2-1 アルバートとレティシア ~てんとうむし~
レティシア・ウォルターは公爵家の長女だ。
深い緑の瞳に、手入れの行き届いたライトブラウンの髪は、この国では珍しいくせのないストレートヘアーで、華奢な肩から背中の中程まで美しく流れている。気立ての良さそうな優しい笑顔と美しい所作の魅力的な少女である。
ウォルター家の中庭は、小ぶりの白いバラと薄紫のエルフラウが、今を盛りと咲き誇っていた。エルフラウは、6月頃にこのエルディア王国の南から北へと咲き誇り、春の終わりと夏の訪れを告げる可憐な花だ。
その中庭でレティシアの10歳の誕生日を祝ってガーデンパーティーが開かれていた。
用意された二つのテーブルには、繊細なレースで縁取られた真っ白なテーブルクロスがかけられ、色とりどりのバラの花籠には上質なリボンが添えられている。
一つのテーブルを囲んでいるのは、レティシアを含め10人の子ども達。といってもレティシアの兄レイモンドと弟ルバート、レイモンドの婚約者ソフィア・サウスランド侯爵令嬢、従姉妹のメリンダと、いわば半分は身内である。あとはアルバート・ポートフォード侯爵令息と4人の有力家の令息令嬢だ。
実をいえば、今日はアルバートとレティシアの見合いである。ウォルター公爵家とポートフォード侯爵家の純然たる政略結婚だ、両家の親しか知らないが。
とはいえ二人の相性がよいことを願うのも親心、子ども達の母親が歓談するもう一つのテーブルから、レティシアの母ルイーズは、ちらちらと二人の様子を伺っている。
パーティーは、子供たちが緊張しないように気楽な仕掛けが施されていた。
子ども達が、それぞれ自己紹介とレティシアへの祝いの言葉を言い終えた頃、テーブルには、小ぶりのジョッキグラスが置かれた。グラスは底に向かって丸みをおび、側面にりんごの花と果実のかわいらしいイラストが描かれている。
給仕が、ジョッキグラスにりんごジュースを注ぐと、イラストの色が変わった。
「うわぁ~」
「すてき!」
子ども達は、にわかに賑やかになって口々におしゃべりを始め、サンドウィッチやクッキーに遠慮なく手を伸ばした。
◇
レティシアとアルバートは隣どうしの席だった。レティシアは、アルバートが挨拶をしたきり俯いて黙っているのが気になった。
「あの、アルバート様、今日はご出席くださって、ありがとうございます。」
アルバートは、はっとしたように顔をあげたが、何も言わずレティシアの一点をじっと見つめた。
(えっ!なに?)
レティシアは困惑したが、アルバートの目線の先をたどると、どうやらレティシアの胸元につけたブローチを見ているようだった。
レティシアは,若草色のワンピースに、長い髪をハーフアップにして赤いリボンで結んでいた。胸元には赤いてんとう虫のブローチ。七つの星は小さなブラックダイアモンドを埋め込んだ精緻なものだ。
「てんとう虫…」
アルバートがつぶやいた。
「そっ、そう、てんとう虫よ。てんとう虫が好きなの?」
「お母様のドレスにとまったんだ。お母様が手に取って僕に見せてくれた。しばらくじっとしていて、それから空に消えていった。お母様も…」
アルバートはひとり言のように話した。
レティシアは、アルバートが自分と同い年で4歳の時に母を亡くしたと聞かされていた。てんとう虫は母との思い出なのだろう。
彼はレティシアより少し小柄で幼く見えた。ふわふわとした金髪で女の子のようにかわいらしいが、やはりどこか淋しげだ。
レティシアには優しい両親がいる、兄も弟もいる。そう思うとすぐに言葉が出てこなかった。
レティシアは、やおら胸元からブローチをはずすとアルバートの手に握らせた。
「てんとう虫は幸運を運んでくれるそうよ。これ、アルバート様に差し上げます。きっときっとお母様も、お空でアルバート様を見守ってくださっているわ!」
突然のことにアルバートは目を見開いた。
レティシアがのぞき込んだアルバートの瞳は吸い込まれそうな琥珀色だった。レティシアは、自分のしたことが急に恥ずかしくなって、握った手をあわてて放した。
アルバートもまた、レティシアの緑の瞳に自分が映っているのを認めて顔を赤らめたのだった。
◇
二人がそんな出会いをしているとき、
「ええっっっっっっっ!!!」
絶叫とともにメリンダが椅子ごと後ろに倒れ、周囲は騒然となった。隣のテーブルからメリンダの母マチルダがかけ寄り蒼白な顔をしている。
パーティーは突然中止となり、早々に医者が呼ばれた。




