3-8 リリアの災難
そのうち妙な噂がたった。リリアが生徒会の4人の男子生徒を侍らして女王様気取りだというのだ。全く事実無根だったが噂好きはどこにでもいる。
「そういえば、毎日違う男子と一緒にいるらしいわよ」
「私、見たのよ、男子と二人で帰るところ。」
「まあ、ピンクの髪に豊満な姿態。ちょっと田舎っぽいところが、かえって男好きするのかしらね。いやだわぁ。」
噂をする人間に遭遇するとリサがことごとく突入していった。
「そこのあなた、その噂の根拠は?」と。
その噂が下火になった頃、今度はリリア自身に災難が降りかかった。
教科書が破られ、ペンを折られた。学園内では専用の靴を履くのだが、夜間にその靴が盗まれ何日かして貯水池から発見された。
授業への移動中には、制服を切られる事件がおきた。大勢の生徒が周りにいたのに誰も犯人を見ていなかった。
そしてまたも噂だ。生徒会長のアルバートとリリアは恋仲だ。それを知った婚約者のレティシアが嫉妬に狂って嫌がらせをしていると。
「レティシア様のことお聞きになって?」
「お気の毒なこと。アルバート様に見向きもされなくなって最近はずっとお一人ね。」
「アルバート様も生徒会でご一緒の何とかいう男爵令嬢とご発展のようよ。レティシア様が、その…ねえ、はっきりとは言えないけれど…。」
「そうそう、あの方も所詮、ただの女だと…醜いこと」
今回も噂をする人間に遭遇すると、リサがことごとく突入していったのだ。
「そこのあなた、その噂の根拠は?」と。
リリアの災難には、生徒会も犯人捜しを試みたが見つからず、教師も生徒間のことだからと取り上げてはくれなかった。
◇
そんな最中、声楽授業の後の集会でリサが口火を切った。
「皆さんもご存知のとおり、リリアはたびたび嫌がらせを受けているし、レティシアさんも変な噂をされているわ。みんな、あんな噂信じているわけじゃないでしょうね。こんなこと見過ごせるものですか!私たちで何としても犯人を捜しましょう!」
サラの過激な発言に生徒たちは怯んだ。
「サラ、そ、そんなこといいのよ。」
リリアはサラの袖を引っ張った。
「ありがとう、サラさん。そのお気持ちだけで嬉しいわ。私は…もちろんいい気はしないの。でも私は何もしていないもの。リリアさんのことも、アル、アルバートのことも信じてる。そう、信じようとしているの。」
レティシアは、胸に手をあてて自分自身に確かめるように言った。
「そ、そうね、レティシアさんも、リリアさんも、噂のような人じゃないわ。私達が一番わかっているじゃない。」
「そうよ、そうね。」
「レティシアさん、リリアさん、ごめんなさい。噂に巻き込まれていた自分が恥ずかしいわ」
レティシアとリリアはお互いに顔を見合わせ、みんなに向かって礼をした。
再び、サラが口を開いた。
「じゃあ犯人捜しではなくて、リリアが受けたような災難が、この先起きないように対策をたてましょうよ。」
「そうね。」
「誰だってあんなことされたら嫌よ」
そこで一人の生徒が提案した。
「ねえ、持ち物置き場を作ってもらったらどうかしら、鍵をかけられるような。今は誰でも触れるから、こんなことになるのよ。」
「そうね。一人ひとりクローゼットのようなものがあるといいわね。」
「それロッカーというのよ。」
「ところでリリアさん、切られた制服、ご自分で繕って着てらっしゃるでしょう。お気の毒だわ。私、リリアさんの制服、お母様に頼んで差し上げるわ。」
「いえ、あの」
リリアは困惑し、それを見てサラは言った。
「そういうことじゃないわ。リリアは制服が買えないわけじゃないのよ。制服を大事に着たいだけよ、ね、リリア」
「え、ええ」
「でも、その繕った制服はあんまりですわ。」
そこに別の生徒がおずおずと手をあげた。
「地方出身の者は、伝手もないし街にも不慣れで、新しいものを欲しいと思っても買い物をするのが大変なんです。」
またサラが言った。
「そうね。そのとおりだわ。施しみたいなのは嫌だし、いえ、さっきの方のお気持ちは嬉しいのよ、でもそういうことじゃないの。自分でどう対処できるかってことよ。」
「じゃあ学園に居ながら、文房具や制服が買えたらいいってことね」
「では学園にそんな場所をつくってもらえばどうかしら。寄付だってたくさん集まるのよ。お店に行くのではなくて来てもらえばいいでしょ。」
「そうよ。事情がある場合に限定すればどう?今回のリリアさんみたいな」
生徒達は口々に意見を出し合った。サラはようやく思い描いた議論ができたと目を輝かせた。レティシアが最後にまとめた。
「では、ロッカーと文房具などの購入について皆さんの意見をまとめて、生徒会を通じて先生方にお願いしてみましょう。リリアさんは役員だし、サラさんと私とで相談に行きましょうか。」
「もちろん、喜んで!」
サラは恭しく礼をしてみせた。
これからの成り行きに皆ワクワクしたが、メリンダはずっと苦々しい顔だった。
◇
放課後の生徒会室は学園祭のことで戦場のようであったが、レティシア達が姿を見せると、アルバートは満面の笑みで歓迎した。噂などどこへやらである。
「やあ、レティ。コックス嬢から聞いてるよ。相談があるんだって?」
「忙しいところ、ごめんなさい。いいの?」
「いいよ。みんな、こちらに来て。女子生徒からの相談に乗ってほしいんだ。」
ジャックが、レティシア達の意見をまとめて要望書を作成し、サイモンが工業技術課の生徒を巻き込んで教室のあちこちを測り、自分たちでロッカーの図面を描いて要望書に添付した。学園長との交渉はアルバートとエドガーである、
生徒たちの要望はもっともな事であったし、ここは裕福な貴族の多い学園だ。生徒達が親に話せば寄付は瞬く間に集まった。もちろんウォルター家やポートフォード家からも。教師も大人の忖度というやつだろう、要望は日を置かず決まった。
ロッカーは、クラスの人数に合わせて増減できるよう、鳩尾ほどの高さで縦2段横2列の4人分で構成され、教室後方に40人分がすっぽり収まるように設計されていた。中敷がひとつあり、荷物と靴が置ける。横開きの扉がひとつ、鍵は普及し始めた数字を合せるタイプだ。学園生全員分となると王都中から商品をかき集めたが、全く同じものは揃わず鍵の色は赤青黄色とまちまちで、それがかえって無味乾燥なロッカーのアクセントとなった。
文房具と制服の申請窓口は生徒会だが、商品の受渡しは教師がしてくれる。地方出身の寮生は購入条件が緩和された。もちろん申請第一号はリリアだった。
◇
声楽教室のメンバーは喜びで沸き上がった。
「私たちにもできることがあるのね。」
「伝えるって大事なことだわ」
「ねえ、学園祭でも何かやりましょうよ。みんなで合唱するのはどうかしら」
「賛成!」
「やりましょう!」
「もちろんよ!」
口々に言い合い大きな拍手が起こった。
相談の結果、授業で習った曲を2曲と『りんごの花』を歌うことになった。リリアが声楽教室に初めて来たとき歌ったあの曲だ。
指揮はレティシア、そしてピアノ伴奏は何とメリンダに決まった。ピアノを弾ける者は多くいたのだが、大勢の前で弾くとなると皆尻込みをした。
メリンダは、レティシアばかり目立つのが気に入らず自ら名乗り出たのだが、本人の動機は別にして皆から歓迎されたのだった。
意外にもメリンダはリーターシップを発揮した。もともと思い込んだら一途だ。
「そこ、だめだめ、もっと感情をこめて!」
こうして、メリンダの熱血指導がしばらく続いたのだった。




