3-1 学園生たち
果てしなく遠いように思えた3年も過ぎてみればあっという間だった。9月の王立学園入学に向けて、アルバートは再び王都に上京した。
ウォルター邸に挨拶に訪れたアルバートは、別れたのがまるで昨日のような気軽さでやってきた。
「やあレティ、元気だった?」
「ええ、アルも?」
レティシアは、アルバートを眩しく見上げた。
「ああ、ほらね。」
にこりとして、こぶしで軽く自分の胸を叩いて見せたアルバートは、レティシアよりはるかに背が高く声も低くなっていた。つややかな金髪に涼やかな目元と高い鼻梁、女の子のようだった風貌は、貴公子然として少年から青年に変わる一時の若葉のような輝きを放っていた。
◇
エルディア王立学園高等部は、15歳から18歳の子女が学ぶ学園だ。幼年部、中等部は各地方にも設置されたが、高等部は王都にしかない。
学園には、必須の教養課と、選択の商業経営課、法律課、歴史文化課、工業技術課がある。課の選択は、教養課だけでも複数課選択でもよく、学習のボリュームと授業料は増えるが、学びたい者はいくらでも学べるシステムだ。
アルバートとレティシアは商業経営課を選択した。
高位貴族のほとんどは、教養課の内容はすでに家庭教師に習っており試験を受けて認定されれば授業は受けなくてもよかったのだが、音楽、美術、スポーツに関しては出席が義務づけられていた。
生徒は選択課程に関係なくAからDの4クラスに振り分けられた。アルバートとレティシアはAクラスだった。学園は身分に関係なく平等を謳っているが、マナー認識の差によるトラブルを回避するため、Aクラスは高位貴族を集めるという暗黙の了解があった。その他のクラスに差異はない。
かの弁護士ジェフリー・ミラーの息子ジャックは法律課でBクラス、商業経営課を選択した黒髪めがねのサラ・ベイルと、レティシアの従姉妹メリンダはCクラスであった。メリンダは教養課のみを選択していた。
◇
定期試験では、選択課程4課で上位30位までが張り出された。課が違えば試験内容が違っていて運不運があるはずだが、そこは気にされず総合得点の多い順となる。
1年生では法律課のジャック・ミラーが不動の一位であった。
噂によると、縁もゆかりもない高位貴族がジャックの奨学金推薦をしてくれたとのこと。その恩に報いるため、ジャックは中等部の入学時に学年一位をとり続けると決意したらしい。彼は、推薦者が誰か知らないにもかかわらず。
ミラー家は決して貧しくはないが、ジャックは、父親が時々報酬にならない弁護を引き受けて母親がぶつぶつ言うのを見て育った。父には父の信義があるのだろう、そこは尊敬していたが母を悲しませるのはいやだった。入学金、授業料は安くない、奨学金を得られたことは本当に幸運だったのだ。
おかげでジャックは自他ともに認めるガリ勉だ。彼は痩せていたこともあって、ついたあだ名が「ガリガリ・ジャック」だった。
そして2位争いをしていたのが、アルバート、レティシア、サラの商業経営課の3人だ。
サラの両親は、北部で紡績工場を経営しており、卒業したらそこの手伝いをするという。頭の回転が速いのか、とにかく弁が立つ。特に男はかなわない。人が弱っているのを見過ごせず「頑張ろう!」とバンバン背中を叩いていく。「サラ女史」と言われながら、ひそかに気弱男子たちに人気があった。
◇
その年の入学生は150人、うち女子は60人だった。
レティシアは、同学年にあの夢に出てくる少女がいないことに安堵したが、漠然とした不安を完全に拭い去ることはできなかった。
アルバートは、タウンハウスのポートフォード邸から毎朝ウォルター邸までレティシアを迎えに行き一緒に通学した。
選択した課によって授業が異なり、授業と授業の合間は生徒の大移動である。二人は同じ課であるから、男女で別れる音楽、美術、スポーツ以外はいつも一緒だ。
移動の時もアルバートは「レティ、レティ」と気にかけ、何なら荷物を持ってやり、席をみつけてやるなどして世話を焼く。いつしか、男子の間では「アルバートのレティ病」とからかわれ、レティシアのことは「レティ姫」と呼ばれていた。
レティシアは、アルバートが思い描いていたよりもずっと美しく成長していた。
小首をかしげるとき、
振り向いて笑うとき、
口をとがらせて何かを主張するとき、
相変わらず美味しそうにもぐもぐしているとき…
アルバートにとって、レティシアの全てが愛おしかった。
でもレティシアは、時々怖いものでも見るようにアルバートを不安な目でみる。アルバートが手を伸ばすと一瞬後ずさりをする。
(なぜ?)
アルバートにはわからなかった。
そうして秋学期を終え、冬休みが過ぎ、冬学期…レティシアが不安に思うことは何もなく学園生活は平穏だった。あの春の日、リリアが編入してくるまでは。




