4-4 ジルの告白
(ルビア?)
ジェフリーは、その名を聞き、ジルの言葉を手帳に書き綴っていた手を止めた。
ジルは怪訝な顔をした。
「いや、何でもありません。どうぞ続けてください。」
ジェフリーは慌ててペンを握り直した。
「ルビアを見ようと思った日、まだ時間はあったが別にすることもねぇし劇場の辺りをブラブラした。大通りから道一つ入った二流どころの劇場さ。ルビアのでかい看板が出てよ、ポスターもあちこち貼ってあった。ルビアはピンクの髪で綺麗だけど気が強そうな感じだったよ、実物はどうだか知んねぇけどな。
ふとポスターの前にいる若い女の二人連れが目に入った。一人は熱心にポスターを見て、もう一人はきょろきょろ回りを気にしている感じだった。フードを被っていたがよ、一目で貴族と従者ってわかったぜ。それで俺はもう少し近づいてみたんだ。
別に貴族に恨みはないさ。俺の工場じゃあ、時々、集会が開かれる。
『甘い汁を吸う貴族や資本家をぶっつぶせ!』とか過激なこと言って、ほら時々あんだろ?デモとか、あれだ。俺は興味なかった。俺は貴族どころか工場の奴らにこき使われてるからよ。貴族つぶしても、また次の貴族もどきが出てくる。結局同じだ。」
ジルは嫌なことでも思い出したのか、目線を窓の方にむけてしばらく黙った。
「ああ話しがそれたな。とにかく、そいつらはリサと同じくれぇの年齢に見えた。真っ白いきれいな手でさ、自分で何もしたことがないようなさ。リサは死んじまったのによ。俺はだんだん腹がたってきた。こいつを殺したら親は悲しむだろ、親に俺と同じ気持ちを味わわせてやる!一人くらい道連れにしても罰は当たらねぇって気になったんだ。
俺は、主っぽい方の背中に、持っていたナイフを突きつけて横道に連れ込んだ。もう一人もよ、逃げるどころか震えながらついてきたぜ。
ひと思いに殺って自分も死のう!俺はナイフを振り上げた。そしたら従者が銭袋を出してこれで見逃してくれっていうんだ。俺はますます腹がたって『金目当てじゃねえ!』って言ってやった。それで怯むのかと思ったら『じゃあ何が目的よ?』と抜かしやがる。俺もよ、つい言っちまったんだ、娘を殺された、世間を恨んでやるって。
そしたらよ、『自分は平民だから殺しても価値はない』なんぞ抜かしやがる。よくもまあ、ぬけぬけと。『どうせなら大物狙いなさいよ。世間を恨んでいるんでしょ。』そう言って主の方が紙切れを出したんだ。「入場証」と書いてあったよ。俺だって字は読めるんだぜ、親父が中等部まで出してくれたんだ。
その紙切れ持ってったら王立学園に入れる。なんとか言う公爵の娘がいるから、そいつを狙えって言うんだ。ライトブラウンの真っ直ぐな髪で、そんな髪はそいつしかいないんだとよ。俺は『嘘つくな!!』って脅したがよ、怯みもせずに言うんだ。
『殺したらダメ、貴族の娘は傷物になるのが死ぬより辛いから、ちょっと傷つけるだけでいいの。それだけで世間は騒ぐ。どうせ死ぬ気なんでしょ。最後に大きいことやって死になさいよ。』ってさ。
大した玉だぜ。俺は度肝を抜かれて振り上げていたナイフが緩んだんだ。そうしたら従者が俺に銭袋を押しつけて、主をひっぱって逃げて行ったよ。
どっちみち出来心だ、追いかけなかったよ。銭は思ったより多かった。ルビアを見る気も失せて、久しぶりに上手い酒と料理を口にした。
それから服を買った。半信半疑だったがよ、学園に行ってみようと思ってさ。小綺麗にしとかないとつまみ出されるだろ、それくらいの常識は俺にもあんだ。それによ、あの世でエラとリサに会ったとき、ちったぁましな格好でいたいしよ。」
ジルは「はぁ~」と一息ついた。
ジェフリーは、枕元に置いてあった「吸い飲み」をジルの口元に持って行ってやると、ジルは「すまねえな~」と言いながら「吸い飲み」を口に含む。ジルの喉がごくごくという音とともに何度か上下した。
「学園に入る時はどぎまぎしたよ、呼び止められたらどうしようと。だが親やら何やらでごった返していてよ、すんなり入れた。髪の真っ直ぐな嬢ちゃんはすぐわかったよ。でもさ、あん時、ルビアに会いに行って紙切れもらった日さ、あん時みたいにギラギラした気持ちにはなれなくてさ、広場の隅っこに居たんだ。
そしたら合唱が始まって、並んで出てきたのがその髪の長い嬢ちゃんと、俺に紙切れ渡した奴だった。俺は目ひんむいたぜ。あの女、ダチ売ったのか!てよ。俺は目立たないようにこっそりと一番前まで移動して座ったんだ。
歌っている嬢ちゃん達はみんな綺麗でよ。俺に甲斐性がありゃ、リサにもこんな所で歌わせられたのにって。リサも歌が好きだった。エラの横でくるくる回って歌っていたよ。リサはよ、娘らしいことなんか何一つ知らないんだ。それがあんな、あんな、ひどすぎるじゃないか!!
頭の中がごちゃごちゃで、どうでもよくなった。それでも俺は、見ず知らずの嬢ちゃんではなくダチ売った奴を殺ろうと思った。こんな俺でも多少の正義感はあるんだ。ダチを売るたぁ、ひどい野郎だ。だが、あいつはピアノの陰にいて無理だった。
『大きいことやりなさいよ。どうせ死ぬんでしょ。』って言葉が頭でガンガンしてさ。
気がついたら、あの嬢ちゃんに向かって走ってた。俺は最後の最後に、また間違えたんだ。あとは知っての通りさ。」
ジェフリーは、ジルの言葉に少し遅れてメモを書き終え、しばらく乱雑な自分の字を見つめていた。
「……ジルさん、よく話してくれましたね。」
「ミラーさんよ。馬鹿な奴と笑ってくれ。」
「私は、あなたの弁護士です。結果はどうかわかりませんが全力を尽くしますよ。」
「いやもう、どうでもいいんだ。」
「ジルさん、生きて罪を償ってから奥さんや娘さんに会う道もあるのではないですか。いや、私はいろんな人もいろんな罪もみてきましたからね、気休めは言えませんが。
あなたの場合、書類送検だけで判断されると思います。どうかまずは身体を治してください。また来ます。」
ジェフリーは、手帳と鞄を重ねて抱えると、深々とお辞儀をして静かに出て行った。
ジルは一人になると、自分では整理できない感情で、また涙が流れた。




