4-7 バーナム家の離縁
ロバートは、執務室でマチルダとメリンダと相対していた。ロバートは穏やかな性格だが静かに怒りを溜めていく、今は心がさえざえと冷えていた。
それを感じてか、マチルダはメリンダを庇うように手を握っている。ロバートは、これから伝えることを思うとそのマチルダの姿が滑稽に思えた。
「メリンダ、なぜ呼ばれたかわかっているね。」
「はい、お父様、申し訳ありませんでした。」
「なぜ、あんなことをしたのかね。」
「なぜって…、男に殺されそうになって怖くて、とにかくその場を逃れたくてでたらめを…」
「それは怖かっただろう、だがおまえは、でたらめで学園生を傷つけろと言うのか?しかもレティシアをだ!」
「……ご、ごめんなさい」
「謝ってすむ問題じゃない。一歩間違ったら人が死んでいたんだ!それも学園生だ!おまえは学園生の命を餌にして、あの男をそそのかしたんだ!自分のしでかしたことがわかっているのか!」
「ご、ごめんなさい…こんなことになるとは…思わなくて……うううっ」
「あ、あなた、メリンダも反省していることだし…」
「反省?そもそも君は、なぜメリンダがそんな治安の悪い場所に行くことを許しているのかね。甘やかすばかりで…」
「…………」
「このことは学園長とウォルター公爵しか知らない。おそらく兄はレティシアや他の家族にも言わないだろう。世間が知らないからと言っておまえの罪がなくなるわけじゃない。」
マチルダとメリンダは、世間に知られないと聞いてほっとし、ロバートの意図を全く汲んでいなかった。
「学園には退学届けを出した。どっちみち勧告されるだろう、その前に申し出たよ。」
「あなた!」
「なぜ?私に相談もなく…」
「何度も言うが、あんなことをしでかして、のうのうと学園に通うつもりだったのか!!」
「…………」
「メリンダ、バーナムから縁をきる。お前はもう大人だ。これからどうするか自分で考えなさい。」
「!!!」
「これだけのことをして罪を償わないはない、わかるね。」
「…………」
「あなた!何もそんな…酷すぎるわ、ねえメリンダ」
ロバートは、マチルダのあまりの脳天気に苛立った。
「マチルダ、君もだ。君とは離婚する。ずっと前から考えていたことだ。理由は心あたりがあるだろ」
「あ、あなた!!」
「二人とも、今後一切バーナムとは無関係だ!わかったな。」
「あなた、なぜ、そんな酷いことを…ううっ」
マチルダは、ぼろぼろと涙をこぼし手で顔を覆って泣き始めた。
「えっ?お母様、心当たりってどういうこと?ねえ、どういうことよ?」
マチルダは子供のように嫌々をして泣くばかりでメリンダに答えようとはしない。
ロバートはメリンダを見据えた。
「メリンダ、こんな状況で伝えるのは私としても不本意だが仕方がない。今から言うことは、おまえには酷なことだが言わねばならない。」
ロバートは、大きく息をして自分を落ち着かせた。
「メリンダ、よく聞きなさい。」
「? はい…」
「おまえは…おまえは…私の子供ではない。」
(!!!)
マチルダが声をあげて泣き崩れた。メリンダは何を言われたのかわからなかった。ロバートの言葉を反芻し、ようやく意味がわかったときには世界が急に停止したような気がした。
「う、うそ…」
「本当だ!おまえがこの屋敷で生まれたのは間違いないよ。私の子供でないにしても生まれてきたおまえに罪はない、嫁に出すまでは育てようと思った。いずれは伝えるつもりだったが今回の事件で早まっただけだ。」
「なぜ?なぜ私はお父様の子じゃないの?」
メリンダはマチルダの肩をゆすって言いつのったが、マチルダは泣くばかりだ。メリンダは何かにすがるように言葉をさがした。
「…私が婿をとってバーナムを継ぐんじゃなかったの?」
「一度でもそんなことを言ったかね。バーナムはウォルター家のルバートを養子に迎えて継がせる。ルバートも承知しているよ、十歳の時にね。」
「そんな…」
「マチルダには言っておいたよ。メリンダが好きな奴でもできたら添わせてやってくれと。」
「な、なぜ?」
「おまえは一度でもバーナム領や領民のことを考えたことがあったか?自分のことばかりだろ?おまえは母親そっくりだ。マチルダもバーナム領を嫌って王都から帰ってきたことはない。王都で優雅に自由気ままに過ごしたかっただけだ。まあ、バーナムを傷つけることもなかったがね、それだけだ。」
「私は、私は、お母様の言うとおりにしただけだわ」
「そうか。では教育が悪かったのか。もうどうでもいいことだがね。ああ、マリは今日解雇した。午後には屋敷を出たはずだ。バーナムから紹介状は出せない。しかし、おまえのせいでもあるから、家令の伝手をたどって商会の事務に雇ってもらったよ。おまえはマリの人生も狂わせたんだ。」
「………」
「一週間で身の振り方を決めなさい。ああ、本当の父親のことが知りたかったらマチルダに聞くといい。」
「………」
「わかったらもう行きなさい。私はマチルダと話しがある。」
メリンダは、放心したように黙ったまま立ってドアの方に向かった。しかしドアの前で立ち止まると、振り向きざまにまくし立てた。
「何よ!ええ、レティシアやリリアにしたことは私が悪かったわ。反省もしてる。それで離縁というなら仕方がない!受け入れる!でも今頃、私はこの家の子じゃないなんて、ひどいじゃない!何で、何でもっと早く言ってくれないの…私の17年間は何だったの!!」
「メリンダ!お父様になんてこと…不自由のない生活ができたのはお父様のおかげ…」
「お母様なんて、お母様なんて、私のためと言いながら、自分が贅沢したかっただけでしょ!自分のことしか考えてないじゃない!!」
「メリンダ…」
「わ、私はお父様とお母様に仲良くして欲しかった…私は仲のいい家族になりたかった…。こんなの偽善よ!冷たい家族するなら、優しい他人が良かったわ!!」
メリンダはそう言い捨てて、ドアを乱暴に開けて出て行った。
◇
ロバートは、メリンダが開けて、また乱暴に閉まったドアをしばらく見ていた。
(自分だけが犠牲者だと思っていた。だがメリンダも犠牲者だったのかもしれない…。育てることが善だと思ってきたが、愛しいとは思えなかった…)
ロバートのもの思いを破るように、マチルダがすがってくる。
「あなた、離婚なんて思い直してください。私が何を…」
「何もしていないと言うのかね。立派な不義密通だよ。」
「い、いつから知って…」
「メリンダが2歳の時だ!」
「そ、そんな前…」
「メリンダが生まれた時は嬉しかったよ、私も父親になったとね。メリンダは金髪で青い目、私とは違ったが母親に似たのだと思った。でも、メリンダに自分と似たところを見つけられなかった。目も鼻も口も仕草も…。ウォルターの誰かに似ているかと思ったがそれもなかった。
メリンダが2歳の時、高熱が続いて検査を受けた。その時君と私の血も採って親子関係の鑑定をしたんだ。私とおまえではメリンダの血液型は生まれない。」
「ううう…。一度、一度だけだったの。あなたがバーナムに帰っている間に、彼が戦争に行くって聞いたから会いにいった。それだけだったのに…」
「そんな話しは聞きたくないよ。相手はだいたい予想はついたが調べてはいない、調べる必要もないしね。」
「あなただって、メラニーさんを想っているじゃない。今も…」
「そうさ、それは結婚前に侯爵、君の父親に伝えた。メラニーが亡くなって喪があけてすぐだったからね。私は何度も断ったんだ、でも侯爵がごり押しした…それにバーナムの方も跡継ぎを欲しがった…最初から私たちは間違っていたんだ。」
「いや、いやよ!」
「もう決めたことだ、従ってもらう。今更、実家の侯爵家にも戻れないだろうし、君は一人では生きられない。住む場所と最低限の生活は保障する。女中を一人つけるよ。だがバーナムの親戚筋になる領内に住むことは許さない。ウォルターもポートフォードもだ。まあ君は都会にしか興味がないだろうがね。家令に住むところを捜させている。あとのことは家令と話してくれ。ああ再婚するならそれもいいさ、しかし援助はそれまでだ。」
「あなた…ううっ」
「仮面夫婦ではあったが夫婦には違いない。この17年間に感謝する。だがもうこれまでだ。一人にしてくれないか。」
マチルダは、のろのろと亡霊のように出て行った。ロバートは飾り棚に置いてあったウイスキーをグラスに注ぎ一気に飲み干した。




