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天空都市のコーデックス 世界遺産編

二話目の投稿です。

誤字脱字が多くなると思いますが、よろしくお願いいたします。

途中で、脱線することもあると思いますが、ゆっくりと見守ってください。

作品の内容が前後することが多々あると思いますが、大目に見て頂ければ、うれしく存じます。

突然ですが転移しました。

では、参ります!!


第2章:ロンドンの影


1. 異端の対話、あるいは灰色の煙


マチュピチュの私の工房の空気は、シャーロック・ホームズという男が持ち込んだ「異物感」によって、それまでの数ヶ月とは全く異なる性質の緊張を孕み始めていた。


石造りの窓の外では、夜の嵐がウルバンバの峡谷を激しく叩きつけ、時折、稲妻が天空都市の輪郭を青白く剥き出しにしている。その不気味な明滅に照らされながら、ホームズは私の作業机に腰掛け、現地で見つけた乾燥ハーブ――インカの亜人たちが儀式に用いる、微かに甘く、同時に脳髄を刺すような刺激臭を持つ葉――を、ロンドンから持ち込んだという黒い木製のパイプに詰めていた。彼が火を灯すと、工房の天井に向けて、不気味な灰色の煙の渦が「ゆらゆら」と立ち上った。


「フム……その煙の流体力学的挙動、ミラノの私の工房の煙と何ら変わりはないな」私は彼の手元を見つめながら、羽ペンを置いた。「だが、君という存在の存在確率は、私の数学的予測のいかなる特異点にも含まれていなかった。19世紀のロンドン、かね? 蒸気機関と鉄の数理が支配する時代から、この文字を持たぬ巨石の都へと流れ着くとは、時空の流対流とは、我々が考えるよりも遥かに気まぐれなものらしい」


「全く同感だ、ダ・ヴィンチ。僕のいたロンドンでは、数理とは常に冷徹な『機械の歯車』だった。だが、この紀元前一万二千年のインカでは、数理は『石の噛み合わせ』と『紐の結び目』に宿っている。美しいが、同時にひどく原始的で、それゆえに人間の、あるいは亜人たちの原初的な悪意がストレートに反映されやすい」


ホームズはパイプをくわえ直すと、鷹のような鋭い目を私のノートに走らせた。そこには、私がキープ(結縄)から解読した大洪水のシミュレーション数式がびっしりと書き込まれていた。


「あんたの計算は実に見事だ。あと数日で、山頂の氷河が完全に融解し、この都の下層を泥流が襲う。だがね、マエストロ。僕がクスコの朝廷からこのマチュピチュへ派遣された理由は、天変地異の調査ではない。大洪水という『究極のどさくさ』に紛れて、この国を根底からひっくり返そうとしている、ある生身の組織の陰謀を暴くためだ」


「クスコの朝廷の陰謀……。防衛官カパックや、最高神官トゥパックの動きのことかね?」


「そうだ」ホームズは立ち上がり、石壁に近づくと、その滑らかな表面を細長い指先でなぞった。「あんたはこの都市の石組みの美しさに目を奪われているが、僕の目はその石の『擦れ跡』を見逃さない。ダ・ヴィンチ、あんたがここへ来てから、神殿の地下へと続く中央水路の裏手の隠し扉、そこを通ったリャマや亜人たちの足跡の数を数えたことはあるかい?」


私は首を振った。私の目は常に、石垣の構造強度や、水の侵入角度という「マクロな物理法則」に向いていたからだ。


「ないだろうね。あんたは万物の『ことわり』を見るが、僕は人間の『生活の痕跡』を見る。過去一ヶ月間、毎夜午前三時、この工房の真下にある地下通路を、信じられないほどの重量を乗せた荷車が通過していた形跡がある。石の表面に、微かに削られた金属性の、いや、純度の高い『貴金属』の剥離痕が残っているんだよ。それも、朝廷の直轄領からしか算出されない、特殊な不純物を含んだ『黄金』の痕跡がね」


2. クスコからの軍令、消えた帝国の財宝


ホームズはコートの内ポケットから、一枚の酷く汚れた織物を取り出した。それは、インカの最高権力者である「サパ・インカ(唯一の皇帝)」の直轄軍が用いる、特殊なトカプ紋様が施された伝令用の結縄キープだった。


「これは、僕がクスコを離れる直前、朝廷の倉庫番をしていた毛深い猿の亜人を『少しばかり論理的に脅して』手に入れた記録だ。ダ・ヴィンチ、あんたの数学の力で、この結び目の裏にある『数字』を僕に証明してくれ」


私はそのキープを受け取り、指先でその結び目の感覚を確かめた。紐は太く、通常の行政記録に使われるものよりも遥かに頑丈な植物繊維で編まれていた。結び目の位置、そして黒と金の紐が交互に交差するその配置を脳内で数式に変換した瞬間、私は驚愕のあまり息を呑んだ。


「……信じられないな。これは、国家の年間総予算の、実に『三分の一』に匹敵する数字だ。項目は……『太陽の神への捧げ物』とされているが、その搬送先がすべて、この辺境の天空都市マチュピチュになっている。現在の皇帝陛下は遥か南の部族との戦線に赴いているはずだ。その最高権力者の不在を突いて、これほどの莫大な黄金が、朝廷の金庫から消えていたというのか」


「その通りさ」ホームズは満足そうに頷いた。「大洪水が世界を滅ぼすという予言は、数百年前に星読みの神官たちによって確定されていた。朝廷の特権階級、特に最高神官トゥパックの一族は、その終わりの日を『自らの絶対的な権力を不滅のものにするための好機』と捉えたのだ。彼らは皇帝の目を盗み、帝国の全財産とも言える黄金を、この天に最も近いマチュピチュの神殿地下へと、秘密裏に集積させた。大洪水が地上を洗い流した後、生き残った僅かな民を、その圧倒的な黄金の力で再び奴隷として支配するためにね。あるいは……もっと狂気的な、別の使い道のために」


「別の使い道?」


「彼らは、このマチュピチュの幾何学構造が、特定の天文学的配置に達した時、時空の壁に『裂け目』を入れることができると信じている節がある。現にあんたや僕がここに引き寄せられたのも、その実験の副産物かもしれない。トゥパックは、集めた黄金のすべてを媒介として、自分の一族と一握りの血統だけを、大洪水のない『別の清浄な世界』へと逃亡させるための、秘術の門を開こうとしているんだ。そして、その儀式の生贄として、この都市に集まった数万の亜人や平民たちを、この山の上に足留めしたまま、大洪水の中に置き去りにするつもりなのさ」


ホームズの言葉は、外で荒れ狂う嵐の地鳴りよりも、遥かに冷酷に私の胸を突き刺した。


私がこれまで、土木技術の粋を集めて補強してきたこの水路も、棚田も、すべては彼らの「脱出の儀式」が完了するまでの時間を稼ぐための、ただの使い捨ての防壁に過ぎなかったというのか。カパックたち亜人の兵士たちが、世界の終わりを前にして、自分たちの国を守るために流している血と汗は、すべて神殿の老人の狂気的なエゴイズムによって搾取されていたというのか。


「……許しがたいな」私の喉の奥から、普段の冷静な学者らしからぬ、低い怒りの声が漏れた。「自然の法則は、すべての命に平等に作用する。大洪水が世界を清算するなら、それは地球の熱力学的なリセットだ。そこに人間の醜い選別を持ち込むなど、宇宙の幾何学に対する最大の侮辱だ」


「だからこそ、僕たちはその老人の喉元に、論理の剃刀を突きつけなければならない」ホームズはパイプの灰を床に叩き落とした。「明日から始まる『太陽祭インティ・ライミ』。それが、彼らの計画の最終局面だ。冬至の最初の光が神殿の窓を叩く時、トゥパックは全財産を賭けた儀式を開始する。ダ・ヴィンチ、あんたの科学の目と、僕の観察眼を合わせれば、神の威光を騙る老いぼれの化けの皮を剥ぎ取ることなど容易い。……だが、不穏な影は彼らだけではないぞ」


3. 容疑者たちの輪郭、迫り来る狂気


ホームズは工房の壁に、彼がこれまでにマチュピチュの内部で接触した「重要人物」の似顔絵と、その身体的特徴を記したメモを、ナイフで突き立てた。その鋭いスケッチは、彼が単なる探偵ではなく、人間の心理の解剖学者でもあることを示していた。


「見てくれ、ダ・ヴィンチ。この都市を動かしている主要な面々だ。誰もがこの終末の気配に正気を失いかけている」


まずホームズが指し示したのは、あの灰色の鱗を持つ防衛官カパックの顔だった。


「カパック。トカゲの亜人の軍事指揮官だ。彼は純粋な武人であり、この天空都市の防衛に命を賭けている。だが、彼のクスコの朝廷に対する忠誠心は、すでに限界に達している。皇帝が自分たちを見捨てて南方に赴いたと思い込んでおり、神殿のトゥパックが黄金を独占していることに対しても、激しい怒りを隠していない。彼は大洪水が来る前に、軍事クーデターを起こして神殿を占拠し、黄金を民に分配して独自の生存圏を築こうと画策している形跡がある。一晩中、防壁の補強を指揮していると主張しているが、彼の部下たちのキープの記録には、数時間の『空白の移動時間』が存在する」


次に、ホームズはあの大きな禿頭の亜人、石工の親方ウルコのスケッチを叩いた。


「ウルコ。この神殿の構造を完璧に把握している男だ。彼はトュパックの命令で地下室の造営をさせられていたが、その過程で、神殿が自分たち亜人を切り捨てるための施設であることを知ってしまった。彼は『腰痛で夜は小屋から出ていない』と言っているが、彼の作業場からは、神殿の裏手の隠し通路の鍵の、粘土による型取りが見つかっている。彼が黄金の強奪、あるいはトュパックの暗殺を計画していても何ら不思議はない」


さらに、ホームズの指は、植物の智者である狼の亜人ハナン、黄金細工師のアンカ、そして水路の管理者マイタの顔へと移っていった。


「誰もが動機を持っている。ハナンはトゥパックから新しい薬草の調合を命じられているが、その薬草の中には、意識を混濁させる幻覚性の毒物が含まれている。アンカは、神殿の黄金を磨き直す裏で、密かに朝廷の刻印を削り取り、自分の私有物として隠匿しようとしていた。マイタは、神殿の水路を逆流させて、神殿内部を水浸しにするためのバルブ操作の手順を、夜な夜な確認していた。……つまりね、ダ・ヴィンチ。この都市は、大洪水が押し寄せる前に、内部の悪意の飽和によって、いつ爆発してもおかしくない状態なのだよ」


その時だった。工房の扉の隙間から、不自然な「さらさら」という衣擦れの音が聞こえた。


ホームズは一瞬にして会話を止め、猫のような素早さで扉へと近づくと、それを勢いよく引き開けた。


霧の立ち込める通路に立っていたのは、神殿の仕え女たちの長、キリャだった。彼女は白いチュニックに、大洪水の前の不気味な赤紫色の夕日のような、鮮やかな深紅のショールを羽織っていた。その胸元には、満月を象った巨大な銀のピン(トゥプ)が、ランプの光を浴びて妖しく輝いている。


「……最高顧問の賢者様、そして異国の探偵様」キリャは衣服の裾を指先で強く握りしめながら、微かに震える声で言った。「神官長トゥパック様からの伝言です。明日の夜明け、太陽祭の最初の儀式を執り行います。お二人にも、太陽の神の前にて、都の防壁の最終計算を報告していただきたい、とのことです。……神官長様は、お二人の知恵を大変頼りにしておられますわ」


彼女の目は、美しくも、どこか完全に据わっていた。それは、迫り来る大洪水への恐怖を通り越し、自らの運命を何らかの「大いなる意志」に完全に委ねてしまった、狂信者の目だった。


「ありがとう、美しいお嬢さん」ホームズは帽子を軽く持ち上げ、英国流の洗練された仕草で微笑みかけた。「神官長には、僕たちの『完璧な計算結果』をお見せすると伝えてくれ。世界が滅びるその瞬間に、すべての帳簿は美しく清算されなければならないからね」


キリャは深く一礼し、深紅のショールをなびかせながら、霧の通路の向こうへと消えていった。


彼女の去った後、ホームズは私の顔を見て、パイプの煙を深く吐き出した。


「聴いたか、ダ・ヴィンチ。あのキリャという女性の呼吸、衣服を握る手の緊張度。彼女は僕たちの会話を盗み聞きしていた。そして、彼女が守ろうとしているのは、神の威光でも、朝廷の権力でもない。……彼女自身が、あの神殿の内部で進行している狂気の計画の、最も核に近い部分にいる証拠だ。今夜、すべての歯車が噛み合う。僕たちも神殿へ向かうぞ。世界が水に沈む前の、最後の劇が始まる」


私たちは、嵐の吹き荒れるマチュピチュの巨石の路地へと、静かに足を踏み出した。天空都市の裏に隠されたロンドンの影が、いよいよ殺人という最悪の形で、その姿を現そうとしていた。


【第2章:ロンドンの影・了】


みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

パラレルワールドで魔法と多種族の住む下町ローマで起こる事件を魔法とスキルで解決していく物語です。時代背景は読者の描く時代に当てはめてくださいね。

よろしくお願いします。

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