第11話:『黄金の雫に染まる聖夜と、病室に残された冷たきダイアモンド』前編
二話目の投稿です。
誤字脱字が多くなると思いますが、よろしくお願いいたします。
途中で、脱線することもあると思いますが、ゆっくりと見守ってください。
作品の内容が前後することが多々あると思いますが、大目に見て頂ければ、うれしく存じます。
第11話:『黄金の雫に染まる聖夜と、病室に残された冷たきダイアモンド』前編
よろしくお願いします
では、参ります!!
第11話:『黄金の雫に染まる聖夜と、病室に残された冷たきダイアモンド』
前編:白銀の眠り姫、新しき結晶の助手と血塗られたオリーブ農園の殺人
11月。ローマの街を包み込む風はすっかりその冷涼さを増し、石畳の路地裏には、冬の訪れを予感させる乾いた北風がひゅーひゅーと吹き抜けていた。
本来であれば、この時期のローマ近郊は、今年収穫したばかりのオリーブを贅沢にしぼり、まるで【鮮烈な蛍光の黄緑色】をした、ピリッと辛くて瑞々しい新油を味わう歓喜のイベント『新オリーブ油の解禁祭』の熱気に包まれているはずだった。
トト(小)の実家のパン屋では、すでに焼き立てのカリカリのパン(ブルスケッタ)の香ばしい匂いが立ち込め、子供たちに新油をこれでもかと回しかけて配る伝統の準備が進んでいるというのに、おじさんの心のカンヴァスは、ただの一色――深い、深い漆黒の絶望のインクだけで塗り潰されていたのさ。
ローマの下町にある、ドクター・パオロの小さな診療所の一室。
白いシーツが敷かれた質素なベッドの上で、我が探偵事務所の最初の助手であり、いつも元気よく白銀の猫耳を動かしていたフランチェスカちゃんが、ピクリとも動かずに静かな眠りについていた。
『鏡の国の暗殺者』が作り出したドッペルゲンガーとの死闘で彼女を襲った謎の魔力昏睡――。
彼女の自慢の銀髪はベッドの脇に力なく広がり、事件の解決を誰よりも喜んでいたあの愛らしい猫耳は、まるで生きる意志を失ってしまったかのように、後ろにペタンと寝たまま、完全に動きを止めてしまっている。
ベッドの足元では、主人の異変を察知した愛猫キララちゃんが、小さな毛玉のような身体を丸め、その白銀の毛並みを不安そうに震わせながら「にゃあ」と、今にも消え入りそうな悲しい声で鳴き続けていた。
おじさんのヨレヨレの白いシャツの懐から這い出した長毛のウララまでもが、いつもならゴロゴロと散らせるはずの青い静電気の火花を完全に消し去り、ただただ静かに、フランチェスカちゃんの動かない小さな手元へとその真っ白な頭を擦り付け、その冷たさを確かめるように小さく地鳴りを立てている。
「すまねえ、お嬢さん。おじさんの固有スキルが、またしても不完全な元の状態へと完全に戻っちまったせいで、お前さんのその眠りの原因となった魔術線の歪みを、どうしても時間の彼方から描き直してやることができないようだ!」
俺は油絵の具のシミだらけのシャツの胸元をきつく握り締め、自分の両目をカッと大きく見開いた。
脳細胞を容赦なく直撃する、割れんばかりの激しい偏頭痛。
葡萄畑の決戦の最後に一時的に解禁された究極の異能【時間の書き換え(クロノ・グラフ・リペイント)】は、やはりおじさんの鍛え忘れた生身の脳には負荷が強すぎたのか、現時点では完全にロックされ、俺のパレットは再び、周囲の魔力の残香を色の線として視覚化するだけの不完全な【画家】へと戻っていたのだ。
「ひゃははは不甲斐ないおじさんで、本当に悪かったねぇ。」
俺は自嘲気味に、いつもの歪んだ乾いた笑い声を病室の静寂に響かせた。
「――ダ・ヴィンチ先生、自分を責めるのはそこまでにしてください。フランチェスカさんが眠りにつく前、僕たちにこの事務所の看板を預けたのは、大先生のその『不完全な目のレンズ』が、いつか必ずこの世界の歪んだレイアウトを正してくれると信じていたからですよ。」
病室の影から、静かに、しかし水晶が擦れ合うような美しい声で俺に語りかけてきたのは、フランチェスカちゃんが寝込む少し前、彼女自身の紹介によって我が事務所の第二の助手として加わっていた少年――【ルカ】だった。
彼は、世界でも非常に珍しい、肉体の一部が硬質な魔力鉱物で構成されている【結晶族】の生き残りの少年だった。彼の右腕の肘から先は、神秘的な青い輝きを放つ、透き通ったダイアモンドのような結晶に覆われている。彼の特技は、その結晶の腕を地面や対象に触れさせることで、周囲の物質の「密度と硬度のパースペクティブ」を1ミリ単位で完全に読み解き、あらゆる物理的な障壁の構造を丸裸にしてしまう、驚異的な物質スキャン(結晶解析術)だった。
ルカは、その結晶の右指で自身の静かな青い瞳を支えるようにメガネのレイアウトを正し、ベッドの上のフランチェスカちゃんを見つめた。
「先生、ドクター・パオロの診断によれば、彼女の魔力回路を凍り付かせているのは、通常の冷気魔法ではありません。これまでにウバルドやチェーザレ、アンジェロ男爵の裏で暗躍していたあの影の組織――『鏡の国の残響』が練り上げた、特殊な【呪いの結晶インク】です。そして、それを中和するための唯一の鍵である『琥珀色のオリーブ新油』が生産されている、ローマ近郊の『サン・ヴィート農園』で、今朝、最悪の変死事件(殺人)が発生しました。」
「何だと? 殺人事件だと?」
俺は錆びた虫眼鏡をポケットから引き抜き、ルカの放った情報の色彩へと視線を向けた。
サン・ヴィート農園の広大なオリーブ畑は、実りの秋の収穫祭の真っ只中であるにもかかわらず、地上の夏の残滓を完全に消し去ったかのような、おぞましい血の赤と、どす黒い魔力の残香で覆い尽くされていた。
畑の中央にある、巨大な石造りのオリーブ圧搾所の床の上には、この農園の主であり、下町の子供たちに毎年無償で新油を配っていた高潔な老人――【ジョヴァンニ翁】が、見るも無残な姿で横たわっていた。
彼の胸元には、鋭利な刃物で一突きにされた、生々しい致命傷のデッサンが刻まれており、そこから流れ出た鮮血が、床一面に敷き詰められた、まるで【鮮烈な蛍光の黄緑色】をした搾りたての極上オリーブオイルの海へと混ざり合い、おぞましいマーブル模様のパレットを描き出していたのだ。
「うう、酷い。ジョヴァンニのおじいちゃん、昨日までトト(小)たちのために、最高のブルスケッタの準備をして笑っていたのに!」
現場へと駆けつけたルカは、その結晶の右腕をきつく握り締め、静かな青い瞳に激しい怒りの光(輝線)を宿らせていた。
「静かにしな、ルカ。おじさんの固有スキル【画家】のレンズを、今からこの血の海へとフォーカスさせるから!」
俺は脳細胞を襲う偏頭痛の激痛に歯を食いしばりながら、右手の指先を現場の床へと突き出した。
スキル【画家】が発動した瞬間、現実の凄惨なモノクロームの景色が剥ぎ取られ、魔力のパースペクティブが視覚化される。
しかし、やはりスキルの出力は元の不完全な状態に戻っていた。情報のノイズが多すぎて、一界に数千色の極彩色が視界に流れ込み、俺の脳の神経回路が悲鳴を上げる。
「――う、ぐぐぐっ! おかしいねぇ、ルカ! 右側の通路の床が【鮮やかな赤色】に見えるから、てっきり犯人が残した新鮮な血の足跡だと思って踏み出したら、ただの『オリーブの皮が発酵して熱を持った、最悪に滑りやすい生ゴミの山』じゃないかい!! うぎゃあああ、おじさんの野生の靴が完全にホールドを失っちまったよぉぉぉッ!!」
俺はスキルの色の意味を完全に読み違え、犯人の痕跡ではなく最悪の生ゴミの堆肥の山へと突っ込んでしまい、ツルリと不器用に足を滑らせて、現場の床の上をみっともなくスライドしながら、大理石の壁に思い切り尻を叩きつけてしまった。解禁されたばかりの新しいスキルを失った俺の【画家】は、このように情報のノイズに簡単に騙される、実に頼りない欠陥だらけの異能だった。
「先生! 何をやってるんですか、そこは踏んじゃダメです! ――フッ、仕方ありませんね。先生の不完全な目のレンズを補うために、僕の結晶の腕のレイアウトを重ねます!」
クスリとも笑わない冷静なルカは、眼鏡の位置を直すと、その神秘的な青い結晶の右腕を、俺が滑り落ちた床のオリーブオイルの海へと直接突き刺した。
キィィィィンッ!という、水晶が共鳴するような鋭い音が地下の圧搾所に響き渡る。
「物質解析――密度比率、固定完了。先生、あなたの目はノイズに騙されていますが、僕の結晶が捉えた『物体の硬度の歪み』は嘘をつきません。ほら、その生ゴミの山のすぐ真下のレンガの層だけ、周囲よりも明らかに『硬度が30%も低下している、不自然な隠し空洞』が存在します。そしてそこには今も乾かない、不気味な黒い絵の具の足跡が、地下へと向かって一本の補助線のように真っ直ぐに伸びています!」
「ひゃははは! さすがは結晶族の少年、おじさんの不器用なパレットを、最高のデッサンで補正してくれるじゃないかい!」
俺はヨレヨレのシャツの裾で生ゴミの汚れを乱暴に拭き取りながら、ルカが指し示した床のレンガの隙間へと錆びた虫眼鏡を近づけた。
そこには、通常の人間には絶対に見えない、あの『鏡の国の残響』の紋章を模した、漆黒の粘液質の魔力インクの足跡が、床の隠し落とし戸の向こうへと、冷徹に刻まれていたのだ。
隠し落とし戸を潜り抜けた俺とルカの前に広がっていたのは、サン・ヴィート農園の地下深く、何百年も前に打ち捨てられたと思われる、巨大な古代のオリーブ貯蔵庫の廃墟だった。
しかし、その歴史的な美しさは、今や完全に【漆黒の氷結迷宮】へと変貌を遂げていた。
四方の壁や巨大な石柱は、すべて不気味な黒い氷の結晶でカチカチにコーティングされており、天井からは、今にも鋭い刃となって降り注ぎそうな、漆黒の鍾乳石がびっしりと垂れ下がっている。
「ひどい冷気です。先生、僕の右腕の結晶の表面が、この不気味な魔力の冷気に反応して、パキパキと音を立てて勝手に硬度を増しています。この奥にいるのは、通常の魔物ではありません」
ルカは青い結晶の右拳を構えながら、滑りやすい氷の床の上を、その結晶の特性を活かした完璧な重心移動で、一ミリのブレもなく静かに進んでいった。
一方、おじさんの方はといえば、ヨレヨレのシャツ一枚の貧弱な肉体であるため、下から吹き上がる絶対零度のプレッシャーにガタガタと膝を震わせ、何度もツルツルと足を滑らせては、その情けない尻を氷の地面に激しく叩きつけていた。
「あいたたた! もう、どうしておじさんの生身の足は、こう言うことを聞かないのかねぇ。スキルが戻っても、この氷の上では踏み込みすらままならないぜ。ルカ、前方の構図はどうなっている?」
「――先生、静かに。あの巨大な貯蔵庫の中央に、今回の事件の本当の真犯人強欲という名の不自然な色彩を撒き散らしている悪党の筆跡が見えます。」
ルカは物陰に身を預け、その結晶の指先で前方の空間を指し示した。
そこは、地下貯蔵庫の中央にある、直径五十メートルはあろうかという巨大な円形広場だった。
広場の中央には、ジョヴァンニ翁の農園から強奪された、数千リットルもの【琥珀色のオリーブ新油の原酒樽】が山積みにされており、その樽の包囲網の中心で、一人の贅沢な絹の上着を羽織った男――今回の事件の黒幕であり、影の組織と繋がってローマのオリーブ利権を独占しようと企む強欲商人【ヴァレリオ】が、下品な笑い声を地下の空間に響かせていた。
「ケケケッ! 素晴らしいぞ! このジョヴァンニの残した最高級の新油に、組織から授かった『呪いの結晶インク』をほんの少し混ぜ合わせるだけで、ローマ中の子供たちの生命力を根こそぎ吸い尽くす、至高の【暗黒の魔液】へと急速成長するのだァァァッ!!」
ヴァレリオは、指に嵌めた安物の宝石をギラギラと光らせながら、手にした黒いインク瓶を、今まさに最後の巨大な原酒樽の中へと注ぎ込もうとしていた。
「これでウバルドやチェーザレが成し遂げられなかった、ローマの完全なる夜の支配は我がチェーザレいや、このヴァレリオ商会のものとなるのだ! あの白銀の猫耳の小娘も、今頃は病院のベッドの上で、完全に凍りついた結晶の骨となって朽ち果てている頃だろうよ、ケケケッ!!」
「――っ! なんて奴だ! 自分の利益のために、フランチェスカさんをあんな目に遭わせ、ジョヴァンニ翁の命まで奪うなんて、人間の皮を被っただけの悪魔です!」
ルカは激しい怒りにその結晶の右腕をパキパキと鳴らし、眼鏡の奥の瞳を完全に戦闘モードの輝線へと変貌させた。
しかし、ヴァレリオの周囲には、すでにその黒いインクの呪いによって汚染され、体長3メートルを超える狂暴な魔獣へと急速変貌を遂げつつある【怨嗟の魔液獣・オリーブ完熟体】が、真っ赤な眼球をギラつかせながら、俺たちの立っている唯一の退路へと向けて、その不気味な液体の触手をうねらせ始めていた。
「見つかりましたね、先生。正面突破しかありません。僕の結晶の腕で、あの魔物の肉体の密度を内側から木っ端微塵に崩壊させます!」
「待って、ルカ。その直線的な構図では、あの魔物の液体の肉体にすべての衝撃を吸収され、お前さんの綺麗な結晶の腕の方がパリンと砕け散っちまう。ここは、元の不完全さに戻ったおじさんのパレットと、お前さんのその硬度の異能を融合させた、特製の『構図の反転トリック』で、奴らのレイアウトを内側から崩壊させてやろうじゃないかい!」
俺はポケットから、まだ生ゴミの臭いが微かに混ざった錆びた手鏡と、いくつかのガラクタの発火装置を取り出し、導火線の長さを虫眼鏡で1ミリ単位で測定しながら、床の氷の亀裂の隙間へと滑り込ませた。
フランチェスカちゃんがいないこの絶望の戦場で、新たなる助手ルカとの、命懸け補助線を見つけた。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
パラレルワールドで魔法と多種族の住む下町ローマで起こる事件を魔法とスキルで解決していく物語です。時代背景は読者の描く時代に当てはめてくださいね。
よろしくお願いします。




