天空都市のコーデックス:8章 マチュピチュ殺人事件編
二話目の投稿です。
誤字脱字が多くなると思いますが、よろしくお願いいたします。
途中で、脱線することもあると思いますが、ゆっくりと見守ってください。
作品の内容が前後することが多々あると思いますが、大目に見て頂ければ、うれしく存じます。
新作始めます。探偵物です。よろしくお願いします。
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では、参ります!!
### 第8章:銀のピンの真実
#### 1. 崩壊の輪舞曲、あるいは告発の余白
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォ――ッ!!」
ウルバンバ川の激流が山体そのものを削り取る鈍い摩擦音が、花崗岩の床板を激しく突き上げていた。壁の亀裂からは、地底で圧縮された硫黄の臭気を孕んだ熱風が「シューシュー」と音を立てて噴き出し、祭壇の周囲に溜まった最高神官トゥパックの黒い血の海を、じわじわと干からびさせていく。
ホームズの仕込み杖の先端は、微動だにせず仕え女の長キリャの胸元を指し示していた。
部屋に集まった容疑者たちの視線が、一斉に彼女へと集中する。クスコの全権大使ハナンは、信じられないものを見るように目を剥き、石工のウルコはハンマーを握る手にぐっと力を込め、防衛官カパックの長い尾は、怒りと困惑の狭間で激しく床をガンガン叩いていた。
「キ、キリャ……お前が、トゥパック様を……?」
カパックの裂けた喉から、掠れた声が漏れる。彼の黄金色の瞳には、同じ都市を支えてきた同胞への、言葉にならない衝撃が揺れていた。
キリャは、祭壇の傍らに膝を突いたまま、ピクリとも動かなかった。彼女の美しい浅黒い肌は、台形の窓から差し込むダーク・パープルの光を浴びて、まるで蝋人形のように血の気を失っていた。彼女は、自分の胸元の「引き裂かれた布地の穴」を、細い指先でそっとなぞった。そこは、数時間前まで、あのコンドルの細工が施された純銀のピン(トゥプ)が、彼女のマントを誇り高く留めていた場所であった。
「……さすがは、海の向こうから来た『異端の賢者』様ですわね•••」
キリャはゆっくりと頭をもたげた。その唇には、自嘲とも、あるいはすべてを成し遂げた者の法悦とも取れる、妖しい笑みが浮かんでいた。彼女の瞳からは、先ほどまでの怯えや涙が完全に消え去り、代わりにマチュピチュの夜空のように深く、冷たい光が宿っていた。
「私の胸元の一瞥だけで、神の領域の幾何学を破綻させてしまうなんて。ええ、その通りですわ、ホームズ様。トゥパック様の胸骨を貫き、その傲慢な心臓を止めたのは、この私の手。そして、この部屋に誰も入れず、誰も出さなかった『聖なる密室』を織り上げたのも、この私です」
「キリャ!!! 貴様、正気か!?」ハナン卿が絶叫した。「最高神官を殺害するなど、朝廷への反逆、いや、神々への冒涜だ! なぜそんな大罪を犯した!」
「神々への冒涜?」
キリャは立ち上がった。その背筋は、一人の仕え女のそれではなく、まるで滅びゆく王国の最後の女王であるかのように、凛としていた。
「ハナン卿、あなたたちクスコの貴族は、このマチュピチュをただの『避難所』としか思っていないのでしょう? ですが、私たち現地の民にとって、ここは命そのもの。……トゥパック様は、神の声を伝える者でありながら、その命を裏切ったのですよ」
#### 2. 滅びのコーデックス、狂信の動機 ####
キリャは一歩、また一歩と干からびつつある血の海を跨いで、ホームズの前へと進み出た。彼女のヴィクーニャの衣服の裾が、トゥパックの血を吸って黒く染まっていく。
「昨夜、私はこの部屋で、トゥパック様が『黒いキープ』を編み上げるのを見ていました。彼は、大洪水からこの都市を守るための祈祷を捧げているのだと、私は信じて疑わなかった。……ですが、彼の口から漏れた言葉は、あまりにも残酷な『選別の儀式』だったのです」
彼女は、祭壇の脇に転がっている、あの途中で切り裂かれた漆黒の植物繊維の紐を見つめた。
「トゥパック様は、インティワタナの質量を反転させ、別の位相へ逃れるためのパスワードを組み立てていた。しかし、その転移の領域に組み込まれていたのは、彼自身と、クスコから運ばれた『黄金の財宝』、そして一握りの人間の貴族だけだったのです。カパック様、あなたたち亜人の兵士や、水路を直すマイタ様、棚田を守るチカさん……このマチュピチュの土台を血と汗で築き上げてきた者たちは全員、この山とともに『大洪水の重し』としてここに捨て去られる運命だったのですよ!」
「な、何だと……!?」ウルコが激昂し、石割用ハンマーの柄をへし折らんばかりに握りしめた。
「あのジジイ、俺たちを捨て石にするつもりだったのか!」
「それだけではないわ!!」キリャの目が、怒りで激しく燃え上がった。
「トゥパック様は、私にこう命じたのです。『夜明けとともに門を開け、亜人たちの子供をまず第一の生贄として祭壇に捧げよ。地脈の怒りを鎮めるための、肉の重しが必要だ』と。
……その時、私の脳裏を過ったのは、この都市で懸命に生きる子供たちの笑顔でした。神の意志という名のもとに、これ以上の搾取を許してはならないと。私は、トゥパック様が背を向け、キープの最後の結び目を完了させようとしたその瞬間、胸元の銀のピンを引き抜き――彼の背後から、全体重をかけてその心臓へと突き立てました!。」
「それが、午前三時の第一の地鳴りの瞬間だったわけだね」
ホームズは静かにパイプの灰を床に落とした。その表情には、彼女の壮絶な独白に対する同情の色はなく、ただ冷徹に事件の「輪郭」をなぞる探偵の顔だけがあった。
「トゥパックは予期せぬ身内からの裏切りに、声をあげることもできずに即死した。あんたは彼の右手から黒いキープを奪い取り、ヴィラコの剃刀、あるいは何らかの刃物でその結び目を切り裂き、儀式の完全な発動を阻止した。……動機と殺害の瞬間については、あんたの言う通りだ。だが、キリャさん。問題はそこからだ」
ホームズは仕込み杖で、頑丈に作られた「門の内部」を指し示した。
「あんたが彼を殺害した時、部屋の門は開いていたはずだ。そうでなければ、あんたは中に入れないからね。だが、僕たちがウルコ親方のハンマーでこの門を打ち破った時、あの太い緑色花崗岩のかんぬきは、間違いなく『内側から』、しっかりと掛け金に嵌め込まれていた。あんたが外に出てからかんぬきを掛けたのなら、あんたは壁の隙間を通り抜ける霧でなければならない。だが、あんたの身体は、髪の毛一本通さないこの花崗岩の巨石の隙間を通るには、あまりにも豊満で、実体がある」
「ハハハ! そうだ、そうだ探偵!」マイタが脇腹の傷を押さえながら、狂ったように笑った。
「それができなきゃ、結局は神の奇跡か、あるいは幽霊の仕業ってことになるぜ! キリャ、お前はどうやってその『不可能な結び目』を完成させたんだ!?」
#### 3. 悪魔の幾何学、密室トリックの解体
キリャは沈黙した。彼女はただ、ホームズの目をじっと見つめ返している。その沈黙は、天才探偵への最後の挑戦状のようでもあった。
「ダ・ヴィンチ」ホームズが私を振り返った。「あんたなら、このマチュピチュの『建築幾何学』の、最大の秘密に気づいているはずだ。この都市の石積みが、何故インカの他の都市よりも、これほどまでに狂気的な精度を持っているのかを」
「……ああ!」
私は自分のノートに描き殴った神殿の平面図、そして先ほどなぞった壁の巨石の「噛み合わせ」の記憶を、脳内で急速に再構築した。
「そうか……! 『カミソリの刃一本通さない』というあの驚異的な精度は、石をただ積み上げたからではない! ホームズ、この神殿の壁は、静的な構造物ではなく、特定の力学的な応力を受けることで、わずかに『可動する』ように設計されているんだな!!!」
「その通りさ、ダビンチ!」
ホームズは、破壊された門扉の枠の、まさに「かんぬきが嵌まっていた部分」の石の表面を、指先で強く押し込んだ。すると、驚くべきことに、幅数十センチメートル、重さ数百キログラムはあるはずの巨大な花崗岩のブロックが、「ズズズ……」と、わずか数ミリメートルだけ、内側へと滑るように沈み込んだのだ。
「な、何だそれは!?」ウルコが驚きと信じられないと目を丸くした。
「俺はこの神殿の改修に関わってきたが、そんな仕掛けは知らねえぞ!」
「あんたたち石工は、水平の強度しか見ていなかったんだよ、ウルコ親方」ホームズは冷笑した。
「だが、この都市を設計した古代のエンジニアは、地震の激しい揺れを逃がすために、石と石の間に『遊び』を作り、特定の石を傾けることで、壁全体の重心を微調整する機構を組み込んでいた。そしてキリャさんは、長年トゥパックの仕え女としてこの部屋を掃除し、管理する中で、その『石の呼吸』を誰よりも熟知していたんだ」
ホームズはキリャの足元、先ほど彼が指摘した「白い花崗岩の結晶粉」がついていた床を仕込み杖で叩いた。
「トリックは驚くほどシンプルで、同時に大胆だ。キリャさん、あんたは午前三時にトゥパックを殺害した後、まずこの部屋の内部で、あの重いかんぬきを『最初から完璧に掛けた』んだよ」
「……え?」私は思わず声をあげた。
「かんぬきを内側から掛けたら、彼女自身も外に出られないじゃないか」
「いいや、出られるのさ、ダ・ヴィンチ。なぜなら、この門の横にある壁の巨石――これ自体が、特定の角度から圧力をかけることで、外側へと『回転する扉』として機能するからだ。彼女は、かんぬきを掛けた後、その隠し回転石を押し開けて外に出た。そして、外側からその石を元の位置へと戻したのさ。」
「だが、ホームズ」私は反論した。
「もしその回転石が戻されただけなら、僕たちが現場に来た時、その石をもう一度押せば、部屋の中へ入れたはずだ。ウルコ親方がハンマーで門を壊す必要はなかった。現に、今あんたが押した石は、数ミリしか動いていないじゃないか」
「そこが、彼女の計算の最も悪魔的な部分さ、ダ・ヴィンチ」
ホームズは、祭壇の裏側にある「水路の給水管」へと歩み寄った。そこからは、地熱で温められた温泉水が、微かに「チョロチョロ」と溢れ出ていた。
「彼女は外に出る直前、その回転石の『噛み合わせの隙間』に、ある一つの『物理的な楔』を打ち込んだ。それこそが、あんたの第一推理のヒントになった、山頂の極冷の『氷の破片』だ。彼女は、回転石の隙間に氷を詰め込み、外側から石を完全に閉鎖した。部屋の内部は摂氏三十度の高温だが、石の外部、マチュピチュの深夜の気温は零下に近い。隙間に詰め込まれた氷は、外気によって急速に再凍結し、巨石と巨石をコンクリートの数倍の強度で『溶接』してしまったんだ!」
私は、自分の脳内のパズルが、カチリと音を立てて完璧に噛み合うのを感じた。
「そうか……! 氷による石の溶接! だから、彼女が外に出た後、その壁はただの『動かない巨石の壁』へと変貌した。外からどれほど押しても、氷の摩擦抵抗によって石は一ミリも動かない。必然的に、内部への侵入経路は『かんぬきが掛かった正面の門』しか残されていないように錯覚させられる!」
「そして」ホームズはキリャを睨みつけた。「時間が経ち、夜が明けて僕たちがここに集まる頃には、部屋の内部からの地熱蒸気が壁の内部へと浸透し、その『氷の溶接』をじわじわと内側から融解させていった。僕たちが現場に到着し、ウルコ親方が正面の門をハンマーで叩き壊したまさにその瞬間……壁の隙間の氷は完全に水となって床の水路へ流れ去り、隠し扉のギミックは、何事もなかったかのように『ただの可動する石』へと戻っていたんだ。……キリャさん、あんたのモカシンのつま先に白い結晶粉がついていたのは、外側からその回転石を限界まで押し戻し、氷を詰め込んでいた瞬間の痕跡だよ!」
#### 4. 狂気と気高さの調和、真犯人の微笑
「パチ、パチ、パチ……」
静まり返った神殿の中に、乾いた拍手の音が響いた。ヴィラコだった。
ボロ布のマントを着た不気味な預言者が、狂ったように笑いながら拍手を送り続けている。
「見事だ、ロンドンの探偵。インカの数理と、大自然の温度差を組み合わせた、時間差の『氷の密室』。これほどの幾何学を、ただの仕え女が平然と実行してみせるとはね」
キリャは、長い沈黙の末、深く息を吐き出した。その表情からは、もはや一切の迷いが消え去っていた。
「ええ……その通りです。私は、トゥパック様を殺した後、あの方の呪術用の氷室から削り出した氷の塊を使い、壁を固定しました。すべては、この事件を『神の罰』に見せかけ、都市の混乱を煽るため。そして、カパック様たち亜人の兵士たちに、クスコの支配を覆すための『時間』を与えるためでした」
彼女はゆっくりとカパックの方を向き、その灰色の、鱗に覆われた大きな手を、自分の両手で優しく包み込んだ。
「カパック様……ごめんなさい。あなたを騙すような真似をして。でも、私はどうしても、あなたたちを見捨てて逃げることなんてできなかった。このマチュピチュは、私たちの家なのだから」
カパックは、巨大な顎をガチガチと震わせ、彼女の手を見つめていた。彼の目からは、大粒の涙が「ポロポロ」と溢れ落ち、トカゲの鱗を濡らしていく。
「キリャ……お前、お前は、俺たちのために……」
「ゴゴゴゴゴォォォォ――――ッ!!」
その時、これまでで最も凄まじい大激震が、天空都市マチュピチュの全域を襲った。
神殿の天井の中央を走っていた巨大な梁が「バリバリバリ!」と音を立てて真っ二つに裂け、数トンはある花崗岩の巨石が、祭壇のすぐ横へと轟音を立てて落下した。激しい土煙が部屋全体を覆い、台形の窓の外では、棚田の第一層が完全に崩落し、ウルバンバ川の濁流へと滑落していく光景が、ダーク・パープルの逆光の中に浮かび上がっていた。
「タイムアップだ、諸君!」私はノートを懐にねじ込み、叫んだ。
「地脈の質量反転が始まった! 密室の謎は解けたが、このままでは全員、この神殿の下敷きになって奈落の底へ真っ逆さまだぞ!」
「フム」ホームズは崩れゆく天井を見上げ、冷徹な笑みを浮かべた。
「謎は解けた。真犯人も判明した。ならば、僕たちのロンドンへの帰路を確保する、最後の『力学的脱出』を始めようじゃないか、ダ・ヴィンチ!」
崩壊する聖なる密室の中で、十人のエゴと、一人の女の哀しい決意が、マチュピチュの最後の夜明けの光の中に溶けていこうとしていた。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
この作品を読んでくださる方がいていただけて、とても、うれしくありがとうございます。頑張って新しいアイデアを入れ込んでいきますので、よろしくお願いします。
天空都市のコーデックス:マチュピチュ殺人事件残り1話となりました。
お付き合いいただきありがとうございます




