2-9 アルバートとレティシア ~エルフラウ~
あのガーデンパーティーから2年が経った。アルバートは明日、ポートフォード領に帰る。
アルバートもレティシアも王立学園の中等部には行かず、それぞれ家庭教師に教わることにした。加えてアルバートは、父の元で自領の状況も学びたいと思っている。
次に二人が会うのは3年後、高等部入学の時だ。
◇
ウォルター家の中庭は、今年も見事にエルフラウが咲き誇っている。そのなかを、アルバートとレティシアは散歩をしていた。
小さかったアルバートもレティシアと同じくらいの背丈になった。父に約束した体術の「初段」クラスも勝ち取り自信をつけたようだ。
実をいえば「初段」は、てんとう虫のブローチと刺繍のハンカチのお礼に、レティシアに捧げたものでもあった。
「エルフラウ、咲いたわね」
「うん」
「もう明日ね」
「うん」
「………」
「…ねえ、どっちが濃い紫色のエルフラウを見つけられるか競争しましょうよ」
「うん、わかった」
二人はそれぞれ、あちこちでエルフラウの花を物色してまわった。
エルフラウは同じ株でも、白っぽいものや濃い色、花の一部が紫色のものと様々で、そのグラデーションが美しい花である。
「あった!私これにするわ」
「僕も決めたよ」
レティシアが見つけたのは全体が見事な紫色だった。アルバートが見せたのは、レティシアの花よりさらに濃い紫色にふちどられた中心部が白い花だった。
「勝った!僕の方が濃い紫だね。」
「ずるいわ、そんなの」
「全体なんて言ってないじゃないか。戦略勝ちだ!」
「何それ、ひどい」
レティシアは軽くアルバートの胸を叩こうとしたが、アルバートはそのレティシアの手を掴んで優しく握った。
「レティ、元気でね」
「うん」
「手紙書くよ」
「うん」
「レティ?」
「うん…」
レティシアは何か言わないといけないと思ったが、すぐには言葉がでてこなかった。
(背丈は同じくらいなのに、手はアルの方が大きいんだ…)
握られた手を見つめて、レティシアはぼんやり思った。
「アル?」
「うん?」
「私も書く…いっぱい」
「うん、レティ、レティ、レティ…」
「何?」
「だって、しばらく呼べないだろう。レティ、レティ、レティ…」
「ばか!アル、アル、アル、アルのばか!」
二人はいつまでも手をつないでいた。
レティシアは、二人が摘んだ花をそれぞれ押し花の栞にして、二人のイニシャルと日付を記した。翌朝、レティシアは、自分が摘んだ花の方をアルバートに渡した。
アルバートは、乾ききらないその栞を大事に持ったまま領地へと旅だった。
◇
アルバートが帰領し、9月には兄レイモンドが王立学園高等部に入学して学業に専念し始めたことから、屋敷はすっかり静かになった。
その頃からレティシアは妙な夢を繰り返しみるようになった。
その夢は、アルバートも自分も王立学園に入園しているのだが、アルバートの隣にいるのはレティシアではなく別の少女なのだ。
(きっとアルがいなくなったから、こんな夢をみるのだわ。気にしてはだめよ)
夢は、最初はおぼろげだったのだが、だんだん鮮明になった。夢の中のアルバートと少女は腕を絡めている。アルバートは愛しそうに少女を見つめ、彼女の名前を呼び髪をなでるのだ。
(これは何?なぜ?厭よ!アル、いやいや!)
やがて夢の中のアルバートは、レティシアに背を向けてこちらを見ようともしない。少女は勝ち誇ったように冷たい目でレティシアを見下す。
(こ、怖い!誰?彼女は誰?)
それは音のない夢だった。
だがアルバートの口の動きから、少女は「ルビア」という名前のようだ。夢の中の自分は嫉妬に怒り狂い、鬼のような形相で少女に暴言を吐き貶め、余計にアルバートに嫌われる。終には、アルバートと少女が結ばれて、罪を償うため自分はどこか知らない所に連れていかれるのだ。
(いや~!!!私はこんなに醜いの?これは何?)
レティシアは何度もうなされ、はっと目覚めてはまんじりともせず朝を迎えるのだった。
◇
しかし現実は至って平穏だった。
アルバートからは度々手紙が届いた。レティシアも頻繁に手紙を認めた。日常の些細なことを書き綴り、会えなくても会っているかのようにお互いのことを伝えた。
一緒に暮らした2年の日々は揺るぎのないものだったし、年々に変わっていく手紙の内容は、お互いへの気持ちが育っているのを感じられた。




