自分のことは自分でしろ、ということなのだろう。
リリアは、料理人と一緒に野菜やソーセージを挟んだパンを多めに作り、朝、荷馬車に積み込んだ。食べていない者は荷馬車に揺られながらそれを食べるのだ。それが美味しそうだからと皆が食べるようになった。親はお礼にと子供に食材を持たせてリリアに渡すため、荷馬車は文字通り野菜の荷馬車になったのである。
リリアは学校でも多くのことを学んだが、子供達からも、家族や領のこと、職業や世の中の仕組みを知ることができた。
コックス領は古くから農業を主体とする領である。小作農を解体するという政府の方針が出てから、小作人は借金をして地主から土地を買うか離農するしかなかった。
コックス領では、小作人の生活と農地が荒れるのを防ぐため、カンパニーを作り、希望する者を従業員として雇い農業を続けている。街に出て別の職業についている家族もいるが、カンパニーの従業員は、豊作であっても不作であっても、一定の農産物の現物支給と給金が支払われる仕組みだ。この見渡す限り整然とした農地も、土地を切り売りせず計画的な大規模農法の結果である。
コックス男爵は、カンパニーに所属する従業員の子供は、必ず中等部まで行かせるよう義務づけており、おかげでこうして学校に来られるのだと子供達は口々に言った。
昔からこの地に住む者だけでなく、余所からきて就農したい者もカンパニーで雇っている。そのため真面目に働く者であれば誰でも認め合う気風があり、リリアが自然と受け入れられているのもそれ故なのだろう。
リリアは、自分の育った環境が普通でないことを知ったが、それを恥じるようなことはなかった。
◇
瞬く間に3年が過ぎ、リリアは15歳になろうとしていた。コックス邸に来た頃は小枝のように痩せていたリリアも、魅力的なヘーゼルの瞳と血色のよい頬、輝くピンクブラウンの髪を持つ美しい少女へと成長していた。
卒業も間近のある日、リリアはジョンの執務室に呼ばれた。
「リリア、もうすぐ卒業だね。教師からリリアに王立学園の推薦状がきている。私は、リリアにもっと新しいことを学んで欲しいと思うが、どうかな?」
「王立学園?」
「そうだ、王都にある高等部だ。私もそこで学んだが、リーズでは学べないことがたくさんあるよ。リリアが望めば卒業後そのまま王都で暮らしてもいい。」
リリアはずっとここに居たかった。マーサやこの屋敷の人達、村の人々、子供達、何よりジョンと一緒に居たかった。
「男爵様…」
リリアとジョンは15歳離れている。養父と呼ぶには若く兄でもなかった。リリアにとってジョンは何だろう?わからないままリリアは今も男爵様と呼んでいる。そしてジョンが望むなら答えは一つしかない。
「はい、お願いします。」




