4-8 合唱、サラのスカウト
事件から1週間後、学園は通常通り再開した。
アルバートは自責の念で、レティシアは自分のかわりにリリアが傷ついたことで、憔悴しきっていたが、ウォルター公爵夫妻は学園を休むことを許さなかった。
「いいか二人とも、どんな時も毅然としていなさい。アルバートは最善をつくした。レティシアは不可抗力だ。過ぎたことをくよくよするより今後どうするかを考えなさい。」
「レティ、笑っているのよ。今は無理やりでもそのうち自然になるわ。身体は万全ではないから気をつけてね。アル、レティのことお願いね。」
◇
登校してみれば、学園はいつも通りである。事件のことを口にする者は誰もいない。皆、言葉に気をつけながらお互いを傷つけないよう気を張っていた。それが自然になるにはやはり時間が必要だろう。
学園祭以来、初めての声楽の授業、レティシアは、音楽室に入るのにも緊張した。
教室に入ると、いつもの席にサラがぽつりと座っている。横にいたリリアは当然いない。サラは、レティシアに気がついて軽く会釈した。レティシアも頭をさげただけで自分の席に着いた。
半円に並んだ椅子にはちらほらと空席があった。声楽のメンバーは、あの舞台で間近にリリアが刺されるところを見たのだ。ショックで学園を休んでいる者もいるし、声楽の授業だけは受けられないという者もいる。
教師が、若い女性を三人連れて入ってきた。
「皆さん、ごきげんよう」
教師は、事件について触れるかどうか迷っていたが、届け出があった空席を目の当たりにすると、生徒たちの心の傷に、ありきたりなことは言えないと思った。
「私は音楽に励まされて音楽教師になりました。皆さんにも音楽を嫌いになって欲しくないと思っています。今日は、すてきなゲストをお迎えしています。学園の卒業生で、声楽のセミプロで活躍されている人たちです。」
紹介された三人が礼をする。教師がひときわ高く拍手をおくると生徒達から弱々しい拍手があがった。
「今日はミニコンサートよ。私が伴奏をします。皆さん、どうか聴いてください。」
最初の曲はアップテンポで明るい曲だった。教師の心遣いを感じた。それから古里の歌、季節を巡る歌、恋人を想う歌…さすがにセミプロの歌声は、美しく声量があった。
レティシアは歌の世界に引き込まれていった。鼻の奥がツンと詰まって、いつしか涙が頬を伝っていた。周りのみんなも泣いている。
ショックが大きすぎて外に出せなかった感情が、ようやく涙として解放されていく。
教師が、最後の曲の前奏を弾き始めた。一瞬にしてみんなの身体が強ばった。それは『りんごの花』だったからだ。
(なぜ今、この曲を歌うの?!)
レティシアの思いは、みんなと同じだっただろう。
だが歌は始まる。何度も何度も練習した曲、よい思い出もある。最悪の思い出も。
その時、サラが涙を拭って席を立つと一緒に歌い出した。そのうち二人、三人と立ち始めた。レティシアも立って歌い始める。だが、歌おうと思えば思うほど涙があふれて声にならない。
教師も頬をつたう涙をそのままに弾き続ける。三人のセミプロだけが美しい旋律を奏でた。やがて教師の後奏が静かに終わり、期せずして皆から大きな拍手が起こった。
みんな笑顔である。泣きながら笑顔である。
◇
メリンダは、父に全く似ていなかった。冷たい親子関係に、心のどこかでわかっていた、そうわかっていたのかもしれない。それでもロバート・バーナムという人に愛されたかった。実子でないとわかった今でさえ、メリンダは父に甘えたかった。
一方でバーナム家を出なければいけないことも理解していた。だがどうしたらいいかわからない。誰かにアドバイスをもらおうと思ってはみるが、人に会う気にもなれなかった。
そんな時、サラ・ベイルがバーナム邸にメリンダを訪ねてきた。メリンダは今さら学園生に会う気はなく断りをいれたが、サラはいつまでも待つと言って引き下がらなかった。
「何しに来たのよ」
メリンダはけんか腰で言ったが、サラは意に介さない。
「メリンダさん、ごきげんよう。突然の訪問でごめんなさい。今日はメリンダさんをスカウトに来たの、父の会社で働かないかと思って。」
「スカウト?わ、私の何を知っているっていうのよ!」
「知らないわ」
「はっ?」
「お母様が離婚されたって公表されてた。あと貴女が学園を辞めたことはクラスで発表があったわ。知っているのはそれだけ」
「そ、そう」
「そこで私は予想をたてたのよ。退学ってことはメリンダさんも家を出るってことでしょう。あなたのお母様がご実家に帰られて一緒についていったとしても、あなたはやっかいものよ。そんなのメリンダさんに我慢できるわけないもの。だてに2年間クラスメートはしていないわ。多分メリンダさんは、自分で生きる道を選ぶってね。どう?間違ってる?」
「さ、さあ~」
「ウチは、ブナンで紡績工場をしているの、結構大きいのよ。はっきり言って仕事は過酷だわ。こんな大きなお屋敷でチヤホヤされて育ったメリンダさんには辛いと思う。工場では男も大変だけど女はもっと大変なの。年配の人は字も読めないし働いても働いても賃金は安い。父も経営者として頑張っているんだけどね。私、女性がもっとちゃんとした立場で働ける世の中にしたいの。私も卒業したら帰るけど、メリンダさんには先に行って、あの人たちを守って欲しい。」
「守る?」
「そう、最初は下っ端だから、こき使われると思うけど、メリンダさんはそれでめげる人じゃないわ。私たちを王都見物に連れて行ってくれたり、あんなに上手に歌えるように指導してくれたり、リーダーシップがとれる人でしょう?期待しているわ。」
「わ、私は、そ、そんなじゃないから…」
「何を言ってるのよ、あの勢いはどうしたの?」
「勢いって…」
サラは話題をかえた。
「ところでジャック、生徒会役員だったジャック・ミラーね、私、あの事件の情報を教えろって彼に迫ったの。彼の父親は弁護士でリリアを刺した男の担当をしたのよ。ジャックも父親に聞いたけど教えてくれなかったって。まあそうよね守秘義務あるから。」
サラは、そこで紅茶をひと飲みしながら、メリンダの様子を伺った。
「でもね、そのときジャックが言ってたの。『メリンダさんもルビアを知っていたんじゃないか』って。何でリリアの事件に、メリンダさんとルビアが出てくるのか私にはさっぱりわからないけど。」
「ルビア?」
メリンダはぎくりとした。
「そう、知ってる?あの殺された歌姫ルビアよ。」
「殺された?」
「あなた新聞くらい読みなさいよ。リリアが刺された日に、ルビアも銃殺されて翌日の新聞に大きく載ったの。おかげで学園のことは騒がれずに済んだけどね。」
「そ、そう」
「それでね、ジャックもルビアの名前を知っていたんだって、見たことも会ったこともないけど。それで『僕とメリンダさんは同じことを知っていたかもしれない』って言うのよ。」
「えっ!!」
「一体なんのこと?ジャックに問い詰めたけど曖昧でよくわからなかったわ。」
「………」
「とにかく、ジャックからメリンダさんへの伝言を預かっているの、いい?『僕はルビアのことは忘れて前に進もうと思う。だからメリンダさんもそうして欲しい』って。私、ジャックとメリンダさんにつながりがあるなんて知らなかったわ。」
「いや、ない。ないわ。たぶん、そのルビアの情報をたまたま知っていただけで…」
「ふうん、まあいいわ、余計な詮索はしないことにする。ジャックは、もう卒業するのよ。飛び級の試験に合格したから大学に入学するんだって。早く弁護士になって一人でも多くの弁護をするって。立派ね。」
サラはそこまで言うと、紅茶のおかわりを頼み菓子をボリボリ食べ始めた。メリンダはその様子を眺めながら考え込んだ。
(バーナムを離れるのなら、どこに行ったって同じだわ。私には伝手もない、特技もない。やり直すなら誰も知らない遠い所に行くのがいいのかもしれない…)
「サラさん」
「はい」
「私行くわ、サラさんの会社。父には身の振り方を考えろって言われていたの。サラさんがチャンスをくれたのかもしれない。」
「そう!ありがとう、嬉しい!じゃあこれが私の紹介状よ。父には手紙で知らせておくわ。王都からブナンまでは列車で丸一日よ。途中リーズで乗り換えてね。ブナン駅で聞けばウチの会社はすぐわかるわ。」
「わかった、ありがとう、宜しくお願いします。」
「様子を知らせてね。私も学園のこと手紙に書くわ」
「ええ、でもサラさん、私はもう学園のことはいいの。新しいメリンダになるんだもの!」
「そうね、そのとおりね!イェ~イ」
「イェ~イ」
二人はいつものハイタッチをして笑い合った。




