1-2 リリアはルビア?
声楽の授業が終わるなり、リリアは隣の少女に話しかけられた。
「はじめまして。私はサラ、サラ・ベイルよ。宜しくね。ベイルって「谷」っていう意味なの。谷のそばに住んでいたからベイルにしたんだって。単純すぎよね。」
サラは、黒髪を三編みにして両肩に振り分けていた。めがね越しの瞳は理知的で隙のない感じであったが、いきなりの弾丸トークにリリアは圧倒された。
「えっ、はい、宜しくお願いします。」
「コックスって、コックス領のことでしょう。私、この学園に来る途中に通ったわ。私はコックス領より北のブナン出身よ。」
「そ、そうなのですね。あの、私はコックス男爵家の養女なんです。お作法もまだよくわからなくて…皆さんにその…」
「そんなの気にしなくていいのよ。私なんて行き当たりばったりよ。寮の隣の部屋に荷物が運ばれたから期待していたの。ねえ、友達になってもらえる?」
「ええ、もちろん」
「私のことサラって呼んでね。リリアって呼んでもいい?」
「ええ、サラ」
「嬉しい!イェ~イ!!」
サラは自分の両手をリリアに向けて掲げた。
「?」
「私の手にリリアの手を合わせて!」
「こ、こう?」
「そう、イェ~イ! いいことがあった時はこうするのよ。」
リリアは、学園で最初にできた友人サラからハイタッチを教わったのだった。
◇
レティシアは,声楽の授業の帰り、リリアのことを思い返していた。
レティシアは公爵家の令嬢だ。父親の爵位は学年で最高位だけにレティシアに求められる期待も大きい。成績も申し分なく周囲の期待に応えられていると思う。
ただ、レティシアは入学前から誰にも言えない不安をかかえていた。
数年前から見始めた夢、それは最初はおぼろげだったのだが、だんだんと鮮明に繰り返し見るようになりレティシアを不安にさせた。夢の中でレティシアが学園で出会う少女、それがリリアだったのだ。
(違うわ!夢に出てくるのはルビアという名だった、リリアじゃない。夢のなかのルビアは、私を見下すような冷たい目で見てくる。けれどリリアさんはそんな人に思えなかった。リリアさんのあの歌声は優しくて温かで…ルビアとは全く別人に思えた。やっぱり、あれはただの夢なのかしら…)
もの思いに耽りながら馬車の停車場に向かっていると,金髪の少年が夕陽を背にしてレティシアに手を振っていた。
(あっ!アル)
レティシアも少年に向かって小さく手を振った。
アルこと、アルバート、レティシアの婚約者であり、あの夢に出てくるもうひとりの人物である。
◇
レティシアの従姉妹メリンダもまた、リリアのことを思い返していた。
(ついにリリア登場ね!でも‘ストーリー’ではルビアという名前だったはず?何だか雰囲気もちょっと違うんだけど…。まあいいわ、レティシアが困ればそれでいいのよ!)
レティシアの10歳の誕生日パーティーで、メリンダの脳裏に突如、白昼夢のような映像が映し出された。それは数年先の出来事を予知しているようで、今も鮮明に思い出せるほどリアルなものだった。
その時メリンダは、あまりの衝撃に絶叫して倒れてしまったのだが、今ではその映像を’ストーリー’と呼び、自分達はそこに向かっているのだと信じている。
メリンダはスキップ、いや淑女だから実際にはしないのだが、心のなかでスキップをしながら従者の待つ馬車に向かった。




