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第7話 静かなる殺意

 ――この時の光景を、茂宮しげみやは後になっても忘れられない。


 血の海に沈んだゴブリン共を見つめ、茂宮は目を細めた。


「うえっ! こいつはひでぇ……!」


 口元を手で覆い、嗚咽おえつを漏らす。


「御剣ぃ、おめぇいったい何したんだ? 俺も仕事柄、死体は見慣れてるけどよ……ここまでのもんは中々お目に掛かれねぇぞ……!」


「……刀身に毒をまとわせて斬り付けた。傷口から侵入した毒素で、肉が膨張、撹拌かくはん、破裂。筋繊維が破壊され、中から大量の血液が――」


「だーーーーっ!! もういい!! 誰がそんな詳しく説明しろって言ったよ! 想像しちまうじゃねぇか、気色わりぃ!」


 動揺する茂宮を尻目に、俺はゴブリンの死体の前へしゃがみ込む。

 右手に手刀しゅとうを作り、そのまま肉へ突き立てた。


 ズブり――


 胸の中心へ手首まで差し込み、心臓を鷲掴わしづかみにして引き上げる。


「おいっ、何やってる御剣ぃ!! うっ……うええぇっ……!」


 茂宮はえづきながら顔を背ける。

 一方俺は、取り出した心臓を眺め、弾力を確かめた。


「毒の効き目を確かめるなら、これが一番手っ取り早い。心臓が毒に侵されると緑の斑点はんてんが浮く。弾力もやわい。筋肉がしっかり破壊されてる証拠だ」


 こういう確認作業は、もう何百回と繰り返してきた。

 俺にとっては歯磨きと同じくらい日常だ。


「もうくたばってんだから、わざわざそんな事確認する必要ねぇだろうが!! おええっ!!」


 涙目の茂宮。

 公安の少佐のくせに、随分と情けない。


「このダンジョンのモンスターに毒がどれだけ通用するか、事前に知っておく必要があるだろ? 目の前に便利なサンプルがあるんだ。利用しない手はない」


 心臓を投げ捨て、立ち上がる。


 短刀を取り出し、付着した毒液を指で掬い、親指と擦り合わせる。

 指を広げると、薄緑の糸がねちゃりと伸びた。


「モンスターって言っても、強靭きょうじんなのは外側だけ。中はもろい」


 単純明快。


 視界を奪いたければ眼を潰す。

 苦痛を与えたければ舌を切る。

 恐怖を刻みたければ気道を塞ぐ。


 そして――

 命を奪いたければ、毒を盛る。


「覚えとけ茂宮。モンスターを壊すのなんて、案外簡単なんだぞ?」


 茂宮は俺の指を見つめ、顔を引きつらせる。


「……じかで触って大丈夫なのかよ、それ? 毒なんだろ?」


「モンスターに有害な毒が、俺たちに有害とは限らない。今日持ってきたのは人体には一切影響がない毒だ」


 そう言って、俺は指先を口に運ぶ。


 ぺろり。


「おいっ!! バカっ!! 何やってんだおめぇっ!!!!」


「こうして見せた方が信用しやすいだろ? どうだ茂宮、アンタも触ってみるか?」


「――――っつ、アホかっ!! 一人で勝手にやってろ!!」


 後ずさりする茂宮。

 まあ、抵抗があるのは当然だ。


 毒の選定は命懸け。

 人体に無害か、有害か。

 モンスターにどれほど効くか。


 図鑑にもネットにも答えはない。

 全て、自分の手で確かめるしかない。


 だから毒を使う探索者は極端に少ない。


「さて、先に進むかね」


 胸部が肥大化したゴブリンの屍を踏み分け、俺たちは密林の奥へ進む。


 ◆


 歩き始めて一時間ほど。

 ゴブリンとの遭遇も増えてきた。


「ハアアアッ――――!!」


「グギャアアアアッツ!!」


 短刀を振り下ろすと、ゴブリンは左右に真っ二つ。

 肉塊が地面に転がる。


「これで三十匹ってところか……そろそろ温まってきたな」


 返り血を浴びた短刀が、キラリと輝く。


 茂宮は汗を拭いながら、呆れたように笑った。


「しっかしまあ、よくもそんなナイフ一本でそこまで戦えるもんだ。これなら本当にボスを討伐できるかもしれねぇな!」


 煙草に火をつけ、ほっと息を吐く茂宮。


「最初に御剣の装備を見た時は絶望したけどよ……スキル無し、軽装備。どうなる事かと思ったが……」


 煙を吐き、歯を見せて笑う。


「探索者ってのは、やっぱ俺らとは次元がちげぇな! モンスター討伐のプロって感じだ!」


「…………別に、そんな大したもんじゃない」


「おいおい、謙遜けんそんすんなって! 俺が人をほめるなんて滅多にねぇんだぜ? ははっ!」


 謙遜ではない。

 俺はただ、人より長くダンジョンにこもっていただけだ。


「買い被り過ぎだ、茂宮。ダンジョンに挑むのは戦闘部隊やギルドって固定観念があるだけで、実際は素人でもなんとかなる。俺が初めてモンスターをったのも、ガキの頃だったしな」


「……ガキって…………幾つよ?」


 朱里あかりの笑顔が、一瞬脳裏に浮かんだ。


(ここの)つの時だったかな」


 茂宮は煙草を落とし、目を見開く。


「…………御剣。おめぇ、ほんとなにもんだよ……?」


 ◆


 さらに数十分。

 ゴブリンの気配が消え、不気味な静寂が広がる。


「茂宮。ガキの頃、ありを潰して遊んだことはあるか?」


「蟻ぃ? 何だよ急に。ねぇよ、そんなもん!」


「……俺は、よく潰してたけどな。子供ってのは残酷だ。遊び感覚で命を摘む」


 あの頃から、俺は何も変わっていない。


 返り血を拭いながら、茂宮に言う。


「ゴブリンも蟻と同じだ。全滅させたけりゃ、巣を破壊するのが手っ取り早い。徹底的に、潰さなくちゃなあ……!」


 血で輝く刀身を眺め、短刀を強く握りしめる。


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