4-3 ジルの告白
その男は、ぼんやりと白い天井を見つめていた。
(ここは病院かぁ~?俺はまた死ねなかったんだな、ざまぁ~ねえや)
だんだん意識がはっきりしてくると、悔恨とも違う言いがたい思いで涙が一筋、目尻から流れて耳に入っていった。
《コンコン》
ノックと同時にドアが開かれ、度のきついめがねをした男が、使い古した鞄を小脇に抱えて入ってきた。くたびれたスーツにシャツがやたら白く地味なネクタイをしていた。
「失礼します。ジルさんですね。私は弁護士のジェフリー・ミラーと申します。お加減がよければ先日の件でお話を伺いたいのですが…いかがですか?」
ジェフリーはごそごそと手帳を取り出しながら、ベッド脇の椅子に腰掛けた。
「リリア・コックス嬢、ああ、あなたが刺したお嬢さんの名前です。コックス嬢は命に別状はありませんでしたが、可哀想に傷は残ります。普通の生活をするにはしばらくかかるでしょう。あなたの方が重症ですよ、まあ自業自得ですがね。」
「殺せ!俺は死にたかったんだ!殺せ!」
ジルと呼ばれた男は、じろりとジェフリーをにらみつけた。ほとんど身体は動かないし声も弱々しい。ジルは、思いの他自分が病人であることを自覚せざるを得なかった。
「お貴族さまを殺ったんだ!どうせ処刑だろ?こんな所に寝かしとく必要ねぇさ。殺してくれ」
ジルはそう言ったきり黙り込んだ。
ジェフリーは、何を言われようが気にした風でもなく、しばらくジルをまじまじと見つめた。
どのくらいたったのか、ジェフリーは使うことのなかった手帳をしまうと丁寧に頭をさげた。
「明日また来ます、お大事に」
◇
ジェフリーは毎日やってきたがジルは黙ったままだった。ジェフリーは手帳を出して定位置に座ると、どうでもいい世間話をして帰っていった。
4日目、ジルは、ジェフリーが、スーツは同じだがシャツは洗い立てのアイロンのかかったものを毎日取替えてくるのに気がつき、思わず口を開いた。
「あんた、女房、子供いんのかい?」
「ええ、女房は文句を言いながら尽くしてくれますよ。子供は息子がひとり…」
「そうかい…」
ジルは、ジェフリーのシャツから目を離すと天井を見つめた。
「俺にも女房と娘がいたんだ。死んじまったよ。親も、兄貴も。俺一人生きていたって何にもなんねぇ。死にてぇよ。」
それっきりジルはしゃべらない。ジェフリーが今日もだめかと思った頃、ジルはぽつりぽつりと話し始めた。
◇
「俺は16の時に田舎から出てきたんだ。田舎か?ポートフォードだよ。麦の小作農家でよ。領主様は悪い人ではなかったさ。でも麦は天候に左右される。不作になると、たちまちたち行かねぇ。それに麦しかねぇんだ、見渡す限り麦、麦、麦だ。
そしたら何だ!王都の工場で働けば、ポートフォードにいるより3倍の賃金くれるって言うじゃないか。親と兄貴には反対されたが、それを押し切って出てきたよ。
たしかに3倍にはなったさ、昼も夜も働いてさ。賃金も高いけど物価も高くてよ、毎日じゃがいも食って寝るだけさ。
何がきっかけか忘れたが、同じ工場で働くエラと話すようになった。エラもどっかの田舎出だ、雪が降る北の方、俺は学がないから地名なんざ言われてもわからねぇ。
そのうち一緒に暮らすようになって娘が生まれた。可愛かった、自分にも子ができるのかって不思議だったよ。リサって名付けた。
親に見せてやりたかったが帰る銭がない。そのうち親父もお袋も死んじまった。親不孝にも程があらぁな、情けなかったよ。
それから戦争がおっ始まってよ。戦場はポートフォードだ、気にはなったが知らないふりをした、俺にゃあ関係ねぇてよ。
特需って言うのか?鉄砲の弾作るので工場は大忙しさ。これで人が死ぬのかと思わねぇこともなかったけどよ。エラに口紅ひとつ、リサに美味しいもんひとつ、買ってやりたくてさ。
だけどよ、兄貴が戦死したって知らせがきたんだ。兄貴が戦争に行った事も知らなかった。何でだ?兄貴は大黒柱だ、俺とは違う、なんで戦争に行ったんだ?ほんとなら俺が行くべきだったんじゃねぇか?そう思ったらよ、兄貴にすまなくて…。
戦争が長引いて、王都でも兵士を募るようになった。エラには反対されたが俺は志願したよ。
だが大した訓練もないまま、豚箱みたいな馬車で戦地に送り込まれるんだ。最初はちびっちまってよ、逃げ回った。あんな所、人が人でなくなる。殺らないと殺られるんだ。神経がどっかぶっとんじまうんだ。
行ってわかったけどよ、ポートフォードの男はほとんど駆り出されていた。残っているのは老人、子供、女だけさ。畑も半分は焼かれるか放置されていたよ。」
ジルは、そこまで一気に話し急に黙り込んだかと思うと、声を震わせた。
「……今更だけどよ……麦は笑ってくれんだ。夏は青々して嬉しそうに笑うんだ…。そんでよ、秋に実ると優しげに微笑むんだな…。何で、何で…今頃こんなこと思うんだか…。」
ジェフリーはメモをとる手をとめて、微かにうんうんと頷いた。
「戦争が終わって、ありがてぇことに命だけは助かった。食い物はねぇ、着る物はねぇ、みなボロボロさ。王都まで何日かかったか…歩いたんだ。
家に帰ってみりゃ、人が住んでる気配がしねぇ。いや、家具とか昔のまんまだ、確かに俺の家だ。
俺はゾイのところ、ああゾイは俺のダチだ。
ゾイの所に行って『エラは?リサはどうした?』って聞いたんだ。そうしたらゾイが『エラは死んだ』って言いやがる。
『嘘だろ?』
ゾイが言うには、俺が戦争に行ったあとも徴兵はあったらしい。働き手は減るのに、鉄砲の弾作れって上がうるさくてさ、女だろうが子供がいようが、朝昼晩働かされた。エラは優しいからよ、他の奴の仕事まで引き受けて…結局、過労で死んじまったらしい。…ううっ…エラ!俺はまた間違えたんだ。くそっ!
俺はよ『それでリサは?リサはどうしたんだ?』って聞いたんだ。
そしたらゾイの奴、顔をそむけやがる。『なんだ?おい、どうしたんだ?』って俺が食い下がると、後ろでゾイの女房が泣き出した。俺は厭な予感がした。
ゾイは黙っちまってよ…俺はイライラしてますます問い詰めた。そしたら『リサも死んだ…』って…。
『何でだ?何で死んだんだ?』
言わないと俺が納得しないとゾイも思ったんだろ、ゾイがとんでもないことを言ったんだ。
『わかった、ジル、落ち着いて聞けよ。リサは身投げしたんだ。』って。
俺はもう何が何だか…。
『いいかジル、落ち着けよ。お前には言いたくなかったが仕方がない。……リサは…戦地帰りの奴らに暴行されたんだ。それでリサは…、リサは…』」
ジルは、ぎゅっと目を閉じた。
「王都に帰ってくる途中、何度も見たよ。戦地帰りの奴ら、まあ俺もその一人だったがよ、奴らが女を暗い路地裏に連れ込むのをよ。それを見ても何も感じなかったさ、もう心が麻痺してんだ。
その光景とリサが急に合わさって俺は地獄に突き落とされた。怒りで、怒りで、怒りで、思わずゾイの首を絞めた。ゾイの女房が慌てて止めに入って…ゾイには悪いことしたよ。
それからは酒びたりさ。戦争に勝ったのにゴルドは貧乏なんだろ?賠償金があまり取れないとか何とかで補償金もスズメの涙さ。馬鹿にするのも程があらぁ! 何だって言うんだ!!
俺を見かねたゾイがよ、昔働いていた工場に頭さげてくれて俺を雇ってくれたよ。
こう見えて俺は腕が良かったんだ。だがよ、戦争の怪我のせいで左手があまり利かねぇ。まるっこい弾作ってる時と違ってよ、今はなんだか知んねぇが複雑な部品作ってっからよ、俺の手だと難しいんだ。それでただの雑用係さ。若い奴らに馬鹿にされて、自分は何で生きてんだか。エラとリサの所にいきたい!そればっかり考えてたよ。
そんな時、チャラチャラした上の奴らが話してるのを聞いたんだ。王都で話題の歌姫ルビアのこと。すごい美人で歌が上手いんだとよ。俺は冥土の土産にそいつの歌聞いて死のうって、あの日あそこに行ったのさ。」




