ローマ編 第三話:『呪われた黄金杯と、鏡の国から届いた予告状』 前編
二話目の投稿です。
誤字脱字が多くなると思いますが、よろしくお願いいたします。
途中で、脱線することもあると思いますが、ゆっくりと見守ってください。
作品の内容が前後することが多々あると思いますが、大目に見て頂ければ、うれしく存じます。
新作始めます。探偵物です。
ローマ編 3話です。前編と後編なのでよろしくお願いします
では、参ります!!
前編:呪われた黄金杯と、鏡の国から届いた予告状(誘拐勃発編)
第一章:白銀の助手の帰還と、不穏な金色のパレット
夏の始まりを告げる強い陽射しが、ダ・ヴィンチ探偵事務所の汚れた窓硝子を突き抜けて、室内に鮮やかな光の直線を引いていた。
「ただいま戻りました、ダヴィンチさん! 留守中の事務所の掃除と、ウララちゃんのご飯の用意、それから一階のマルコ店長へのお詫びの伝言、すべて完璧にこなしてきました!」
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、我が事務所の記念すべき最初の助手であり、白銀の美しい髪と猫耳を持つ見習い騎士の少女、フランチェスカちゃんだ。彼女の頭頂部にある銀色の耳は、任務をやり遂げた充実感からか、誇らしげにピンと前を向いて揺れている。彼女の背負った革製の旅鞄からは、下町の香辛料の匂いと、長旅で付着した街道の乾いた砂の匂いが微かに漂っていた。
「おお、お帰り、お嬢さん。いやはや、お前さんが留守の間、隣のファブリ伯爵の部屋であんなドロドロとした密室サスペンスが起きちまってねぇ。おじさん、スキルも使えずに自分の脳細胞だけで壁の向こうのトリックを解剖したもんだから、すっかり知恵熱が出て頭がボリボリと痒いんだよ。ひゃははは!」
俺は油絵の具のシミだらけのヨレヨレの白いシャツの袖をまくり上げ、机の上に散らばったガラクタの歯車や、中身の干からびたインク瓶を片付けるフリをしながら、愛猫ウララを膝の上で撫で回した。ウララは真っ白な長い毛を贅沢に波立たせ、お嬢さんの帰還を歓迎するように、喉をゴロゴロと鳴らしている。その毛並みは、夜の間に蓄えた不気味な静電気で、俺が触れるたびにパチパチと微かな青い火花を散らせていた。
「もう、ダヴィンチさんは私が一晩目を離しただけで、すぐに命懸けの事件に首を突っ込むんですから! でも、マルコ店長から聞きましたよ。スキルを一切使わずに、ただの音の反響と壁の厚みだけで、あの強欲な古美術商たちの嘘を完璧に暴いたって。見直しました、やっぱりあなたは本物の『万能の探偵』ですね! 私が下町の市場で耳にした噂でも、最近、怪しげな黒いマントを着た集団が、夜な夜なこの宿屋の周辺を徘徊していたという話がありました。彼らは何かを探している様子で、路地裏の浮浪者たちに金を掴ませては、この建物の構造についてしつこく聞き回っていたそうです。それって、絶対にあの事件の犯人たちと繋がっていますよね?」
「ははは、美しいレディにそこまで鋭く観察してもらえると、おじさんの枯れかけた情熱の絵の具も1000%の勢いで沸き立ってきちゃうじゃないかい。だがね、お嬢さん。事件はまだ完全にカンヴァスに収まっちゃいないのさ。あの時、大工のマルチェロたちが逃げ際に使った空間魔法のスクロール……あれは第一話の廃教会でキララちゃんを攫おうとした黒魔術師と、全く同じ【鏡の国の残響】という組織の筆跡だったんだ。彼らの狙いは、単なる古い地図の略奪じゃない。ローマの地下に眠る、もっと巨大な、世界の構図そのものを塗り替えてしまうような歪んだ美学を感じるのさね」
俺が引き出しの奥から、第二話の現場に遺されていた『傾いた油絵の破片』と、微かに緑色の砒素顔料が付着した真鍮のパイプを取り出すと、フランチェスカちゃんの表情が一瞬にして騎士の険しさを帯びた。彼女の胸元では、あの時命懸けで救い出したグレーの愛猫キララちゃんが、お嬢さんの軽装鎧の隙間から不安そうに丸い瞳を覗かせ、小さく身震いしていた。
「『鏡の国の残響』……。ローマの歴史の裏側に潜み、古い利権や財宝を強奪しては、血塗られた儀式を繰り返すという、あの謎の魔術組織ですね。彼らが次に何を狙っているのか、何か手がかりは掴めないのですか?」
「それがねぇ、お嬢さん。おじさんの野生の勘が、今朝からずーっと『一階の酒場から、とてつもなく金ピカで生臭い匂いが漂ってきてる』って、警報を鳴らし続けているのさ。ほら、噂をすれば、階段の床板をドタバタと踏み荒らす、あの騒がしい足音が近づいてきたぜ。この、踵から無駄に重力をかける歩き方は、完全にあの男のものさね」
俺が言葉を終えるのと同時に、探偵事務所の壊れかけの木扉が、内側の真鍮製ラッチを激しく軋ませながら乱暴に押し開けられた。
「おい、ダヴィンチ! お前が二階で油絵の具の臭い毒ガスを撒き散らしている暇はねえぞ! うちの酒場(跳ね馬亭)の最上級のお得意様、下町一番の豪商であるボルゲーゼの旦那が、お前にガチの緊急依頼だって言って、一階の特別席であわあわしながら待ってやがるんだ! 早くシャツのシミを隠して降りてきやがれ! この依頼がうまく行けば、うちの宿の滞納された家賃も一発で全額回収できるんだからな、絶対に断るんじゃねえぞ!」
息を弾ませて突入してきたマルコ店長の顔は、心なしかいつもより青ざめていた。下町の荒くれ者を何人も素手で黙らせてきたあの頑丈な店長が、これほど怯えた表情を見せるのは、よほどの異常事態に違いない。
「豪商ボルゲーゼ、か。確か、先祖代々伝わるという、時価数百万ゴールドは下らない『古代帝国の黄金聖杯』を所有していることで高名な、あの守銭奴の旦那だねぇ。よしきた、お嬢さん。新しい事件の補助線が、向こうから勝手におじさんのパレットに飛び込んできたようだ。さっそく一階へ降りて、その金ピカの依頼のデッサンを始めようじゃないかい!」
俺はヨレヨレのシャツの上から、ただの錆びた虫眼鏡と、いつも使っているメモ帳をポケットにねじ込み、白銀の髪をなびかせるフランチェスカちゃんを連れて、ギシギシと悲鳴を上げる木造階段を一気に駆け降りていった。
第二章:消えた愛娘とすり替えられた聖杯、不可解な密室の空白
『跳ね馬亭』の一階にある、普段は常連の給仕や船頭たちで賑わう特別個室。その円卓の前に、上質な絹の外套を身に纏い、指という指に巨大な宝石の指輪をはめた初老の肥満男――ボルゲーゼ男爵が、ハンカチで額の脂汗を何度も拭いながら、文字通りガタガタと椅子を震わせて座っていた。彼の周囲には、高級な外套に不釣り合いな、極度の恐怖によって生じた酸っぱい体臭が立ち込めている。
「おお、お前がどんな無理難題も解決するという、噂のヨレヨレ探偵ダ・ヴィンチか! 頼む、頼んでやるから、私の命よりも大切な、我がボルゲーゼ家の至宝『太陽の黄金聖杯』と、それから……昨日の一晩で忽然と姿を消してしまった、私の愛娘のルチアを救い出してくれ! もし娘に万が一のことがあれば、私は先祖代々の墓前に顔向けができん、いや、それ以上に我が一族の血筋が完全に途絶えてしまうのだ!」
ボルゲーゼ男爵は俺の姿を見るなり、その宝石だらけの手で俺のヨレヨレのシャツの裾を掴み、涙ながらに訴えかけてきた。その手の震えは、机の上の陶器のカップをカタカタと鳴らすほどに激しかった。
「まあまあ、旦那。落ち着いて、まずはその事件の構図を一枚の静物画のように、順序立てておじさんに説明しておくれよ。至宝の聖杯と、可愛いお嬢さんが同時に消えちまったってのかい? 2つの異なる色彩の事件が同時に起きる時には、必ずそれらを裏で繋ぐ一本の強力な補助線が存在するものさね」
俺が円卓の向かい側に腰を下ろすと、フランチェスカちゃんが男爵の傍らにそっと寄り添い、騎士としての礼儀正しい仕草で温かい麦茶を差し出した。男爵はそれを一息に飲み干すと、喉を鳴らし、震える声で事件の異常なディテールを語り始めた。
「事件が起きたのは、昨夜の真夜中、ちょうど午前3時の鐘が鳴った頃だ……。我が邸宅の最上階にある、壁の厚さが1メートルもある強固な宝物庫の中に、その『太陽の黄金聖杯』は厳重に保管されていた。宝物庫の扉は、魔力で強化された三重の鉄錠で閉ざされ、鍵は私が常に首から下げているこの一本だけ。さらに、扉の前には腕利きの私設騎士の衛兵が2人、一歩も動かずに不眠不休で監視を続けていたのだ。その聖杯は、古代ローマの初代皇帝が、異界の神から授かったとされる呪われた遺物でね。触れる者に無限の富をもたらす代わりに、代々の所有者の命を少しずつ削り取るという、忌まわしい黄金の輝きを放っているのだよ」
「ふむ、完璧な防御のレイアウトだねぇ。だが、その完璧なカンヴァスに、誰かが泥を塗ったわけだ。呪われた黄金、という響きもおじさんの好奇心のパレットを刺激するね」
「そうなのだ! 今朝、私が定期の生存確認のために、衛兵と共に宝物庫を開けた時……中にあるはずの、眩い光を放つ本物の聖杯が……奇妙な、全く光沢のない【精巧な真鍮製の偽物】へと、完璧にすり替えられていたのだ! 衛兵たちは一晩中、怪しい物音ひとつ聞いていないと誓っている。それだけではない……! 宝物庫の真下の部屋で寝ていたはずの私の愛娘、ルチアの寝室の扉が内側から開け放たれ、彼女の姿も、彼女が身に付けていたシルクの寝巻きごと、煙のように消え去っていたのだ! 娘は普段、非常に寝起きが悪く、他人が部屋に入ればすぐに気づくはずなのだ。それなのに、抵抗した痕跡すらなく、部屋の窓も内側から鍵がかかったままだった。そして、娘のベッドの枕元には、おぞましい黒いインクで、衣服の紋章のようなものが描き残されていた……!」
男爵が懐から取り出したのは、一枚の汚れた羊皮紙だった。そこに描かれていたのは、二匹の蛇が鏡を挟んで向かい合う、あの【鏡の国の残響】の不気味な黒い紋章だった。そのインクは、まだ完全に乾燥しておらず、近くで嗅ぐと、腐った魚のような生臭い魔力の残香を放っていた。
「――っ! やはり、あの組織の仕業ですね!」フランチェスカちゃんが腰の剣の柄をきつく握り締め、白銀の猫耳を怒りでピクピクと震わせた。「ダヴィンチさん、これはただの窃盗事件ではありません。黒魔術の組織が、男爵の娘さんを何らかの邪悪な儀式の『生贄』にするために連れ去った可能性が非常に高いです! 太陽の黄金聖杯は、満月の夜に人間の処女の血を満たすことで、真の暗黒の魔力を解放すると古い伝承にあります。今夜はまさに、その条件が揃う月食の夜です! 一刻も早く、男爵の邸宅へ向かいましょう!」
「待ちなってお嬢さん。焦って筆を走らせると、線の比率が狂っちまう。おじさんの目が曇れば、真実のデッサンは永遠に未完のままさね。……男爵、おじさんは今、固有スキル【画家】をちょっとしたスランプ(魔力制限)で全く使えない状態にあるんだが、それでもおじさんのこの『推理力と野生の勘』だけで、お前さんの宝物庫と娘さんの寝室を調べに行っても文句はないかい?」
「スキルが使えないだと!? お前、魔法の探知もできないのか!?」ボルゲーゼ男爵は一瞬、絶望の表情を浮かべ、マルコ店長を睨みつけたが、背に腹は変えられないとばかりに激しく首を振った。「構わん! どんな手段でもいい、娘が生きて戻るなら、私の全財産の半分を報酬として支払ってもいい! 憲兵どもは『内部の者の犯行だ』と互いに疑い合うばかりで、全く役に立たんのだ! 頼む、今すぐ我が邸宅へ来てくれ!」
「ひゃははは! 全財産の半分とは、また随分と太っ腹な絵の具の量だねぇ! よし、その依頼、このダ・ヴィンチが1000%の確率で引き受けた! お嬢さん、マルコ店長、さっそくボルゲーゼ邸の『消えた空白(現場)』を、おじさんの生身の五感でデッサンしに行くとするぜぇぇぇッ!!」
俺たちは男爵の豪華な紋章入りの馬車に飛び乗り、下町の石畳を激しい音を立てて鳴らしながら、事件の核心が眠る邸宅へと急行した。
第三章:ボルゲーゼ邸の現場見聞、生身の五感が見抜く二つのノイズ
ローマの上流階級がひしめく高台に建つ、大理石造りの巨大なボルゲーゼ邸。その最上階にある宝物庫は、男爵の言葉通り、まるで軍事要塞のような物々しい空気に包まれていた。周囲の壁には、びっしりと対魔術用のルーン文字が刻まれ、普通の魔法使いであれば、一歩足を踏み入れただけで精神をかき乱されるほどの強力な結界が張られている。
「――スキル発動。なんて便利な言葉は、今のおじさんには使えないからねぇ。地道に、泥臭く、この錆びた虫眼鏡と指先の感覚だけで、犯人の『筆跡』を追いかけるとしようじゃないかい。結界が強ければ強いほど、犯人は物理的な『隙間』を利用するしかなくなるのさね」
俺はヨレヨレのシャツの膝を床の冷たい大理石につき、宝物庫の頑丈な鉄扉の前で這いつくばった。
固有スキル【画家】が使えれば、犯人が残した魔力の足跡がネオンのような色彩で一発で浮かび上がるはずだ。だが、今の俺の視界にあるのは、ただの埃っぽい大理石と、重厚な鉄の質感だけ。頼れるのは、長年の画家の経験で培った「不自然な構図を見破る観察眼」と、極限まで研ぎ澄まされた生身の五感だけだ。
「フランチェスカちゃん、ちょっとそのランタンをこっちに近づけて、光の角度を床に対して斜め15度に変えておくれ。光と影のコントラスト(明暗法)を強調するのさ」
「はい! これくらいですか? 腕がプルプルしますけど、頑張ります!」お嬢さんが真剣な面持ちでランタンを掲げ、白銀の猫耳を集中させる。
光が鉄扉の複雑な鍵穴を真横から照らし出した瞬間、俺の目は、鍵穴の内側の微かな金属の突起に付着した、肉眼では絶対に見落とすほどの微かな【白い蝋の破片】を捉えた。それは、金属の擦れる音を消すための潤滑油ではなく、明らかに型取り用の高級な蜜蝋の成分だった。
「なるほどねぇ……。男爵、お前さんは鍵を一瞬たりとも手放していないと言ったが、ここ一週間ほどの間で、この鍵を机の上に置いたまま、ほんの数分だけ席を外した記憶はないかい? 例えば、非常に高名な美術品の鑑定士や、お前さんの資産を計算しに来た会計士を部屋に招き入れた時なんかにさね」
「え? あ、あ索……そういえば、三日前、古美術の鑑定を依頼した専門家の男が家に来た時、彼に最高のワインを振る舞うために、ほんの3分ほど鍵を書類の上に置いたまま地階のワインセラーへ降りたが……まさか、あの短い時間で、この複雑な三重鍵の型を取ったというのか!?」
「その『まさか』さね。プロの職人の手にかかれば、柔らかい蝋の塊に鍵を押し付けるなんて作業は、わずか【3秒】で完了する。犯人はあらかじめ、お前さんの鍵の【型】を採取し、完璧な合鍵を作っていたのさ。だから、トリプルロックの強固な鉄扉も、彼らにとってはただの開いた窓と同じだった。衛兵たちが物音を聞かなかったのは当然さ。犯人は、堂々と本物の鍵の複製を使って、音もなく扉を開けて中に入ったんだからねぇ。内通者がいたわけじゃない、お前さんの『油断』という名の空白が、犯人に筆を握らせたのさ」
「な、なんてことだ……。私の不注意のせいで、聖杯が……娘の命までが……!」男爵が豪華な大理石の床に頭を打ち付けて崩れ落ちる。
「いや、問題はそこからだ。構図の裏側には、常に犯人の本当の目的が隠されている」俺は宝物庫の中へと入り、台座の上にすり替えられていた真鍮製の『偽物の聖杯』を、ただの虫眼鏡でじっくりと見分した。「この偽物の台座の裏を見なさい。微かに、緑色の油絵の具のような成分が固まって付着している。これは第二話の密室事件でも使われた、あの組織特有の鉱物顔料【砒素の緑】だ。そして、この真鍮の鋳造技術、下町の金属加工職人の手によるものじゃない。もっと高度な、古代の技法を模した『鏡の国の残響』の秘密工房で作られた特製品だねぇ。彼らはこの偽物を設置することで、宝物庫の結界の魔力バランスを故意に狂わせ、真下の部屋への魔術的な干渉を可能にしたのさ」
俺は宝物庫を出て、その真下にある愛娘・ルチアお嬢さんの寝室へと移動した。
部屋は非常に綺麗に整頓されており、争った形跡はどこにもない。高級な天蓋付きベッドのシーツには、彼女が夜中に突然起き上がって、自らの意思で歩き出したかのような、滑らかで不自然な布の皺が残されていた。
「ダヴィンチさん、こっちを見てください!」フランチェスカちゃんが、部屋の大きな壁掛けの姿見(鏡)の前で声を上げた。「この鏡の表面、朝からずっと霧がかかったように、不自然に白く曇っているんです。メイドたちが拭いても拭いても、内側から油のような膜が浮き上がってきて……それに、この鏡の前に立つと、なんだか頭の奥が急にボーッとして、視界の色彩が歪んで見える気がします……!」
俺はお嬢さんの言葉に頷き、その曇った鏡の表面に指先を触れ、付着した粘り気のある液体を、自分の鼻先へ近づけて思い切りその匂いを吸い込んだ。
「……やはりね。甘ったるい、麻薬を含んだ特殊な揮発油の匂いだ。お嬢さん、おじさんの野生の勘が、この誘拐事件の真のレイアウトを完全に捉えたぜ。犯人は、この部屋に物理的に侵入してルチアお嬢さんを担ぎ出したんじゃない。……上の階の偽物の聖杯から流し込まれた魔力と、この【鏡の表面に塗られた特殊な幻覚剤】の相乗効果を使って、真夜中、彼女を完全な夢遊病の状態に陥らせ、自らの足で、裏口のドアを開けて外へと歩かせたのさ! そしてその歩行を誘導したのは、壁の向こう、あるいは窓の外から放たれた『規則的な音の合図』……。あの第二話の、ファブリ伯爵を殺した時と全く同じ【音のパースペクティブ】の応用だ! 彼女は自分の意思で歩いていると錯覚しながら、犯人の待つ闇の中へと誘導されたのさね」
「そんな……! 自分の体なのに、音と幻覚で操られて歩かされるなんて、なんて悪趣味で残忍な方法を……! じゃあ、ルチアさんは今、どこに連れ去られてしまったのですか!?」フランチェスカちゃんが悲痛な声を上げ、白銀の猫耳をペタンと寝かせた。
「現場に残された、この幻覚オイルの乾燥度合いと、床の微かな泥の成分の湿り気、そして空気中の魔力の冷え具合から見て、彼女が連れ去られてからまだ4時間が経過したところだ。足跡の残香の指向性は……この高台の裏手にある、古いローマ時代の『地下納骨堂』へと真っ直ぐに伸びている。あそこは入り組んだ迷宮のようになっていて、地上の結界の目が届かない完璧な死角だ。犯人どもは、黄金の聖杯の霊力と、純潔な富豪の娘の命を同時に使って、今夜の月食の夜に、完全なる『闇の儀式』を完成させるつもりだねぇ!」
俺はヨレヨレのシャツの襟をワイルドに正し、錆びた虫眼鏡をポケットに叩き込んだ。
「お嬢さん、剣のサビを落としておきなさい。ただの美術品盗難事件が、街全体の血を入れ替える黒魔術の生贄劇へと変貌しちまった。おじさんの剥き出しの脳細胞と、お前さんの白銀の剣で、その悪魔のカンヴァスをズタズタに引き裂きに行くぞーーーッ!!」
俺たちは夕暮れの不気味な赤い光が迫る中、ボルゲーゼ邸を飛び出し、下町の地獄の入り口である、漆黒の地下納骨堂へと全速力で爆走を開始した。
(第三話・前編 了)
スキル完全封印のヨレヨレおじさんは、鍵穴の蝋の破片と、鏡に塗られた幻覚オイルの匂いという、生身の五感による凄まじい現場見聞だけで、完全密室の聖杯すり替えと娘誘拐の恐るべき手口を見事に見抜いてみせた!
しかし、犯人『鏡の国の残響』が待ち受ける地下納骨堂では、一体どんなおぞましい罠が待ち受けているのか!?
物語は、おじさん独自のガラクタ発明と純粋な推理力が、暗闇の中で消えた聖杯の謎を暴く後編(解決編)へ、爆速で突入するッ!!
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
パラレルワールドで魔法と多種族の住む下町ローマで起こる事件を魔法とスキルで解決していく物語です。時代背景は読者の描く時代に当てはめてくださいね。
よろしくお願いします。




