1-1 編入学の少女
物語の舞台、エルディア王国はエルフラウの咲く美しい国です。
同じ年齢の三人がそれぞれ見た予知夢?「学園で公爵令嬢が断罪される」…
夢にでてくる「ルビア」を恐れる者、期待する者、三人三様に成長し、やがて学園で出会ったのは「リリア」でした。果たして同一人物?
「リリアをめぐる物語」は「名前をめぐる物語」でもあります。リリアと、リリアに縁する人たちが、それぞれの愛と人生を見つけていく青春群像です。
その少女を見たとき、レティシアは「なぜ?」と顔を曇らせ、メリンダは「やっぱり!」とほくそ笑んだ。
◇
エルディア王立学園の、春休みも近いある日の午後、1年生の女子は全員音楽室に集まっていた。声楽の授業である。
そこここで談笑していた少女達は「先生が来られたわ!」との誰かの声で、半円形にパートごとに設置された椅子に慌てて座った。
教師は1人の少女を伴って教室に入ってきた。
少女はとても美しかった。ブラウンの髪は窓からの日差しでピンク色にも見え、血色のよい滑らかな肌を柔らかく縁取りながら胸元へと流れている。大きなヘーゼルの瞳、程よく高い鼻、小さくぽってりとした赤い唇。
生徒達は、好奇心を隠せない様子で教師の言葉を待った。
「皆さん、ごきげんよう。今日から共に学ぶコックス嬢です。コックス嬢、自己紹介をお願いしますね。」
「はい、リリア・コックスです。王都も、寮生活も初めてなので宜しくお願いします。」
リリアはそう言ってぺこりと頭を下げた。
「コックス嬢、あなたの合唱パートを決めます。あなたは歌が大変お上手だと聞いたわ。何か歌ってもらえるかしら」
「はい先生、『りんごの花』を歌ってもいいですか?とても好きな歌なんです。」
生徒の一部がざわめいた。
「まあ『りんごの花』ですって。世間で流行っている歌ですわね。学園で歌うなんて下品だわ」
「先ほどのご挨拶…」
「ご教育はどうされていたのでしょうね。」
近年、世の中も変化し貴族と平民の格差も縮まりつつあった。この学園も平民に門戸を開き、身分に関係なく有能な人材を育てようとしていたが、依然大多数が貴族だ。マナーがなっていないとまず非難の的となる。習慣や人の心は簡単には変わらない。
「コホン、お静かに。コックス嬢『りんごの花』ね。伴奏はできないけどいいかしら」
「はい、大丈夫です。」
リリアはそう応えると、お腹の前で手を組み、一瞬目を閉じてから静かに歌いだした。
♪いつからでしょう
あなたの姿を追っていたのは
いつからでしょう
あなたの瞳が私を写したのは
りんごの花が芽吹く頃
そっと会釈をかわしたの
言葉を交わすこともなく
あなたは戦に旅立った
いつか言葉にできるでしょうか
想い続けたあなたの名前
いつか囁いてくれるでしょうか
優しい声で私の名前
りんごの花は白い雪のよう
涙に滲んで散ってゆく
渡せなかった組紐は
あなたの瞳の空の色♪
リリアはどこか遠くを見つめ余韻を残して歌い終わった。
ほんのしばらくの静寂の後、教師が拍手し、それにつられて夢から覚めたように生徒達の拍手が重なった。
「素晴らしいわ、コックス嬢。」
「ありがとうございます、先生」
リリアはまたぺこりと頭を下げた。
「戦争が終わってもうすぐ10年になりますが、多くの人が夫や恋人を戦争で失っています。お若い貴女達にはわからないかもしれませんが、どんなに時がたっても悲しみは消えない。この歌が歌い継がれる理由でしょう。音楽は時と場所を選びはしますが貴賤上下はないのですよ。」
「はい先生、わたくし考え違いをしておりました。」
「私のお母様は負傷兵の慰問を続けています。これからは私もお手伝いするわ」
何人かの生徒が、そう声にした。
「いい心がけですね。コックス嬢、あなたはソプラノね。そちらの空いている席に座ってください。では楽譜を開いて。前回の続き練習曲8番を復習しましょう。」
教師が指さしたソプラノパートには、黒髪にめがねの少女の横が空いていた。リリアは黒髪の少女に、またぺこりと頭をさげて横に座った。
音楽室から早春の空へ少女達の歌声が響いた。




