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第55話 取り戻した日常

 病院での退屈な毎日を終え、ようやく日常が戻って来た。

 特段不自由のない生活だったが、辛かったのは甘味制限だ。


『御剣さん! またこんなに甘いものを持ち込んで……! 怪我人なんですから、少しは自重して下さい!!』


 そう言い残し、机の上に置かれたスイーツを没収するナース。

 別に食に深い拘りはないが、甘味類だけは別だ。


 唯一の楽しみが奪われた俺は、抜け殻の様な日々を送った。

 苦痛の検査入院から数週間――


「さてさて、久しぶりの豪遊と行きますか……!」


 ボロアパートの床に並べたるは、数多の尖兵たち。

 今日は駄菓子にターゲットを絞って買い込んだ。


「先ず最初は……お前だ!」


 開封するは、たけ○この里。

 サクッとしたビスケットに、チョコレートが絶妙に絡まる珠玉の一品。これ単体で触感、味ともに完結している――まさに天から給いし造形美。


「ま、ただの企業努力なんだがな」


 ちなみに、きの○の山も普通に好きだ。

 例の論争に興味は無い。


「お次は、と」


 一口サイズに慣れて来ると、ボリューム感のある物が恋しくなる。

 固い食感が続いたため、柔らかな感触が好ましい。


 俺の選んだ最適解、それは――


「チョ○パイ……これぞチョコ菓子の至宝……!」


 頬張ると、口いっぱいに広がる多幸感。

 最初はスポンジのふわっとしたしっとり感。それが徐々にチョコ&クリームと溶け合い、滑らかな口当たりへと変化する。


 ――変幻自在、これぞくちどけの魔術師。


「まだまだ行くぞ」


 柔らか食感の次は、再び固めの商品に戻って来る。無限ループ。

 ぺりぺりと蓋を開けて銀袋を取り出し、中身とご対面だ。


「一本ずつか、まとめて食うか……悩ましい。実に悩ましい」


 と言いつつも、五本まとめて唇に加える。


 ポッ○ー(極細)をちまちま食うのは性に合わない。束にして口内に突っ込み、細かく砕きながら咀嚼する。その名の通り、ポキポキとした音が脳に響いて、やみつきになる。


 チョコをチョコで上塗りし、口内をチョコで満たし尽くす――


「あぁ……この瞬間だけは、生きてるって実感できるな……」




 そんな俺の様子を、一歩引いた場所から見つめる女がいた。

 唇が若干ひくついている。口寂しいのだろうか?


「――食べますか?」


「……いえ、結構です。見ているだけで胸焼けしそうですので」


 俺の問いかけにしかめっ面を浮かべながら、眼鏡を掛け直した彼女。

 公安一課所属、あおい 優香ゆうか――茂宮直属の部下の一人だ。


「御剣さん。非合理的なカロリー摂取はそれぐらいにして。そろそろ本題に入らせてもらってもよろしいでしょうか?」


「……ふぁい?」


 ポ○キーを咥えながらの返答になったため、間の抜けた声が出た。

 みるみるうちに、葵の目線が冷めて行く。


 葵はコホンとひとつ咳ばらいをし、用件を伝え始めた。


「渋谷でのレッドゲート発生から、はや一ヶ月。御剣さんの情報は未だ秘匿されておりますが、既にギルド上層部では噂になりつつあります。『レッドゲートのボスをたった一人で討伐したD級探索者――化け物がいる』とね」


「化け物、ね……」


 公安は今回の一件に対し、かん口令を敷いた。

 ボスは藤堂が単独で討伐し、ゲートは閉じたとされている。それが世間での一般常識。真実を知るのは、あの日ダンジョンに潜った探索者と執行部隊。それに公安の一部人間のみ。


「公安は随分と市民への隠し事が多いんですね。マザーゲートに転移装置、それに今回の事も。メディアまで操って、正直どうかと思いますけど……」


「我々の目的は無用な混乱を避ける事。情報は必要な人間にだけ開示されていれば良い。それが最も合理的なんですよ」


「合理的ねぇ……」


 公安内部でも、情報の格差はある。

 全てを知るのは、それこそ組織のトップぐらいのものだろうか。


「それで? 葵さんは俺にいったい何の用ですか? 退院したばかりなんですから、一人でゆっくりしたい所なんですが……」


「貴方は要監視対象です。魔眼の事もそうですが、何よりもその実力。……正直、D級と言うのは無理がありますよ。流石に」


 探索者のランク付けは、スキルの有無に依存する部分が大きい。

 無能力者の俺は、必然的にランクが低く設定された。


(ぶっちゃけライセンスが欲しかっただけだから、ランクなんて気にしたことが無いんだがな……)


 俺の腹の内を知ってか知らずか、葵は説明を続けた。


「少なく見積もってもA級、若しくは【準S級】相当です。そんな人材が、はぐれ探索者としてほっつき歩いてるこの状況。ギルドの人間がいつ干渉してくるか分かりませんから。当面は見張りを付けさせてもらいます」


「はぁ……」


 見張りは別に良いのだが、何も部屋の中にまで入って来ることは無いだろう。これじゃあプライベートも糞も無い。


(まあいい。だったら俺も、公安を利用させて貰うとするか)


 右目に宿った異能――翠玉の魔眼。

 レッドゲートから帰還して、俺はまだ一度もこの力を使用していない。


 ネクロマンサーとの戦闘時、不意に激痛に襲われた。

 結局あれが何だったのかは不明なまま。



 先ずは知らなくては。

 この力の、特性を――



 その為には、先達者に聞くのが一番だ。


(人類最古の魔眼ホルダー。せっかく大先輩が身近にいるんだ、この機を逃す手は無いな)


 俺は菓子をたいらげた後、公安本庁へ向かう事を決めたのだった。

 ――――用語一覧――――


【準S級】

 実力的にはS級相当ではあるが、国際的な事情を鑑みて、正式にはS級認定されない探索者たちを指す。準S級と言うのは公的なランク区分としては存在せず、A級と一括りにされるのが一般的。

 S級探索者の誕生は、世界各国とのパワーバランスに多大な影響を及ぼす。S級になる為には、達成せねばならない幾つもの条件がある。単純な実力だけでは到達できない領域である。

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