天空都市のコーデックス 世界遺産編 3章
二話目の投稿です。
誤字脱字が多くなると思いますが、よろしくお願いいたします。
途中で、脱線することもあると思いますが、ゆっくりと見守ってください。
作品の内容が前後することが多々あると思いますが、大目に見て頂ければ、うれしく存じます。
新作始めます。探偵物です。よろしくお願いします。
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では、参ります!!
### 第3章:終末の予兆
#### 1. 液状化する聖土、棚田の悲鳴
「バリバリ、バリバリ!」と、大気の底から響く空間の引き裂き音は、もはや一瞬たりとも止むことはなかった。
西暦紀元前一万二千年のその夜、マチュピチュを支配していたのは、私の知るいかなる北イタリアの冬とも異なる、狂気的な「熱を帯びた嵐」だった。標高二千四百メートルの天空都市であるにもかかわらず、肌を刺す風は生温かく、まるで巨大な怪物の湿った吐息のようだった。遥か上空を仰げば、漆黒の夜空を覆い尽くす黒紫色の積乱雲が、時折「ピカピカ」と禍々しい紫色の光を放ち、切り立ったワイナピチュの峰を巨大な悪魔の角のように浮かび上がらせている。
私はホームズと共に、都市の西側斜面に広がる巨大な棚田の最上段に立っていた。
「ダ・ヴィンチ、見ろ! あんたが施した流体力学的な補強をあざ笑うかのように、大自然の清算の速度が上回っているぞ!」
ホームズがトレンチコートの襟を風に laf (なび)かせながら、細い指先で下方の斜面を指し示した。彼のくわえたパイプの火は、激しい突風によって「ボウ」と赤く燃え上がり、火花が夜の闇へと飛び散っていく。
私の観察眼が捉えたのは、この世の終わりを予感させるに十分な、おぞましい幾何学の崩壊だった。
インカの亜人たちが何世代もかけて築き上げてきた、白い花崗岩の美しい石垣――それは土圧と排水の完璧な計算によって支えられていたはずだった。しかし今、連日の異常高温によって山頂の永久氷壁が凄まじい速度で融解し、地中深くに目に見えない「水の槍」となって突き刺さっていた。地下の砂礫層の内部で水圧が極限まで高まり、砂の粒子同士の噛み合わせが完全に失われる現象――すなわち、私のノートに理論だけを記していた「地盤の液状化」が、まさに目の前で始まっていたのだ。
「ゴゴゴゴゴ……」と、不気味な泥の呻きが足元から響く。
「危ない、ホームズ! 下がれ!」
私が彼の腕を引いた瞬間、わずか数メートル前方の棚田の石垣が、まるで熟しすぎた果実が弾けるように、内側から「ドシャァッ!」と大量の泥水とともに爆発した。何トンもの質量を持つ花崗岩の巨石が、まるで軽い木片のように宙を舞い、漆黒のウルバンバ峡谷へと滑落していく。崩落した斜面からは、濁った赤土が「ドボドボ」と湧き出し、生き物のようにのたうち回りながら下段の棚田を次々と飲み込んでいった。
「ウアアア! 聖なる畑が、オカ(芋)の苗が、泥に沈んでいく!」
「山の神が怒っておられる! 俺たちを見捨てられたんだ!」
周囲からは、鍬や籠を放り出した猿の亜人たちの悲鳴が「ギャーギャー」と響き渡っていた。彼らは自慢の長い毛皮を泥まみれにしながら、四足歩行で狂ったように斜面を駆け上がってくる。その目は恐怖で血走り、生命の本能的な逃避行動を体現していた。
「冷静になりたまえ!」ホームズが彼らの前に立ちはだかり、杖を地面に突き立てた。「パニックは泥流よりも速くあんたたちの命を奪う! ダ・ヴィンチの計算した第二排水路へ避難するんだ! あそこなら岩盤が強固だ!」
しかし、自然の圧倒的な破壊力を前に、人間の、そして亜人たちの言葉などは、虚空に消える霧に過ぎなかった。
#### 2. 地鳴りのアンサンブル、群像の瓦解
私は液状化する棚田を離れ、都市の中央を貫く主水路へと急いだ。私が三ヶ月前に傾斜角を修正し、完璧な流体の排出を約束したはずの、マチュピチュの「血管」である。
しかし、そこに広がっていた光景は、私の科学的傲慢を木端微塵に砕くものだった。
「さらさら」と心地よい音を立てていた清廉な水はどこへやら、現在の水路を満たしていたのは、山頂の泥土と高濃度の硫黄が混ざり合った、どす黒い「死の流体」だった。水路の石組みの継ぎ目からは、「シューシュー」と高圧の蒸気が激しい音を立てて噴き出している。地下のマグマが急激な地下水の増加によって熱せられ、都市の直下で沸騰しているのだ。
「先生! ダ・ヴィンチ先生!」
霧と蒸気の向こうから、大きな体躯を揺らしながら走ってきたのは、石工の親方である亜人のウルコだった。彼の禿頭には、激しい雨と冷や汗が混ざり合って「ダラダラ」と流れ落ちていた。その手には、神殿の裏手から持ち出したと思われる、巨大な石割用のブロンズ製ハンマーが握られている。
「ウルコ! 水路の様子はどうだ!」私は彼の分厚い肩を掴んだ。
「ダメだ、先生の計算のせいじゃない! 地面そのものが、まるで生きたリャマの胃袋みたいに『ベコベコ』と波打っていやがるんだ!」ウルコは牙をガチガチと鳴らしながら、神殿の方向を睨みつけた。「神官の野郎どもは、神殿の奥に籠もったまま出てきやがらねえ! 俺たち職人や、畑を耕すウシュク(猿の亜人)どもには『ここで防壁を支えて死ね』と言わんばかりだ! 先生、俺はもう我慢できねえ。神殿の地下に、朝廷から運ばれた莫大な黄金が隠されているのは知っているんだ。あの黄金があれば、俺たちは下界の部族から船を買い、大洪水を生き延びられるはずだ!」
「落ち着くんだ、ウルコ」ホームズが背後から静かに割って入った。「あんたがそのハンマーで神殿の門を叩き壊した瞬間、カパックの率いる鱗の兵士たちが、あんたの首を容赦なく撥ねるだろう。彼らはまだ、最高神官の権威を信じている。いや……信じるしかないと思い込んでいるんだ」
その時、都市の東側、若き武人カパックが守備する「選別の門」の方向から、凄まじい金属音が響いた。
「チリン、チリン、ジャラジャラ!」
それは、警備の兵士たちが身につけるブロンズの鈴の音、そして斧が互いに激しくぶつかり合う、身内同士の「戦闘」の音だった。
「何だと……!? カパックの野郎、もう始めやがったのか!」
ウルコが叫び、私たちは音のする方へと泥を蹴って疾走した。
霧が引き裂かれた先に展開されていたのは、地獄絵図のような身内の殺し合いだった。防衛官カパック率いるトカゲの亜人兵士たちと、水路の管理者マイタの一派が、激しい雨の中で血を流し合っていたのだ。マイタの腕からは青黒い血が流れ、カパックの鋭い爪が、マイタの胸元を深く引き裂いていた。
「マイタ! 何故神殿の水路のバルブを閉めようとした!」カパックが尾を激しく岩に叩きつけながら咆哮した。「ここを閉めれば、神殿が水浸しになり、トゥパック様の儀式が中断される! 世界を救う神の光が消えるんだぞ!」
「騙されるな、カパック!」マイタは吐血しながら、崩れ落ちる石垣にしがみついた。「トゥパックは俺たちを救う気などない! あのバルブの先は……神殿の地下の『門』へと繋がっている。水圧を利用して、黄金を溶かし、自分たちだけが別の世界へ逃げるための動力を生み出そうとしているんだ! 俺たちは、ただの捨て石だ!」
「黙れ! 神への不敬は許さん!」
カパックのブロンズ斧が振り下ろされようとしたその瞬間、ホームズの放った細い仕込み杖の先端が、正確にカパックの手首の「鱗の隙間」を突いた。
「グアッ!?」
カパックが斧を取り落とす。ホームズは素早くその間に滑り込み、二人の間に毅然と立った。
「そこまでだ、諸君。大洪水が我々の足をすくおうとしている時に、自らの血で地面を滑りやすくしてどうする。カパック、あんたの忠誠心は立派だが、マイタの言うことには『論理的な整合性』がある。現に、最高神官トゥパックは、すでにこの都の全ての民を『生贄』として捧げるための舞台装置を完成させている」
#### 3. 太陽の門の告発、狂信の演説
「オオオオオオォォォォ――!!」
突如として、マチュピチュの最高峰、インティワタナ(太陽をつなぎとめる石)のある大広場から、何千人もの地を這うような賛歌の合唱が響き渡った。
雨はいつの間にか、奇妙な「白い霧雨」へと変化し、それが蒸気と混ざり合って、都市全体を巨大な湯殿のように包み込んでいた。その不気味な白霧の向こうから、眩いばかりの「黄金の光」が放たれた。それは太陽の光ではない。神殿の最上段に設置された、凹面鏡状の巨大な黄金の円盤が、稲妻の光を乱反射させて作り出す、人工的な神々しさだった。
「集まれ、聖なる太陽の民よ! 終わりの時が来た!」
最高神官トゥパックの声だった。彼の耳たぶの巨大な金飾りが、不気味に揺れている。彼はヴィクーニャの金糸のチュニックをまとい、両腕を天へと高く突き上げていた。彼の背後には、あの仕え女の長キリャが、胸元に「銀のピン」を光らせながら、虚ろな目で呪術的なキープを両手で掲げていた。
広場を埋め尽くした数千の亜人や人間たちは、足元の土壌が液状化で崩れかけていることも忘れ、その黄金の光に向かって膝を突き、額を石に擦り付けていた。
「見よ、大地は裂け、ウルバンバの濁流は世界のすべてを飲み込もうとしている! これは、下界の汚れきった民を清算する、神々の大いなる悪戯である!」トゥパックの老いた声が、都市の石壁に反響して不気味に増幅される。「しかし、恐れることはない! このマチュピチュの聖石に、すべての黄金を捧げ、純潔なる血を満たす時、天の門は開かれる! 我ら選ばれし血統は、水に沈まぬ新たなる天空の楽園へと迎え入れられるのだ!」
民衆からは「おおお!」という狂信的な歓声が上がった。しかし、私とホームズの耳には、それが世界の崩壊を決定づける「最悪の不協和音」にしか聞こえなかった。
「ダ・ヴィンチ」ホームズが私の耳元で、極限まで冷徹な声で呟いた。「あの老人の足元を見てくれ。演説台の下の石組み、衣服の裾から覗く影……。彼はすでに、この世界から『半分足を脱ぎかけている』」
私は虫眼鏡を構え、トゥパックの足元を凝視した。
信じがたいことに、彼の足元にある花崗岩の表面は、異常な熱力学的対流によって、空間そのものが「歪んで」いた。彼の影は、地面に投影されず、空間の虚空へと不自然に折れ曲がっている。それは、彼が神殿の地下に集めさせた莫大な黄金の質量と、この異常気候のエネルギーを利用して、空間の位相幾何学を物理的に書き換えようとしている証拠だった。
「……計算が合うな、ホームズ」私は手元のパピルスに猛烈な速度で数式を書き加えた。「彼は、明日の夜明け、太陽祭の最初の光がインティワタナの突起を真上から照らすその瞬間、このマチュピチュの全エネルギーを集中させて、時空の完全な『切断』を行うつもりだ。その時、彼が選んだ者以外は、この崩壊する岩山とともに、文字通り空間の塵となって消滅する」
「そして、その狂気的な計画の最初の犠牲者が、今夜、あの神殿の密室の中で生み出されようとしている」
ホームズがパイプを激しく吸い込み、紫色の煙の向こうの神殿を睨みつけた。
大洪水へのカウントダウンは、あと数時間。しかし、その天災が都市を滅ぼす前に、人間の悪意が作り出した「密室の惨劇」が、いよいよ幕を開けようとしていた。マチュピチュの空気は、完全に凍りつき、終末の予兆は、血の匂いへと変わっていく。
【第3章:終末の予兆・了】
【前編:天空の不協和音・完】
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
パラレルワールドで魔法と多種族の住む下町ローマで起こる事件を魔法とスキルで解決していく物語です。時代背景は読者の描く時代に当てはめてくださいね。
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