サンタンジェロ城 聖天使城 [ローマ編] 第五話:虹の収束炉と、見習い騎士の機転
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サンタンジェロ城 聖天使城 [ローマ編]
第五話:虹の収束炉と、見習い騎士の機転
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第五話:虹の収束炉と、見習い騎士の機転
地下の最深部に広がる石造りの大空洞は、大天使の剣から奪われた「光のスペクトル」を吸い込んで激しく脈動する、不気味な『擬似太陽炉』の放つ異様なエネルギーに満たされていた。
うねるような虹色の光の奔流が、炉のガラスシリンダーの内部でトゲトゲしく高速回転し、大気をキチキチと焦がすような高音の放電音を鳴らし続けている。
俺――レオナルド・ダ・ヴィンチは、脳内の万能スキル【画家】を完全な白黒のモノクローム・トーンに固定し、世界から濁った光のノイズを完全に削ぎ落としていた。
このモノクロームの視界でなければ、眼前の狂った虹色の閃光によって、たちまち網膜から脳細胞まで焼き切られてしまう。
「ふにゃあ!」
俺のコートの胸元から鋭く顔を出したシャム猫のウララちゃんが、そのサファイアブルーの瞳を激しく輝かせながら威嚇するように鳴いた。
「みゃあ! みゃあおん!」
フランチェスカの腕に抱かれた、グレーのふさふさとした極上の毛並みを誇るペルシャ猫のキララちゃんも、お腹の白い毛を不気味な光の余波に晒されないよう丸めながら、ウララちゃんと完璧にシンクロして同じ方向を睨みつけた。
二匹の美しき猫たちは、この空間の光のパースペクティブが完全に歪んでいる不気味さを、本能的な色彩感覚で鋭く察知していた。
「レオナルド! シモンとデュポンの姿が、あの炉の前にあったはずなのに一瞬で消えてしまったわ! 周囲の空間の屈折が不自然にぐにゃぐにゃに歪んでいる!」
見習い騎士のフランチェスカが、刀身の見えない透明な剣を構えながら、銀の甲冑の音をカシャカシャと激しく鳴らして叫んだ。
「慌てるな、フランチェスカ。奴らは消えたわけではない。デュポンが作った、光の屈折率を極限までねじ曲げる『透明化兵器』を身にまとって、俺たちの視覚をハッキングしているだけだ」
俺が冷徹に告げると、暗闇からフッ、とシモンの嘲笑するような声だけが響き渡った。
「ハハハハ! さすがは万能の天才ダ・ヴィンチ殿、すぐに種明かしをしてくれるとはね! だが、位置が分からなければ、そのお前の薄汚い絵筆も、見習い騎士の錆びた剣も、我々の喉元を捉えることはできないぞ!」
その声は、空洞の右から聞こえたかと思えば、次の瞬間には左の石柱の影から聞こえ、空間の反射によって音の方向性すら完全に歪められていた。
それだけではない。
実体を遮蔽したまま、空間のあちこちから不気味な殺気が一気に膨れ上がっていく。
「気をつけて! 敵は二人だけじゃないわ! 屈折光の中に、光学迷彩を施した私兵たちの影が多数潜んでいる!」
フランチェスカが見えない剣を構え直して警鐘を鳴らすと同時に、頭上の暗闇から空間を切り裂くような金属音が響いた。
「死ね、探偵ども!」
姿なき刺客の一人が、空間の屈折をすり抜けて頭上から見えない大鎌を振り下ろしてきた。
「甘いよ! 僕の耳は、風の乱れをごまかせない!」
ハーフエルフのリリィが素早く反応し、一瞬の踏み込みで弓を引き絞った。
風の波長を宿した矢が目に見えない空中に突き刺さると、ガキィンと高い衝撃音が弾け、光学迷彩の力場がバチバチと火花を散らした。
刺客の腕の一部が一瞬だけ露わになり、体勢を崩す。
「そこだあああ!」
オークの少年ガウルがすかさず踏み出し、岩のような大拳を空間の歪みに向かって叩きつけた。
ドゴォォォン! という凄まじい打撃音が響き、空中に隠れていた巨漢の私兵が吐血しながら吹き飛ばされ、石壁に激しく激突して実体を晒した。
「一匹捕まえたぞ! でも、まだまだ周りに気配がいっぱいだ!」
ガウルが拳を握り直して前を見据える。
「ヒッ……! 左右の壁からも何か飛んでくるっす!」
行商人のコップが頭を抱えて叫ぶ。
空間の歪みから、高速で回転する幾重もの無色透明の刃――光の屈折を纏わせた「見えない投擲刃」が十数枚、雨のように俺たち目掛けて飛来した。
「ルカ、全方位展開だ! 敵の遠距離攻撃を押し返せ!」
俺が指示を飛ばす。
「う、うん! 結晶障壁・多面反射!」
結晶族のルカが叫び、青白い結晶の腕を地面に突き立てた。
俺たちの周囲に、立体的な幾何学模様を描く結晶の壁が瞬時に展開される。
ガガガガギィン! と、見えない刃群が結晶障壁に激突し、激しい火花と空間のノイズを撒き散らしながら弾け飛ばされた。
だが、衝撃の度に変色する結晶を見つめ、ルカが苦しそうに歯を食いしばる。
「くっ……! 敵の攻撃に、太陽炉から吸い上げた変質魔力が混ざってる! 障壁の表面が侵食されて、長持ちしないよ!」
「慌てるな、ルカ! 私が前線を押し戻すわ!」
フランチェスカが突進し、見えない長剣を閃かせた。
彼女は敵の姿が見えないにもかかわらず、長年叩き込まれた騎士団の剣術の型と、空間に微かに生じる空気の抵抗だけを頼りに縦横無尽に刃を振るう。
見えない刀身と、見えない敵の武器がぶつかり合い、暗闇の中に幾度となく目に見えない衝撃波が巻き起こる。
「くそっ、見習い風情がなぜこれほど正確に刃を合わせてくる!」
空間の虚空から私兵の焦り声が漏れ出た。
「私の体は、剣の長さを、空気の重さを覚えているの! 形に惑わされる私だと思わないで!」
フランチェスカが見えない剣で空を薙ぐと、真空の刃が旋風となって空間の屈折を破り、二人の私兵の光学迷彩を強制解除させて吹き飛ばした。
「ちっ、手こずらせるな! デュポン、広域照射アームを起動しろ! 一気に焼き払え!」
シモンの冷酷な怒号が響く。
疑似太陽炉の側面から、巨大な金属アームが機械音を立てて張り出してきた。
アームの先端に取り付けられた無数の分光レンズが怪しく発光し、狂ったような虹色の極光レーザーが、空洞全体をなぎ払うように照射された。
「全員、屈め!」
マークが叫び、自警団の仲間たちと共に床へ伏せる。
極光レーザーがかすめただけで、頑丈な石造りの柱が溶けた熱泥のようにドロドロと崩れ落ちていく。
その破壊力はまさに圧巻であり、逃げ場を奪うように照射の範囲が広がっていく。
「おじさん! どこを見ても光の反射だらけで、本物のシモンたちがどこに隠れているのかさっぱり分からないよ!」
トビーが床を転がりながら、熱風に顔を歪めて叫んだ。
「トビー、不用意に突っ込むな! 敵は光の屈折を利用して、本来とは全く異なる場所に自分の実像を『投影』している。お前が見ている風の動きや光の残像は、ただの囮だ!」
リリィが素早くトビーの襟首を引っ張り、背中の弓を強く握りしめながら、鋭いエルフの耳で本物の足音を聞き分けようとした。
「くっ……! どこだ!? どこから本物の攻撃が来るのか、僕の結晶体でも光のノイズが多すぎて正確な座標が感知できないよ!」
ルカが自身の青白い結晶の身体を小刻みに震わせながら、防壁を展開するべき方向を見失って焦りの声を上げた。
「ガウル、盾になれ! ルカを守るんだ!」
マークが自警団としての素早い判断力で、ガウルの大柄な身体の前に出て、錆びて見えなくなった自分の剣を必死に横一文字に構えた。
「分かった! 僕のこの広い背中で、ルカもエルザのおばあちゃんも、コップさんもみんなまとめて守ってみせる!」
ガウルが岩のような大きな身体を丸め、ルカたちの前に文字通りの肉体の壁となって立ち塞がった。
「ひ、ひえええ! 姿の見えない敵と戦うなんて、あっしは聞いてないっすよ! 旦那、何かこの状況をひっくり返す、おじさんらしい最高のアイデアはないっすか!?」
行商人のコップがガウルの大きな足の陰に隠れながら、涙目をこすって情けない悲鳴を上げた。
「コップ、うるさいよ。ダ・ヴィンチは今、世界の『素描』を修正している最中なんだ。静かにしておくれ」
おばあさん召喚士のエルザが、魔導書を素早くめくりながら、かすかに立ち上る魔力の余波を必死に解析しようとしていたが、やはり敵の正確な位置を特定することはできなかった。
「ふむ……攻撃の激しさが増すにつれて、空間の『構図』がより顕著に崩れてきたな」
俺は万能スキル【画家】のモノクローム視界を維持したまま、周囲を包む熱狂と混乱を冷徹に分析していた。
敵の光学迷彩と投擲刃、そして太陽炉からの広域レーザー。
これらは一見すると隙のない波状攻撃に見えるが、光を屈折させている以上、必ずどこかに「光が集束し、逆に反射が途切れる死角」が存在する。
「フランチェスカ。お前のその磨き上げられた銀の甲冑、この光の乱反射する空間では、敵にとって最も目立つ『輝く目印』になっているな」
俺が静かに炭筆を弄びながら告げると、フランチェスカはハッと目を見開いた。
「私の甲冑が、目印に……? そうか、この光り輝く銀の板は、暗闇の中で敵の光を乱反射して、私の位置を正確に教えてしまっているのね」
彼女は自分の胸当てを見つめ、唇を強く噛み締めた。
「だが、それは逆に言えば、お前自身が最強の『鏡』になれるということでもある。フランチェスカ。お前が見習い騎士としてのプライドをかけ、あえて囮となって敵の光をすべてその甲冑に集め、反射の角度をコントロールすれば……」
俺がそこまで言うと、フランチェスカの澄んだ瞳に、見習い騎士としての揺るぎない覚悟と、鋭い閃きが灯った。
「……私の甲冑に光を反射させて、透明化している奴らの『実像』を、逆位相の光でこの空間に炙り出すのね! レオナルド、それなら私に任せてちょうだい!」
フランチェスカはキララちゃんをリリィの腕へと優しく預けると、その細い足を強く踏み鳴らし、大立回りを演じるかのように、空洞のちょうど中心にある、光の最も集まる祭壇の前にカシャカシャと銀の音を響かせて進み出た。
「おいおい、見習い騎士が自ら死に場所を選んで前に出てくるとはな! 愚かなことだ、フランチェスカ! その磨き上げられた綺麗な甲冑ごと、光の粒子に変えて塵にしてくれるわ!」
シモンの声が、不気味な光の歪みと共に空間を震わせた。
直後、空洞の右上の天井近くから、不自然な「屈折率のブレ」を伴った、強烈な収束光のレーザーがフランチェスカの胸元をめがけて一射された。
「今よ! 私はこれでも、騎士団の盾の反射角度の授業では常に首席だったんだから!」
フランチェスカは恐れることなく、見えない透明な長剣の平らな側面と、銀の胸当てを極めて正確な角度で重ね合わせた。
キィィィン! と耳を裂くような鋭い金属音が空洞内に響き渡り、シモンの放ったレーザー光線は、フランチェスカの甲冑によって完全に弾き返され、空間の屈折を強引に引き裂きながら、対角線上にある『何もないはずの空間』へと直撃した。
ジュウウウッ! と大気が焦げるような音と共に、光を弾かれた空間がボウと歪み、そこには偏光グラスをかけて装置を構えたシモンの「本物の実像」が、まるで水面に浮かび上がった泥のように生々しく実体化して現れた。
「な、何だと!? 私の完璧な透明化のパースペクティブを、反射角度の計算だけで正確に打ち破ったというのか!?」
シモンが驚愕して後退する。
「そこだ! 隠れ潜む残党どもも纏めて片付けるぞ!」
マークと自警団の兵士たちが一斉に踏み出し、シモンの実体化によって迷彩が乱れた私兵たちへ襲いかかった。
見えない剣の重みを掴んだマークの一撃が敵の盾を砕き、ガルグの振るう目に見えない巨大な斧が空間の歪みを強引に叩き割る。
「デュポン、左の石柱の後ろだ! そこに光の焦点が収束している!」
俺が【画家】の目でその正確な『消失点』を捉え、即座に指示を出した。
「逃がさないよ!」
リリィが風のように素早く動き、実体化したシモンの足元に向けて、精密に計算された三連射の風の矢を放った。
矢はシモンの偏光グラスをかすめ、彼の持っていたカモフラージュ・プリズムの制御デバイスを正確に射抜いて粉砕した。
「ぎゃあああっ! 私の最高傑作のデバイスが!」
シモンが手元から火花を散らしてデバイスを落とし、その場に激しく転倒した。
同時に、彼の全身を覆っていた透明化の魔力が完全に解け、隣にいた魔導技師デュポンの姿も、薄汚い煤けた作業着を着たまま、完全にその場に曝け出された。
「おのれ、見習い騎士風情が……! だが、擬似太陽炉の臨界はもう止まらん! この城の、そしてお前たちのすべての光を、この炉が飲み尽くすのだ!」
デュポンが顔を真っ赤にして喚き、背後の炉の点火レバーをさらに強く引き下げた。
炉の内部の虹色の光が、今や制御不可能な暴走状態に達し、空洞全体の影を貪り食うようにして、極大の爆発的なエネルギーを膨張させ始めた。
大天使の剣のスペクトルを奪われた空間が、悲鳴を上げるように激しく揺れ動く。
しかし、俺は【画家】の白黒のトーンの中で、その臨界寸前の太陽炉の、たった一つの『構図の崩壊点(弱点)』をすでに正確に見定めていた。
「フランチェスカ、よくやった。お前の引いた一本の反射の線が、この混沌とした贋作に、決定的な破滅の修正線を加えたぞ」
俺は静かに笑みを浮かべ、コートの胸元のウララちゃんを優しく撫でた。
すべての真実が暴かれ、物語はいよいよ、光のスペクトルを取り戻す最後の大団円へと突き進んでいくのだった。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。
ローマ編も追加しています。17時投稿です!
よろしくお願いします。




