4-6 兄弟の密談
バーナム伯爵ロバートは、早馬を飛ばしていた。
ロバートは、バーナム領で学園祭の事件を聞き、すぐにでもレティシアを見舞ってやりたかったが、のっぴきらない仕事で王都に帰れなかった。そこへメリンダが参考尋問を受けたとの報せだ。詳しくはわからない、兄ウォルター公爵が最も事態を掌握しているだろう。ロバートは先触れを出したが、居てもたってもいられず自ら馬を駆った。
(犯人はレティシアを狙ったと聞く。いったいレティシアのどこが人の恨みを買うというのだ。レティシアを庇った女子生徒は重傷。それでメリンダが事件に関わっているのか?あいつは考えなしだが悪い娘じゃない。なにがどうなっているのだ?)
◇
ロバートがウォルター家の従者に馬を預けエントランスに向かっていると、ウォルターの紋章のない馬車に、くたびれたスーツに使い古した鞄を抱えた男が、ずり落ちるめがねをあげながら馬車に乗り込むところだった。訪問客をどこかへ送り届けるのだろう。ロバートはその馬車が出発するのを見送って邸内に入った。
ロバートは、ウォルター公爵の執務室に通された。それが事の重大さを物語っている。しかしレナードは、通常どおり穏やかな笑みで迎えてくれた。
「やあ、ロバート。早かったじゃないか。」
「兄上、レティシアの具合はどうだ?」
「ありがとう、捻挫した程度でたいしたことはないんだ。ただ、自分のかわりにコックス嬢が傷ついたのがショックでしばらく寝込んでしまってね。学園の再開とともに何とか通学させたよ。」
「そうか…それはショックだよね。それでメリ…」
レナードは、ロバートの目の前に手を拡げて言葉を制した。そこへ従者が紅茶と軽食を運んでくる。
「セバス、人払いをしてくれ。悪いがお前もだ。私がいいと言うまで人をいれてはいけないよ。いいね。」
「畏まりました」
「さあ食べよう。急いでやってきたのだろう、まずは腹ごしらえだ。」
レナードは、まず自分がサンドウィッチをつまんで口に放り込んだ。ロバートは兄の心遣いに感謝しながら、食欲のわかない口に無理矢理詰め込んだ。
「先ほど弁護士が来ていてね…」
ロバートは馬車に乗り込んだあの男のことだなと思った。
「ウチと犯人とは相反関係にはなるんだが、レティの関わることでもあるし信用のおける者をつけたくてね。報告によると、メリンダの行動が犯人の行動に結びついていることは確かなんだ…」
「兄上、申し訳ない!」
ロバートは、テーブルに頭をこすりつける勢いで頭をさげた。
「いやロバート、まずは経緯だ。少し長いが説明するよ。」
レナードは、ジェフリー・ミラーから聞いた話をかいつまんで話したが、あの夢の話まではしなかった。
ジェフリーは、メリンダの行動は、メリンダがジャックと同じ夢を見たからではないかという考察をしていた。ルビアとリリアは、同じ北部リーズの出身で同じ年、同じ頃に王都に出てきている。何らかの事情で学園に編入したのがリリアであったために、予知夢の出来事はおきなかったが、強制力が働くのか同日に事件が起きてしまった。
もちろん、そんな不確かなことは裁判所に言うことでもないし記録されることでもない。レナードとジェフリーの間で交わされただけの話である。
「兄上、だいたいの事はわかった。わかったがわからない。メリンダは小さい時からレティシアに良くしてもらっていた。何の恨みがあってそんなことになるんだ。わからないよ。兄上、レティシアにも、その傷ついた女子生徒にもどう謝罪したらいいんだ…」
「私も娘の父親だが、案外レティのことを知らないのかもな。娘の心のうちなど、男親には測りかねるのかもしれない。愛してやるだけだ。守ってやるだけだよ。」
「愛……それすらも私にはないよ。」
「…………」
「こんなことになるなら、もっと早くに手を打つべきだった。」
「…………」
レナードは、立って窓際まで行くと外を眺めた。
「もう夏だな…」
ロバートは、兄の後ろ姿を見つめながら次の言葉を待った。しばらくしてレナードは、ゆっくりと振り向くとロバートに告げた。
「それでロバート、メリンダだが…不問となるだろう。メリンダは何ら関知していない、だからバーナムから傷ついたリリア・コックス嬢への謝罪も不要だ。」
「!?兄上!……兄上が…」
「ロバート、言うな。お前も領主なら一家の安寧と領の繁栄を考えろ。安っぽい正義で多くの人間をどん底に落とすようなことはできん。」
「兄上…すまない」
ロバートは再びテーブルにつくほど頭を垂れた。レナードはゆっくりとソファーに戻ると、ティーポットに残った紅茶を注ぎ、ことさら明るく言った。
「さあ、紅茶が冷めてしまったよ。人払いしたから仕方がない。サンドウィッチは全部食べるんだよ。昔、母上に叱られたじゃないか『ロバート、残したらおやつは抜きですよ』ってね。」
ロバートは苦笑した。
「はは、そうだったな、兄上はよく代わりに食べてくれましたね。」
「ほんとだよ、今だに手のかかる弟だ!ははははっ」
「兄上…」
◇
ジルは10年の強制労働となった。ジェフリー・ミラーの尽力が功を奏したのか、収監もされず破格の軽い刑である。学園も、リリアも、損害賠償の請求権を放棄した。
メリンダとマリの件は、ジルに殺害されそうになったときの正当防衛として不問とされた。ジルの事件は、「ジルが妻娘の死、職場での不遇を世間への恨みに転嫁し貴族を襲った」とされたのである。まあ、間違ってはいないが腑に落ちない。
メリンダとマリの真相は、学園での嫌がらせも含め、学園長と、ウォルター公爵、バーナム伯爵のみに知らされたのだった。
父兄への説明会も、概ね警察の発表通りであった。なぜ男が侵入できたのか父兄から質問が出たが、曖昧な答えしか返ってこなかった。「学園の名誉と生徒の将来を優先し、これ以上の詮索は無用に願いたい」との学園長の言葉に父兄は黙るしかなかった。




