第8話 王の影を踏みし者
密林を抜けると、開けた空間に出た。
まるでその部分だけ円形の型でくり抜かれた様な、不自然な場所。異様な空気が立ち込める。
そして、ここが最終防衛ラインとでも言う様に――――
「グガアアアアアアッツ――――!!!!!」
ゴブリン共の集団が、雄叫びを上げていた。
その気迫に気圧され、茂宮は一歩二歩と後退。
「おいっ、何匹いるんだよっコレっ!!」
腰に付けた拳銃に、震える手で指を掛ける。
緑の集団の、更に向こう側――――
「ブルルルルルゥゥゥッ……」
でっぷりと肥え太った、巨大な体躯。
ごつごつと岩の様な体表に、下顎から伸びる2本の牙。
切り株で作ったであろう玉座に、踏ん反り返りながら。
奴らの王は、そこに居た。
「……あれがボスだな」
ゴブリンキング。
読んで字の如く、ゴブリン共の王だ。
キングは他のゴブリンに比べ、パワー、ディフェンス、共に桁違い。
素手で地割れを生み、岩石の如く硬い表皮は、並大抵の武器を寄せ付けない。
まさにダンジョンのボスを冠するに相応しい。
キングと目線が交わる。
「ブルゥ……!」
どうやら、鼻で笑われた様だ。
玉座から動く気配は無い。
自らが手を下すまでもないという事か。
キングの膝元には、何やら装飾をまとったゴブリンが一匹。
「グギ……グギ……グギッ……グギッ……」
木目調の仮面を被り、首元には数珠のネックレス。
右手に杖を握りしめ、こちらの出方を窺っている。
管理者だ。
「やはりボスの近くに引っ付いていたな……金魚の糞め」
奴らは他のモンスター共と比べ、知性が高い。
中には魔法も扱う個体もいる。
管理者は何やら印を結び、ぼそぼそと呪文を唱え始める。
「――――■◇○、●●△□●×――――!!」
聞き馴染みのない詠唱が終わると、前線のゴブリン集団が淡い光に包まれた。
「グギイイイッツ!!!!!!」
ゴブリンの肉体がメキメキと音を立て、一回り大きくなる。
肉体活性――――
中級のバフ魔法だ。
震える茂宮。
「御剣っ、流石にやべぇぞコレっ!! さ、作戦はっ!?」
今にも泣きだしそうな視線を受けながら、俺は一言。
「全員殺す、ただそれだけだ――――!」
跳躍。
短刀を構え、ゴブリンの集団へと突っ込む。
ここまで来たら、小細工など無意味――――
「はああああああっつ!!」
信じられるは己が動体視力と、実戦経験のみ。
刀を振るう。
ゴブリン共を、斬り刻む。
「グギャアアアアアアッツ!!」
斬られた傍から、ゴブリンは肉塊へと変貌する。
屍の山がひとつ、またひとつと積み上がる。
「グギッ、グギイイイイッツ!!!!」
多勢に無勢だと思い込んでいるからか。
どれだけ仲間が斬られようと、奴らは馬鹿の一つ覚えみたく突進してくる。
連携も何も、あったもんじゃない。
単調な動き。
あまりにも、退屈だ。
「バフを掛けるんだったら、身体じゃなくて脳ミソの方にしとくんだったな!」
戦闘開始から、わずか数分。
あれだけいたゴブリン共は、あっと言う間に最後の一匹になっていた。
「グギッ、グギイイイイッツ――――!!??」
ようやく状況を悟ったのか。
残された一匹は戦意を喪失し、無様にキングの元へと逃げ出した。
「グギッ、グギッ、グギイイイッツ!!!!」
助けを乞うているのだろう。
身振り手振りで、必死にキングを説得するゴブリン。
「ブルゥッ……………………」
キングは重い腰を上げ、その場に立ち上がる。
「グギッ――――!?」
地響き。
キングが右手を、地面へと叩きつけた。
「ブルゥ……………………」
右手を開けると、潰されたゴブリンが血の糸を引く。
ゴブリン集団が、ここに堕ちた。
「逃げ帰るのは許さない、ってか? 泣ける主従関係じゃねぇか……ククッ!」
目の前に立ちはだかる、ゴブリンキング。
全長、目測2メートル。
太く寸胴な肉体、さながら不動の山。
「ブルアアアアアアアアアッツ――――!!!!!」
唸り声と共に、振り落とされる鉄拳。
砂塵が舞う中で、それでも俺は微動だにしない。
「御剣ぃぃぃぃぃっ――――!!!!」
茂宮の叫びが木霊する。
ゴブリンキングは、勝利を確信した。
だが――――
「ブルッ?」
吹き飛んだのは、王の腕の方だった。
「ブルッ、ブッ……グッ……ブガアアアアアアアッツ!!!!」
右肩を根元からごっそりと、一刀両断。
宙を舞った腕はそのまま落下し、ズズンと大きな衝撃が響き渡った。
「ブガアアアアアアアアッツ!!!!!」
跪く王。
短い政権だったな。
「じゃ、死んどけ」
丸太の様な太い首へと目掛け、短刀を振り落とす。
肉の間へと、スッと刃が通る感覚。
まるで発泡スチロールにカッターナイフを通す様な、そんな感覚だ。
首を失った胴体が地面に倒れ、地響きを起こす。
キングが倒れたことを確認し、駆け寄る茂宮。
「おっ、おい……!! 終わった………のか……?」
「あっけないもんだったな」
茂宮の顔に、光が灯る。
「うっそだろ! すげぇぞ御剣っ!! そんなナイフ一本で、あのデカ物をのしちまうなんて……!! どんな力してんだよぉ、お前っ!!」
はしゃぐ茂宮に、種明かしの時間だ。
「これはただのナイフじゃないからな。【魔道具】なんだよ」
妖刀血狂――――
斬れば斬る程に切れ味が増して行く、呪いの短刀。
血を吸うごとに、その刃は研ぎ澄まされ、練度が上がって行く。
「俺が毒を利用するのは、こいつの火力を上げるためだ。ダンジョン攻略の初っ端は、それこそ果物ナイフレベルの性能しか持たないが…… モンスターを斬るごとに、こいつの火力は上がって行く」
「……ってのは、つまりはあれか? 殺傷能力の低い序盤の戦闘を、毒で補ってるって事なのか?」
「理解が早いな。ああ、その通りだ。覚えてないか? ここに来るまでの間……特に終盤戦。ゴブリン共は、いったいどうやって死んでいた?」
「どうやってって……」
茂宮は後ろを見る。
地面にゴロゴロと転がった、ゴブリン共の肉の破片を見つめながら、息を呑む。
「…………バラバラに、なってやがるな」
「毒を使ってたのは、最初の数戦だけだ。後半の戦闘は、全てこいつの切れ味に頼った戦いだった。極限まで研ぎ澄まされた、こいつの火力は凄まじい。それこそ――――」
俺は足元に転がる王の右腕を、爪先で踏みつける。
「ダンジョンボスであろうと、余裕でその肉を断ち切る程にな」
「魔道具、それでか……」
呆気にとられる茂宮。
呆け面から僅かして、ハッと正気に戻る。
「それはそうと、御剣! ボスを倒したって事は……俺たち現実世界に戻れるんだよな!!」
「ああ。だがダンジョン消滅までには、もうしばらく時間がある。その間に、最後の仕上げをしておかないとな」
俺はゆっくりと歩を進め、立ち塞がった。
腰を抜かしながら打ち震える、管理者の目の前へと。
――――用語一覧――――
【魔道具】
様々な付帯効果を保有する、武器、防具、アクセサリー等の装備品の総称。
踏破型のダンジョンで見つかる宝箱や、一部レアモンスター討伐時に、稀にドロップする事がある。
魔道具を使いこなせば、スキルを保有していない人間でもモンスターと同等に戦う事が可能となる為、特に公安からはその存在を重要視されている。




