3-5 夏休み リリアとメリンダと
声楽授業のあとの集会は、女子生徒の楽しみとなった。
こちらのクラスはこうだ、あちらのクラスはどうだとか、あの先生は話しが長い、あの先生の口ぐせはこうだとか、そんな話しで盛り上がり、サラが求めるような高尚なものにはならなかった。
レティシアはそれでよかった。生徒それぞれの性格や考え方が少しずつわかって、お互いの距離が近づいたからだ。
夏休みも近づいた日の集会では、郷里に帰って家族に会える喜びや、バカンスを楽しみにする話しで盛り上がった。そんな中、やはり5人が寮に残ることになっていた。
「夏休み中の寮でお困りのことはないの?」
「強いて言えば食事ね。休み中も朝夕しかないの、自分で作ればいいのだけど買い出しがちょっと…。」
「食事はいいのよ。おやつがないのが辛いわぁ」
「まあ、おやつがないなんて大問題だわ。皆さん、寮に差し入れしましょうよ。」
「そうね」
「そうしましょう!」
そんな時、めずらしくメリンダが口を開いた。メリンダは流行好きの今どきの娘である。
「ねえ、夏休みにカフェに行かない?新しいお店ができたの、レモンケーキが美味しいのよ。」
「いいわね、ついでに美術館はどう?今、王族のドレスの展示をしているのよ。それなら美術に興味がなくても大丈夫でしょう?学生なら無料だしね。」
実際、終業式の日には、クッキー、キャンディ、砂糖漬けのドライフルーツ、紅茶、よくわからない飲み物の粉など、どっさり寮に届けられた。
◇
夏休み、静かになった寮の自室で、リリアはサラの髪を梳かしていた。
今日は午後からメリンダの誘いにのって王都観光におでかけだ。リリアは気後れがしたが、サラに「何事も経験」と押し切られ一緒に行く羽目となった。
「リリア、ありがとう。リボンきれいだわ。」
「いえ、サラの髪きれいだから…。」
「やだぁ~、こんな真っ黒の髪、誰も褒めてくれないわよ。リリアのような柔らかなピンクブラウンが羨ましいわ。」
「そう?でも、男爵様も黒髪…」
「男爵様?ああ、お義父様のこと?リリア、お義父様のこと男爵様なんて呼んでるの?」
「ええ、まあ…」
リリアは、ほんの少し頬を染めてはにかんだ。サラは一瞬違和感をもったが、すぐに忘れてしまった。
◇
サラとリリアが美術館の前で待っていると、ひときわ華やかな二人連れがやってきた。メリンダとエイミーだ。エイミーは子爵令嬢でメリンダとよく連れだっているクラスメイトだ。
「お待たせしたかしら。」
「いいえ、私達も今来たところよ。今日は宜しくお願いします。」
「任せといて。ねえ、このルージュとマニキュア、今王都で流行の色なのよ。きれいなピンクでしょ?」
「メリンダの行きつけのお店で、メイクしてもらっちゃった!どうかしら?」
「ええ、二人ともとっても似合っているわ」
「ほんと?嬉しい、ありがとう」
この二人と二人、ちぐはぐ感が半端ないが、本人たちは気にするでもなく美術館に入っていった。
「次はエルベ川の遊覧船よ。」
「メリンダ、この時期にチケットがよく取れたわね。」
「お母様に頼み込んで用意してもらったの、せっかくだもの、楽しまなくちゃ。」
「あっ!ほら、王城の塔が見えてきたわ、全部で7基あるのよ。こっちは時計塔、あの瀟洒な建物は、王都で最初に建ったホテルなの。最上階からの眺めは素晴らしいらしいわ。」
メリンダは、サラとリリアに親切に教えてくれた。
エルベ川の穏やかな流れは夏の日差しに眩しく輝いていた。バカンスの季節とあって、学生だけでなく大人もどこかのんびりした雰囲気だ。川の畔では、いくつものカップルが寄り添っている。
「いいわね。ねえエイミーは婚約者と、こんなところに来るの?」
「5歳も年上で真面目な方よ。結婚するまでは二人きりで出歩くなんてしない人だわ。」
「ふーん、言って悪いけど、何だかつまらないわね。」
「いいの、私は普通に結婚して、普通に妻となり母となるわ。」
エイミーの考え方はごく一般的なものだった。恵まれた娘は、家の慣習をそのまま自分の感覚と思いこんでいる。一方、故郷には、家の内にも外にも労働力としかみられない女たちがいる。サラは、その現実を彼女たちが知ることはないのだろうと思った。
「へえ、私なんて親の会社を手伝うことしか考えられない、いつかは結婚するんだろうけど…」
リリアは、大人しく三人の話を聞いていた。
◇
最後に、四人はメリンダお勧めのカフェに寄った。女の子の「好き」を集めたようなカフェだ。店員は、フリルのついた白と水色のストライプのエプロン姿でにこやかに応対してくれた。
「ここのケーキは小ぶりだからいくらでも食べられるの。レモンケーキは絶対よ。あとそれぞれ好きなものを頼みましょう。支払いはバーナムに回してくれるから心配しないでね。」
「メリンダ、いつもありがとう」
エミリーは当たり前のように礼を言う。サラとリリアは顔を見合わせた。
「あの、いいのかしら…お言葉に甘えて…」
「いいの、いいの、さあお好きなのを頼んで」
テーブルは色とりどりのケーキでお花畑のようだ。目でも舌でも楽しめて、四人はしばらくケーキに酔いしれた。
心もお腹も満たされた頃、メリンダがリリアにいきなり尋ねた。
「ねえ、リリアさんって、ずっとリリアさん?」
聞かれたリリアも、サラもエイミーもキョトンとした。
「メリンダさん、何言っているの?」
リリアのかわりにサラが尋ねた。
「いや、何て呼ばれていたのかなと思って…」
リリアは何と答えたらいいか思案した。リリアは自分の出自を恥じてはいないが、淑女教育で、めったに自分のことを言ってはいけないと教えられた。ましてや王都では用心するよう言い含められている。
「…リリ、…」
リリアは蚊の鳴くような小さな声でぽつりと言った。
「そう?リリアは、小さい頃リリって呼ばれていたのね。よくあることよ。」
サラはリリアをかばうようにそう言って、メリンダをとがめるような目で見た。
「いや、そうじゃなくて、ルビア!ルビアじゃなくて?」
「ルビア?」
リリアの脳裏に、ある少女が思い浮かんだ。
「メリンダ、何を言ってるの?さすがに失礼よ。リリアさん、ごめんなさい。メリンダは言い方が率直だから誤解されるの。ほんとはいい子なのよ。」
エイミーが場をとりつくろうように謝った。
「ちがうわよ!」
「もういいじゃない!せっかくだから楽しく終わりたいわ。メリンダさん、今日はありがとう、ねっ、リリア、あなたもそう思うでしょ。」
サラも取りなすように言った。
「え、ええ、楽しかった。メリンダさん、ありがとう」
メリンダはそれ以上追求しなかったが、ルビアと聞いて、リリアがほんの一瞬表情が曇ったのを見逃さなかった。




