3-6 アルバートとレティシア ~プティ・エディ~
夏休み、レティシアは、いつも通り1週間ほどバーナム領の海辺の別荘で過ごし、その後初めてポートフォード領を訪れた。
「いらっしゃい、レティシア嬢、元気そうだね。」
アルバートの父、アラン・ポートフォード侯爵は和やかに迎えてくれた。
「おじさま、ご無沙汰しております。しばらくお世話になります。」
「なに、堅いことはなしだよ。ここは、いずれレティシア嬢の我が家になるところだ。君が来てくれただけで邸内が華やぐよ。侍女長が張り切って邸内はピカピカだ。何か困ったことがあれば彼女に言うといいよ。」
「レティシア様、侍女長を拝命しておりますローラと申します。どうぞ宜しくお願いします。」
ローラは折り目正しくお辞儀をしたが、目元に温かみのある朗らかそうな女性だった。
「ローラさん、宜しくお願いします。」
「ローラは、エイダが嫁いできたときに一緒にきてくれたんだ。エイダが亡くなったのにずっと留まってくれてね。この屋敷が何とかなっているのもローラのお陰なんだ。」
「旦那様…そのような…」
「そうだよ。ローラのお陰で僕は育ったようなもんだ。今さらだけど感謝しているよ。」
「まあ、坊ちゃままで…」
「もうローラ、レティの前で坊ちゃまはやめてくれ!」
「ははははっ!」
「ほほほほっ」
レティシアは、戦後復興に邁進するアランと、母を失ったことから立ち直ろうとするアルバートに、なにか悲壮感のようなものを感じていたが、こんな穏やかな日常もあったのだと思い安堵した。
「さあ、今夜はゆっくり晩餐としよう。久しぶりにアルバートが帰ってきたから、料理長もはりきっているよ。」
「はい父上、お話したいことがたくさんあります。」
「そうか、楽しみだな。ではまた後ほど。」
アルバートは、レティシアにゆっくりと邸内を案内した。
小ぶりの落ち着いたサロンには、大きな絵が2枚飾られていた。1枚は前侯爵夫妻、もう1枚は、アランと亡くなったエイダ夫人、そして3歳くらいのアルバートが描かれていた。ふわふわとした金髪で母に手を握られて嬉しそうに笑っている。
「アルはお母様に似ているのね。」
「ああ、そうだね。父は僕を見るたび、その向こうに母上の面影をみるみたいだよ。ここは家族で使う居間でね。僕たちはいつもこの絵と一緒なんだ。」
レティシアは、そっとアルバートの背をなでた。
「レティ、ありがとう。僕は大丈夫だよ…もう心の整理はついているんだ。」
レティシアは、アルバートの全部を受けとめるように微笑んだ。
◇
レティシアは、しばらく領都エルポートを楽しんだ後、アルバートとともに領内を巡った。
ポートフォード領は、端から端まで休みなく馬車で走っても4日はかかる広大な領地だ。南の海岸線に沿って、イーストポート、領都エルポート、サウスポートと街が並んでいる。
イーストポート港は新しい港である。大型の客船が停泊する係留施設が完備され、大きな湾内の一角には将来のレジャー客に備えて、マリーナと、モール街となる真っ白な建物が建っていた。店はまだまばらだったがシャンバル帝国からの出店とおぼしき店もあった。
サウスポートは無骨な港街だった。戦場になったこともあって砲弾跡が生々しい。こちらは主に物流の拠点となるようで、タンカーを作る大型の造船所も建設中だった。
新しい街から見る海も、古い港から見る海も、そしてリアス式の美しい海岸線から見る海も、エルドの海は、夏の白い日差しに穏やかに輝いている。レティシアは、これから自らの故郷となる海を胸に刻んだ。
◇
内陸部にはいると、見渡すかぎりの麦畑だ。青々とした麦が風にそよいでいる。
「夏の景色もいいけど、秋になると麦が金色になって壮観なんだ。僕の好きな景色だよ。ずっと向こうの丘陵地に低木が見えるだろう。ほらもう実がなっている。」
アルバートが指さす方には、丘陵一面の樹木にオレンジ色の実がなっていた。
「プティ・エディだ。麦以外の特産品を作ろうと父が少年時代から携わってきたんだ。ウォルター公爵にもお世話になった。南国産の実をこの国でも育つように品種改良したんだ。元はすごく大きい実らしいけど、ここではあまり大きくならない。エディは母上の愛称で父上が名付けたんだよ。」
丘陵の近くまでくると馬車を降りて、アルバートはレティシアの手を引いて歩き出した。
アルバートは、プティ・エディの実をひとつもいで、自分のシャツでごしごしこすると、半分に割って片方をレティシアに差し出した。
「甘酸っぱくて美味しいよ。」
レティシアは遠慮がちにかじった。アルバートはひと口で食べてしまった。
「美味しい!」
「だろ?」
アルバートは嬉しそうに、またレティシアの手を引いた。
見晴らしの良い簡素な休憩所で二人はひと休みした。従者が冷やした茶とタオルをそっと置いてさがっていった。
風がそよぐたび麦の波が生まれては消えていく。プティ・エディは生きる喜びを知っているかのように、今を盛りとたわわだ。
レティシアは、ふと横にいるアルバートを見た。麦畑を見渡しているアルバートの横顔は大人びて見えた。ただの学生ではない、次期ポートフォード侯爵の顔だ。
(私は、アルの全部を知らない。これから共に生きて少しずつ知っていくのだわ。)
レティシアは、何だか急にアルバートに触れたくなって、背伸びをして彼の頬にキスをした。
アルバートは目を丸くしてレティシアを振り返った。
「アル、ずっと一緒よ。」
「ああ、ずっと一緒だ。」
アルバートは、目を細めてレティシアを引き寄せた。
「レティ…」
アルバートはレティシアの髪をなで頬を包んだ。アルバートの手は大きくて硬くて、もう大人の男の手だった。アルバートの手が、瞳が、熱を帯びてくる。レティシアは琥珀色の瞳から目が離せなかった。
(いいか?)
と琥珀の瞳が問うている。
(いいの)
とレティシアは目を伏せた。
アルバートの熱い唇が、レティシアのそれと重なった。
それは…プティ・エディの味がした。




