5-4 ルビアの髪飾り
リリが、もうすぐ11歳になる頃、サロン・ルージュにまた一人少女がやってきた。
名をルビアと言った。ルビアはリリと同じ年らしいが、大人びていてリリより2,3歳年上に見えた。色白でピンクブロンドの髪が華やかな美しい少女だ。
サロン・ルージュでは、新入りがはいるとショーの適正があるか見極める。楽器や舞踊ができるとか、できなくても教えると短時間で上達するとか、歌が上手いとか…。ショーで人気が出ると高く売れる。中には生娘のまま法外な値段で身請けされることもある。
ショーの適正がなくても見目がよければ、すぐには売らない。ホールの接待だけをさせ客に値段をつり上げさせるのだ。残念ながらショーの適正もなく見目もほどほどであれば、すぐに客をとらされる。なかなか厳しい世界だ。
ルビアは、高音の声が美しく歌が上手かった。美人で身体も充分に育っていた。
イライザは、ルビアを14歳と騙って売り出すことにした。15歳にならないと男の相手はさせられないのだが、この世界でそんなことは言っていられない。ルビアを1年間ショーに出して高値をつける算段だ。
ルビアはすぐに人気が出た。ルビアがショーにでる日は、お客が引きもきらず、イライザに、こっそりルビアの水揚げを打診する者も多くいたのだった。
ルビアは、どんなに人気が出ようが新入りだ。裏の棟の2階の大部屋にちょっとした自分のスペースがあるだけだ。人気による序列もあるが、同時に年季による序列も存在する。姐さん達をみて、この世界のしきたりを覚えなければならない。ルビアは、新入りの通過儀礼として、姐さん達から無視やいじめを受けていた。
◇
その捌け口が自分より立場の弱いリリだ。リネンを取り替えに行くたび、洗えていないだの、アイロンができていないだの、言い掛かりをつけられ、また理不尽な雑用を言いつけられた。
リリにとってはいつものことだ。マーサがしていたように、じっと嵐が過ぎ去るのを待った。ルビアにしてみればその無反応が余計に神経を逆なでした。
ある日のこと、リリが、いつものようにリネンをとりに行くと部屋にはルビアしかいなかった。お辞儀をして去って行こうとすると呼び止められた。
「ちょっと、あなた、こっちに来なさいよ。」
リリは仕方なくルビアのそばまで行くと、腕を引っ張って鏡の前に連れて行かれた。ルビアは、後ろで一つに束ねていたリリの髪を、汚いものでも触るようにつまんですぐ乱暴に放した。
「あなたの髪もピンクなのね。でも汚いブラウン系ね。私はほらブロンドなの。」
ルビアは、自分のふわふわとカールした長い髪を左右にゆすってみせると、リリにブラシを押しつけて命じた。
「髪を梳かしなさい」
リリは、言われるがままルビアの髪を梳かす。色の白いルビアと茶色い顔のリリが一つの鏡に映ると、ルビアは、鏡越しに勝ち誇ったようにリリを見下した。
「ふふふっ」
リリは自分の髪がピンクだと言われて内心驚いた。自分の髪など毎朝束ねるだけで、まじまじと見たことがなかったのだ。確かにブラウン系の髪ではあるが汚くはない、むしろ綺麗な色だ。リリはルビアに蔑まれたにもかかわらず、鏡に映った自分の髪を発見したようで嬉しかった。
リリが顔を茶色く塗っていることなど毎日顔を合わせていればわかることだ。鏡に映ったリリは、ヘーゼルの瞳が美しく、他人だというのに姉妹といってもいいほどルビアと似ていた。ルビアはそのことに嫌悪した。
リリが、そろそろいいかとブラシを置くと、ルビアが引き出しから髪飾りを取り出した。
「まだよ。これを髪に留めるの。お父様から頂いたのよ。悪辣な業者にとられないように隠して持ってきたの。お父様は何も悪くないのに騙されたのよ。私は許さない!絶対ここでトップになって、あいつらを見返してやる!」
そんな台詞もリリは幾度となく聞いた。ここに来たばかりの少女は大抵そう言うのだ。リリは、ルビアの言葉は聞き流したが、髪飾りには釘付けになった。あのショーウインドウにあったものとよく似ていたのだ。
(きれい…)
そう思っただけだったが、ルビアは、リリが髪飾りに反応したことに気がついた。
◇
翌朝、娼婦の大部屋から悲鳴が聞こえた。ルビアだ。
「な、ないわ、私の髪飾りが!」
「何なのさ、うちらが盗ったとでもいうのかい?」
「お父様が、お父様から頂いた髪飾りなのに…」
「いつまでもお嬢さんぶってんじゃないよ!どっか置き忘れたんじゃないのかい。」
騒ぎを聞きつけて男衆がやってきた。娼婦のトラブルは男衆に任せられている。
「何だ!おまえ、いい加減なこと言ったら承知しねえぞ。とにかく荷物の確認だ!」
男衆が娼婦の手持ち品を調べたが見つからず、裏の棟のあちこち捜しても見つからなかった。ルビアが言った。
「そ、そうだわ、昨日リリに髪飾りを見せたのよ。リリの部屋は調べてないわ。」
リリが外回りを箒で掃いていると男衆の一人が呼びにきた。
「リリ、ちょっと来い!」
いつになく怖い言い方だった。リリがついて行くと、リリの部屋の前に人だかりができている。部屋の中にいた男衆が手に髪飾りを持って怒鳴る。
「リリ!これは何だ!」
「えっ?」
リリは咄嗟に人だかりの中にいるルビアを見た。ルビアはリリだけにわかるようにニヤリと笑った。リリは弁解をする術を知らなかった。
イライザが報告を受けてやってきた。
「リリ、今日の仕事が終わったら一晩反省室だ!ルビア、髪飾りは見つかったから、これで手打ちだよ。さあさあ、皆散った、散った!」
反省室と聞いて、リリだけでなく、そこにいた全員が青ざめた。娼婦が掟を乱したり破ったりすると入れられる反省室は地下にある。真っ暗で音もしない、少し居ただけで気が狂いそうになるらしい。打たれたり蹴られたりする方がまだましだと思うようだが、娼婦は商品だ。身体が傷つくようなことはしない。
◇
夜、男衆に連れられてリリは分厚い扉の前にいた。
「リリ、悪いが一晩我慢してくれ、すぐ寝ちまうんだ、そうすりゃ怖くないさ」
男衆はそう言ってリリを中に入れると、重い扉を閉めガシャリと鍵をかけた。
真っ暗で、どこが壁かどこまでが床かさえわからない。
「マーサ…」
リリは声を出してみたが、どこかに吸収されるようで反響しない。耳が詰まったときのように、くぐもった音が自分の内側から聞こえるだけだ。
(寝よう、寝てしまおう)
そう思うが暗闇に目が冴えた。
それからどれくらい経ったのだろう。またガシャリと音がして扉が開いた。暗闇に慣れたリリの目にいきなり光が飛び込んできて、ぎゅっと目を閉じた。
「リリ、辛かったね。」
ローザの声だ。リリが恐る恐る目を開けると光のなかにローザのシルエットがあった。リリは、思わずローザに抱きついた。
「リリ、大丈夫かい?誰もリリがやったなんて思っていないさ、お館様もね。でも館のルールを破るわけにはいかない、わかるね。誰にも見つからないように部屋にお帰り。そして聞かれたら一晩ここに居たって言うんだよ。」
リリはコクリとうなづいた。
「ありがとう」
「さあ、早くお行き!」
リリが部屋に戻るには、男衆の部屋の前を通らねばならない。静まりかえった深夜、どう気をつけても足音はする。子供の足音だ。男衆もリリだとわかったが誰一人それをとがめなかった。




