天空都市のコーデックス:4章 マチュピチュ編
二話目の投稿です。
誤字脱字が多くなると思いますが、よろしくお願いいたします。
途中で、脱線することもあると思いますが、ゆっくりと見守ってください。
作品の内容が前後することが多々あると思いますが、大目に見て頂ければ、うれしく存じます。
新作始めます。探偵物です。よろしくお願いします。
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では、参ります!!
## 【中編】聖なる密室
### 第4章:太陽祭の狂気
#### 1. 黎明の血、狂熱のインティ・ライミ
世界を破滅へと導く大洪水の前夜、マチュピチュの空はついに一度も完全に暗転することはなかった。
紀元前一万二千年のその朝、東の山脈から昇ってきた太陽は、親しみやすい黄金の輝きを完全に失っていた。雲海の切れ間から覗いたその姿は、まるで地獄の炉で熱せられた鉄塊のようにどす黒く、不気味な「血紅色」に変色していた。異常気候による大気中の高濃度硫黄と、沸騰する水蒸気が光を乱反射させ、天空都市全体を異様な赤紫色のベールで包み込んでいる。
「トントントン、トトトントン――!」
都市の中央広場を埋め尽くした民衆と亜人たちの鼓動を煽るように、アルパカの皮を張った巨大な太鼓が猛烈な連打を刻み始めていた。
太陽祭。本来であれば、一年の収穫を感謝し、太陽の再生を願う聖なる儀式であるはずのその祭りは、今や「終末への恐怖」に駆り立てられた者たちの、狂気的な暴動一歩手前の熱狂へと変貌を遂げていた。
「インティ! 我らの叫びを聞き届けたまえ! 大地の揺れを止め、濁流を引かせたまえ!」
広場に跪いた数千の人間の奴隷たち、そして毛深い猿の亜人たちが、赤く濁った太陽に向かって両手を広げ、喉が裂けんばかりの声を張り上げている。彼らの額は、毎夜の地鳴りで亀裂の入った花崗岩の床板に何度も打ち付けられ、すでに破れた皮膚から流れた赤い血が、石の継ぎ目を不気味に濡らしていた。
私はホームズと共に、広場の一角にある石造りの回廊の陰から、その狂乱を観察していた。私の手にあるノートには、昨日よりもさらに三分の一ラジアン傾斜し、液状化の限界に達しつつある神殿の構造図が描かれていた。
「フム……群衆心理における、熱力学的飽和状態だな」私は眼鏡のブリッジを押し上げ、冷徹に呟いた。「個々の恐怖のベクトルが、太陽祭という一つの焦点に向かって収束した結果、全系のエネルギーが異常な高まりを見せている。もはや彼らには、私の論理的な土木補強の提案も、君のクスコ朝廷の陰謀の告発も耳に入らん。あの赤い光の中に、物理的な救済があると信じるしかないのだ」
「その通りだ、ダ・ヴィンチ。そしてあの最高神官は、そのエネルギーを完璧にコントロールして、自分自身の『脱出装置』の燃料にしようとしている」
ホームズはトレンチコートの襟を立て、パイプの紫色の煙を細く吐き出した。彼の目は、熱狂する群衆ではなく、広場の中央で抜身のブロンズ斧を握りしめ、周囲を威嚇するように睨みつけている防衛官カパックに向けられていた。
カパックの灰色の鱗は、赤紫色の太陽光を浴びて金属的な不気味な光沢を放っている。彼の背後に従う狼の亜人兵士たちは、興奮のあまり長い顎から白いヨダレを滴らせ、いつでも群衆に切りかかれるよう、太ももの筋肉を限界まで緊張させていた。彼らの忠誠心は、神官への信仰ではなく、もはや「暴力による秩序の維持」という、野生の防衛本能にのみ依存していた。
#### 2. 武人と神官の激突、あるいは神聖の境界線
太鼓の音が最高潮に達した瞬間、神殿の重厚な二重の台形門が「ギギギ……」と重々しい音を立てて開いた。
現れたのは、白いチュニックをまとった最高神官トゥパックの「代行」を務める若き神官たち、そして仕え女の長キリャだった。キリャの胸元にある満月を象った銀のピン(トゥプ)は、血紅色の太陽光を浴びて、不気味に妖しく反射している。
しかし、いつもならその中央で、金糸の衣服をまとい、垂れ下がった大きな耳飾りを揺らして民衆を圧倒しているはずの最高神官トゥパックの姿が、どこにもなかった。
群衆の中から困惑の声が上がり、太鼓の連打が微かに乱れる。
「静粛に!」キリャが凛とした、しかしどこか虚ろな声を響かせた。「最高神官トゥパック様は、昨夜より神殿の最奥にある『聖なる密室』に籠もられ、太陽の神と直接の対話を続けられておられます。冬至の最初の光がインティワタナ(太陽をつなぎとめる石)を叩くその瞬間まで、いかなる者もその聖域に立ち入ることは許されません!」
「嘘を言うな、キリャ!」
突如として、群衆を割って前方へ進み出たのは、防衛官カパックだった。彼の巨大なトカゲの尾が石畳を激しく叩き、「バチィン!」と乾いた音を立てる。
「カパック、神聖なる儀式の場で、神官長への不敬は許されません」キリャの目が冷たく据わる。
「不敬だと? 街の下層では、あんたたちが作った給排水路が泥で埋まり、俺の部下たちが生き埋めになりながら防壁を支えているんだ!」カパックはブロンズの斧をキリャの鼻先に突きつけた。「トゥパック様が神と対話しているだと? ならば何故、昨夜、神殿の地下倉庫からクスコ朝廷の黄金が、神殿の最奥へと次々と運び込まれていた? 神官長は神と対話しているのではない。大洪水がこの山を飲み込む前に、黄金を使って自分たちだけが助かるための『呪術の門』を開こうとしているのだろう! マイタが言っていたことは真実だったんだ!」
広場が激しい騒然とした空気に包まれた。民衆の間に「黄金の隠匿」と「見捨てられる恐怖」がドミノ倒しのように伝播していく。
「カパック、貴様、これ以上の妄言は朝廷への反逆とみなすぞ!」
若き神官の一人が叫び、カパックの背後にいた狼の亜人兵士たちが一斉に牙を剥いた。武人(亜人)と神官(人間)の間に蓄積されていた数ヶ月分の憎悪が、今まさに血の雨となって降り注ごうとしていた。
「待て、諸君。暴力は論理を曇らせる最も愚かな手段だ」
その一触即発の空間に、シャーロック・ホームズの冷徹な声が響き渡った。彼は群衆を割って悠然と歩み進み、カパックの斧の刃先を、仕込み杖の先端で優しく押し下げた。
「カパック防衛官、あんたの不満はもっともだ。しかしね、キリャさんが言っていることにも、一つだけ『紛れもない事実』がある。それは、最高神官トゥパックは確かに昨夜からあの神殿の奥に籠もっており、そして……現在、そこから『一歩も外へ出ていない』ということだ」
ホームズはパイプを上着のポケットに収め、神殿の奥へと続く黒い通路を見つめた。
「何が言いたいんだ、探偵!」カパックが喉を鳴らす。
「奇妙なんだよ。あの神殿の最奥、トゥパックが籠もっている部屋の窓からは、微かに不自然な『流体の匂い』が漂ってきている。ダ・ヴィンチ、あんたの鼻なら、これが何の匂いか分かるはずだ」
私はホームズに促され、空気の対流を深く吸い込んだ。生温かい湿気と硫黄の臭いの向こう側から、私の解剖室で嗅ぎ慣れた、あの独特の生臭い、鉄分を含んだ液体の臭いが、確実に風に乗って届いていた。
「……血だ」私は目を見開いた。「それも、一滴や二滴の量ではない。人間の一体分、あるいはそれ以上の量の血液が、空気中で急激に酸化している時の臭いだ」
キリャの顔から、一瞬にして血の気が引いた。彼女の胸元の銀のピンが、激しく上下に揺れる。
「まさか……そんなはずはありません! 聖なる密室の鍵は、内側からしか掛けられない構造なのです! 外から立ち入ることは絶対に不可能なのですよ!」
「だからこそ、見に行かなければならない」ホームズの目が、獲物を捉えた鷹のように輝いた。「不可能の中にこそ、真実の幾何学が隠されている。案内してもらうぞ、キリャさん」
#### 3. 開かざる台形の門、完全なる密室の構造
私たちはキリャを先頭に、カパック、ウルコ、そして神官たちを引き連れて、太陽の神殿の最奥部へと向かった。
神殿の内部は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていたが、足元の花崗岩からは、「ゴゴゴ……」と大洪水の足音が絶え間ない微振動となって伝わってきた。壁の台形の窓からは、血紅色の光が細い光の帯となって差し込み、通路の暗闇を怪異に切り取っている。
やがて私たちは、都市の中で最も強固に組まれた、巨大な一枚岩の壁の前に到着した。
「ここが……最高神官様の『聖なる密室』です」
キリャが指し示したのは、高さ約三メートル、インカ建築の粋を集めた美しい台形の出入り口だった。その門扉は、厚さ三十センチメートルを超える、極めて堅牢な一本の石の板(緑色花崗岩)でできており、周囲の壁と寸分の隙間もなく噛み合わされていた。
ホームズは即座にその門扉に近づき、衣服の汚れも気にせずに床に這いつくばった。
「ダ・ヴィンチ、この門のロック機構を、あんたの力学的視点で解説してくれ」
私はカパックからブロンズの松明を受け取り、門の構造を精密に観察した。
「フム……実に見事な、そして絶対的な閉塞構造だな。このインカの建築術には、金属製の複雑な鍵は存在しない。その代わりに、極めて単純で破綻のない『自重式のかんぬき』が使われている」
私は門の右側の隙間を虫眼鏡で覗き込みながら、構造を説明した。
「この石の門扉は、内側から一度完全に閉じられると、内部に設置された巨大な花崗岩の『かんぬき石』が、重力に従って斜めの溝を滑り落ち、壁の凹みにガチリと噛み合う仕組みになっている。つまり、内側から誰かがそのかんぬき石を『力学的に持ち上げない限り』、外側からどれほどの人数で押そうが、ブロンズの斧で叩こうが、一ミリたりとも動かすことはできない。文字通り、内側からのみ閉鎖可能な、完全なる『密室』だ」
「窓はどうだ?」ホームズが壁の上部を仰ぎ見る。
「上方に二つの台形の窓がある。しかし、その幅はわずか二十センチメートル。頭の小さな猿の亜人であっても、通過することは物理的に不可能だ。床も天井も、接着剤なしで完璧に噛み合わされた何トンもの巨石。隙間から針一本通すことはできん」
「つまり、外の人間が中に干渉することは不可能であり、中の人間が外に出ることも不可能。……完璧な密室というわけだ」
ホームズは満足そうに微笑むと、門扉の石の表面に、細い指先を当てた。
「だが、この密室の内側からは、先ほどから何の物音も聞こえない。トゥパック様の祈りの声も、呼吸の音すらもね。……カパック防衛官、あんたのそのブロンズのハンマーと、ウルコ親方の腕力を使って、この『絶対の論理』を物理的に破壊してもらえるかい?」
「フン、最初からそう言いやがれ!」
ウルコが巨大な石割用ハンマーを構え、カパックが兵士たちと共に門扉の前に立った。
「神々の罰が当たります! おやめください!」キリャが叫ぶが、ホームズはそれを冷たく制した。
「お嬢さん、神の罰を恐れる前に、目の前の『現実』を見るんだ。物理法則は、神殿の壁の中でも外でも、平等に作用する」
「オオオオォォッ!」
ウルコの咆哮と共に、巨大なハンマーが台形の門扉の中央へと振り下ろされた。
「ドカァァァァン!!」
激しい火花と、耳を聾するほどの石の破壊音が、神殿の内部に響き渡った。完璧に噛み合わされていた緑色花崗岩の門扉に、一筋の巨大な亀裂が走り、次いで「バリバリ」と音を立てて、その中央が内側へと崩れ落ちた。
立ち込める白い石粉の向こう側から、冷たい、そして極限まで濃密な「死の臭気」が、私たちの顔に向かって一気に吹き出してきた。
ホームズが最初にその煙の中に飛び込み、私もそれに続いた。そして、その密室の内部で私たちの目が捉えた光景は、紀元前一万二千年の歴史に永遠に刻まれるべき、凄惨極まる「幾何学的な惨劇」だった。
【第4章:太陽祭の狂気・了】
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
この作品を読んでくださる方がいていただけて、とても、うれしくありがとうございます。頑張って新しいアイデアを入れ込んでいきますので、よろしくお願いします。
新作です。探偵物です。よろしくお願いします。




