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宇宙船の離脱 ムー大陸編3

### 第五話 白金の錆びゆく理


神々の船が天空へ去り、ムー大陸の地盤がわずかに傾き始めた頃、世界の輝きは確実に失われつつあった。

都市「ラ・ムア」を包んでいたクリスタルタワーの音律は、いつしか不協和音を混じらせ、住民の細胞を完璧に維持することはできなくなっていた。

ムー人たちの脳の未使用領域は、世代を重ねるごとに眠りへと落ち、かつて大気から直接エネルギーを再構成していた物質定着器は、ただの動かない半透明の石の塊へと変わっていった。

人々は、自らの手で食物を育て、家畜を屠らねばならなくなった。それはかつての超科学の頂点を知る者たちにとって、耐え難い屈辱であり、精神の飢餓であった。

すべての物資が無限に供給されていた時代は終わり、限られた資源を奪い合うという、醜悪な生存競争が始まった。最初に現れたのは「盗み」だった。


ある者が他者の生体樹木の住居に侵入し、わずかに残った機能を持つ発光ナノマシンの繊維を奪い去った。一度始まった心の荒廃は、疫病のように瞬く間に大陸全土へ広がっていった。

上空の超空間ポケットから、かつて彼らを育てた宇宙人たち――純粋プラズマ生命体「オル・ラ・イン」や、金属質の「ドル・メド」の監視者たちは、ただ沈黙してその光景を見下ろしていた。彼らにとって、これは実験の失敗ではなく、介入を絶った後に訪れる必然の熱力学第二法則、すなわち「文明の崩壊課程」の観察に過ぎなかった。彼らは決して手を差し伸べない。神の愛とは、時に冷徹な観察と同義であった。


そんな混沌の最中にあるムー大陸へ、数ヶ月前、時空の歪みによって一人の異邦人が放り込まれていた。男の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。ルネサンスのイタリアから、世界の理の果てを求めて時空の裂け目に落ちた天才は、この衰退しつつある超科学の遺物の中に身を置いていた。

「これほどの光がありながら、人間は暗闇を求めるのか?」

レオナルドは、ラ・ムアの崩壊しかけた大広場で、色褪せた光織の衣服をまとった群衆を見つめていた。彼の持つ鋭い観察眼は、ムー人たちが全能の力を失い、ただの「怯える猿」へと退化していく過程を冷酷に捉えていた。

そして、ついにその日が訪れた。


ムーの歴史上、一度も登録されたことのない最悪の概念――「殺人」が、ついに具現化したのである。

被害者は、かつてピラミッド「天の眼」で精神調律を担っていた高位の科学者、サウロだった。彼の肉体は、機能を停止した反重力プラットフォームの裏側で発見された。衣服は引き裂かれ、その胸部には、あり得ざる物理的な打撃の痕跡が深く刻まれていた。

ムー人たちは、ただ死体の周りで怯え、互いを疑う視線を交わすことしかできなかった。彼らにはもう、相手の思考を読み取るテレパシーの力は残されていなかったからだ。


### 第六話 異邦人の解剖学


レオナルド・ダ・ヴィンチは、サウロの遺体が置かれた生体樹木の地下室にいた。かつては完璧な無菌室であったその場所も、今やただの湿った暗がりに過ぎない。

レオナルドは、かつてミラノの地下で幾度も行ったように、自らの手で遺体の衣服を脱がせ、その皮膚を観察し始めた。

「彼らは神の知恵を失い、自らの指を獣の牙に変えたのだな」

レオナルドの呟きに、傍らに立つ若きムー人の生存者、ルカが震える声で答えた。

「サウロ様は、物質定着器の最後の起動コードを握っておられました。それが奪われたのです。あれがあれば、あと数年は飢えずに済んだはずなのに……」

レオナルドはサウロの胸の傷口に指を触れた。

傷は鋭利な刃物によるものではなかった。鈍く、重い、純粋な質量による破壊。

「ルカ、この世界にはまだ、物理的な『金槌』のような道具は存在しないはずだ。皆、念じることで物質の形状を変えていたのだろう?」

「はい。ですが、最近は精神の力が弱まり、石を直接手で持って、他の物質を叩き壊す者が現れ始めていました」

レオナルドの脳内で、ムー大陸の衰退の図式が組み上がっていく。科学の頂点にあった生活風景は、今や見る影もない。

かつては、大気中を滑るように移動していたガラス球「マハ・ナ」の残骸が、今ではただの動かない荷車として、力なく人間の手で引かれている。光の織物だった衣服は破れ、人々はかつて宇宙人が作った遺伝子生物の皮を剥ぎ、それを身にまとうようになっていた。

レオナルドはサウロの首筋に、奇妙な青い微光を見つけた。それは、死後もなお完全に消滅していない、遺伝子ナノマシンの残骸だった。

「犯人は、サウロの頭脳から直接『記憶』を吸い上げようとした。だが、精神の回路が退化していたため、無理に接続した反動で脳が焼き切れ、物理的な暴力でトドメを刺したのだ」

レオナルドの目が、暗闇の中で鋭く光る。この殺人は、単なる物欲によるものではない。かつての「全能の栄光」を取り戻そうとする、狂気的な焦燥が生んだ惨劇だった。

上空では、ドル・メドの監視船が、その殺害の瞬間をも完全に記録していた。

しかし、彼らは動かない。宇宙人たちにとって、人間が自らの意志で他者を殺すという行為は、知性の退化を示す重要なデータに過ぎなかった。


### 第七話 血の予兆と失われた光


サウロの死から数日、ラ・ムアの街はさらなる恐怖に支配されていた。かつては夜になると、ナスカの地上絵のように街全体が美しい幾何学模様の光を放っていたが、今やその光は途切れ途切れになり、都市は巨大な怪物の死骸のように暗闇に沈んでいた。

人々は、かつて宇宙人から与えられた「無限の食料」を完全に失い、わずかな自然の木の実や、川の魚を巡って、言葉ではなく拳で語り合うようになっていた。

科学の頂点を極めた生活の残骸が、いたるところに転がっている。数百万の書物が収められていた量子クリスタルの書庫は、今や住民たちの暖をとるための、ただの輝くまきとして砕かれ、燃やされていた。

レオナルドは、都市の中心にあるピラミッド「天の眼」の階段を登っていた。

そこはかつて、宇宙人と人が一体となり、地球のマグマをも制御していた聖域だった。

しかし、今ではその入り口も固く閉ざされ、オリハルコン・コアは不気味な低温の唸りをあげるだけだった。

「自然は、自らが与えた過剰な恵みを、必ず回収する。この大陸の民は、自ら歩くことを忘れた鳥のようだ」

レオナルドは手帳に、ムーの崩壊していく建造物のスケッチを描き殴りながら、次の危機の到来を予感していた。サウロを殺した犯人は、まだ目的を達していない。サウロの脳から奪った断片的な記憶だけでは、物質定着器の完全な起動は不可能なのだ。

その時、ピラミッドの上空から、一羽の「ガル・ウイング」が力なく墜落していくのが見えた。かつては気象を統御し、白銀に輝いていたその巨鳥は、今や制御を失い、翼を自らの重さでへし折りながら、大広場の石畳へと激突した。

集まってきた住民たちは、その巨大な鳥の死体を前に、悲しむどころか、飢えた目で肉を剥ぎ取り始めた。

科学の象徴だった生きた気象衛星が、ただの「肉の塊」へと成り下がった瞬間だった。

「愚かな」レオナルドは呟いた。

「あれの体内には、まだ高密度の電磁エネルギーセルが残っている。それに手を触れれば――」

その警告が届く前に、一人の男がガル・ウイングの胸部を引き裂いた。

次の瞬間、すさまじい青白い放電が広場を包み、数人の悲鳴が夜の闇に響き渡った。だが、それは事故ではなかった。放電の混乱に乗じて、影が動いた。第二の殺戮への序曲が、すでに始まっていたのだ。


### 第八話 終末のカウントダウン


放電の煙が収まった大広場で、レオナルドは第二の犠牲者を発見した。今度の被害者は、かつて海流を統御する「レヴィ・アス」の歌を翻訳していた言語学者の女性、ミアだった。

彼女の遺体は、ガル・ウイングの肉の傍らで、奇妙な形に折りたたまれていた。彼女の首の後ろ、かつて宇宙人との通信に使われていた松果体の接続コネクタの跡が、むしり取られるようにして破壊されていた。

「狙いは、やはり『知識』の強奪か」

レオナルドは遺体の前に膝をつき、彼女の手の中に握られていた一片の結晶の破片を見つめた。それは、物質定着器のマスターキーの一部だった。犯人は、サウロから奪ったコードと、ミアから奪った接続能力を使い、かつての神の科学を我が物にしようとしているのだ。

「レオナルド、大変だ!」ルカが息を切らせて走ってきた。

「上空の、あの神々の船が……動き始めました!」


レオナルドが天を仰ぐと、二百万年の間、ムー大陸の空に静止していた数百の宇宙船の光の紋様が、ゆっくりと収縮し、一つの巨大な光の渦へと変化していくのが見えた。

宇宙人たちは、ついにこの地を完全に見捨てる決定を下したのだ。


文明が殺人という不可逆の混沌に達したとき、彼らにとってこの星の知的生命体は、「観察に値しない野生の獣」へと格下げされたことを意味していた。


神々の船が去れば、大陸の地殻を辛うじて繋ぎ止めていたエネルギーシールドは完全に消失する。ムー大陸の沈没、その破滅への秒読みはすでに始まっていた。


「犯人は、神々が去る前に、自らだけが全能の力を得て、この大陸から脱出しようとしている」

レオナルドは、夕闇に染まるラ・ムアの街を見渡した。パニックに陥った人々は、互いの家を襲い、火を放ち、かつて白磁と呼ばれた美しい都市は、今や紅蓮の炎に包まれている。

高度な科学の頂点にあった生活風景は、今や地獄の絵図へと変貌を遂げていた。


「面白い。時空を超えて私がこの地に呼ばれたのは、この神の文明の終焉を、その手で紐解くためであったか」


レオナルド・ダ・ヴィンチは、狂気と崩壊が支配する暗黒の街へと、静かに歩みを進めた。真犯人の影は、すぐそこに迫っている。そして、ムー大陸が世界の底へと沈む、その最後の瞬間への扉が、今まさに開かれようとしていた。

みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

パラレルワールドで魔法と多種族の住む下町ローマで起こる事件を魔法とスキルで解決していく物語です。時代背景は読者の描く時代に当てはめてくださいね。

ムー大陸編 いかがでしょうか?引き続きよろしくお願いします。

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