第54話 変わり行く世界
ダンジョンの崩落が始まった。
藤堂はすでにボスを討伐していたらしい。
さすがはS級探索者だ。
「……終わったな」
戦闘の昂揚が引いていくと同時に、鋭い痛みが一気に戻ってきた。
班目に刻まれた傷は悪化し、血が滴り落ちるたびに、体温が奪われていく。
「……クソッ……」
出血多量による眩暈。
膝が折れ、冷たい地面へと倒れ込んだ。
頬に触れる冷気が、妙に寒い。
意識が薄れていく中、頭の奥で声が乱れ飛んだ。
《――ますか! 別動隊の――!! 返事を――!! 何で繋がら――アホッ!! 藤堂はん――急いで――!!》
《畝本! 通信が戻ったぞ!》
《千堂さん……畝本さん……! 御剣が……御剣がっ……! おい……聞こえるか、御剣っ……!! 返事を……しろおっ……!!》
《木羽、何があった! 皆は無事なのか! 待っておれ、今向かっておるぞ!!》
《千里眼を飛ばす! 藤堂、最短ルートを割り出すぞ! 急げ!!》
声が重なり、混ざり、遠ざかり――
俺の意識はぷつりと途切れた。
――――
「ここは……」
目が覚めると、見知らぬ天井があった。
倦怠感の中で体を動かすと、ベッドの軋む音が響く。
「……医務室、か?」
周りを見渡すと、通りかかったナースが俺を見て目を丸くし、駆け寄ってきた。
「御剣さん! 良かった、目が覚めたんですね!」
「……何がどうなったんですか? 俺は、どうしてここに……」
「御剣さん、ダンジョンを攻略してたんですよね? 渋谷の道路でボロボロの状態で倒れていたところを、ギルドの方々が運んでくださったんです」
「……そう、だったんですか」
ダンジョンは崩落すると同時に、内部の死者を消し去る。
外に排出されたという事は、紙一重で生き延びたという事だ。
(あの傷で、よく生きていたものだ……)
班目から受けたナイフだけならまだしも、あの後はネクロマンサーとの連戦。傷は開き、致命傷だったはずだ。
運が良かった――そうとしか思えないな。
「あれから、どれくらい経ったんですか……?」
「丸二日です。出血が酷くて……正直、もう駄目だと思ってました。まさか本当に目覚めるなんて……やっぱり凄いんですね、スキルの力って」
「……スキル?」
何を言っているのかいまいち分からなかったが、俺は考えるのを止めた。
まだ頭が上手く回らない。思考が億劫だ。
「では御剣さん、検査入院であと数日は安静にしていてくださいね。あっ――」
グウウウウウウゥ――
盛大に腹の虫が鳴り、ナースがくすりと笑う。
「お腹、空いてますよね? すぐにお食事を用意しますからね!」
そう言い残し、姿を消した。
ナースが去り、手持ち無沙汰になった俺はテレビをつけた。
ニュース番組に映ったのは――見知った顔。
『今回のニュースステーションでは、帝国ギルドのS級探索者、藤堂 巌さん。そして征伐ギルドからはA級探索者の千堂 武蔵さんをお招きしております!』
藤堂と千堂がキャスターと並んで座っている。
『早速ですが藤堂さん! 先日渋谷で発生したレッドゲートについてお聞かせください。ゲート発生からわずか三日! 鮮やかな攻略戦でしたね!』
『共に戦ってくれた同志たちのお陰じゃよ。レッドゲートと言う魔境に、みな果敢に挑んでくれた。感謝の念に尽きんわい。……犠牲者が出てしまったのは辛い所じゃがな』
痛ましく目を瞑る藤堂につられ、キャスターの表情も曇る。
『そうですね……攻略戦で命を落とした十五名の探索者には、改めて哀悼の意を捧げたいと思います……』
キャスターの言葉と共に、スタジオが一時静まり返る。
『S級などと言うけったいな称号を賜っておりますが、儂もまだまだ未熟ですな……』
『おいおい、藤堂! ボス討伐の功労者が、そんな顔してどうする! 前回のレッドゲートでは三十人以上の犠牲が出たんだ。被害を抑えられたのは、間違いなくお前さんの功績だろ!』
千堂の言葉を受け、キャスターの顔にも笑顔が戻る。
『ボスと言えば、今回の相手は巨大な龍だったそうですね……! 藤堂さんの戦いぶりは、まさに鬼神の如くだったと伺っておりますよ!』
『皆のサポートあってこそよ。征伐ギルドと龍神ギルドのダブルエースを引っ張って来ておったのじゃから、無様な戦いは見せられんわい!』
『――フッ。S級様のお褒めに預かり、光栄だよ』
時折湿っぽくなりながらも、基本はにぎやかに進行する。
だが俺はそのやり取りに、若干の違和感を覚えた。
あのダンジョンにボスは二匹いた――しかし、ネクロマンサーの存在は一切触れられていない。
(……意図的に、隠されている?)
『藤堂さん、千堂さん、ありがとうございました! 私たち市民の平和はこうして守られているのだと思うと――』
番組の途中で、突然テレビが切れた。
ベッド横に人の気配。振り向くと、そこに立っていた男は――
「病み上がりなんですから、大人しくしていた方が賢明ですよ。御剣さん」
「……灰原さん!」
灰原はリモコンを近くのテーブルに置くと、薄い笑みを浮かべた。
「灰原さん……生きてたんですね……! 良かったです、本当に……」
「御剣さんこそ、ご無事で何よりです。どうやらお互い死に損なったようですね。また会えて嬉しいですよ」
灰原からわずかに遅れて、二人の影が続く。
「気が付いたかね、御剣君」
「いよぉ御剣! レッドゲートでも大活躍だったんだって? おめぇはほんと、底知れねぇ奴だよ!」
「桐生さん、茂宮……!」
更にその後ろに続く、毒島と木羽。
毒島は俺の姿を見るや否や、ベッドに飛び込んで来た。
「生きてる、動いてるっ!! 良かったよぉ、一真っち~!」
「御剣っ……! よく……帰って来てくれた……! 一緒に向かった奴らは、全滅だったって聞いて…… クソっ! 俺に力が足りなかったばっかりに、すまねぇ……」
涙を流す二人の姿に、俺の心は安らいだ。
――こんな俺の命でも、誰かが泣いてくれる。
それは俺にとって、救いだった。
木羽は鼻を啜りながら、灰原に向き直る。
「灰原も、よく無事だったぜ……!」
「そうそう、流石は執行部隊の統括って感じ♥ ってか原っちが死んでるとこなんて、逆に想像できないって!」
「……ハハハ。まあ僕自身、部隊と別れてからの記憶は曖昧でして。結局ネクロマンサーを行かせてしまいました。力及ばず、申し訳ありません……」
「何言ってんのさ! そんな事言ったら、きららだって途中からほとんど記憶ないしね♥」
毒島が笑って肩を叩く。
――そう言えば。
俺が致命傷を負ったように、毒島も木羽も重傷だったはずだ。
だが今はぴんぴんしている。
ナースの話では、まだあの戦いから二日しか経っていないのに。
“Hi Mr. Mitsurugi.”
突如、流暢な英語が室内に響く。
金髪の女性が壁にもたれ、手を振っていた。
(誰だ……?)
俺の疑問を読み取ったのだろう。
桐生が女の元まで歩み寄って、手のひらをかざした。
「紹介しよう。世界でただ一人のS級ヒーラー、エブリン・パトリシアだ。合衆国へ要請して急遽来日してもらった」
桐生の紹介と共に、投げキッスを飛ばすエブリン。
「S級ヒーラー! そんな人が、いるんですか……!」
探索者の中でもヒーラーは重宝される。
ましてやS級など、言うに及ばずだ。
「君の傷は一刻を争う物だったからね。私が大統領に掛け合って、彼女を一時的に貸し出してもらった」
「……大統領って。俺の傷を治す為に、そんな事まで……!」
先程から話のスケールがおかしい。
いったい何が起きているんだ?
(ナースが言ってたスキルがどうのってのはこの事か……! 毒島と木羽も、彼女の治療を受けたんだな)
無理やり納得はしたが、続く疑問。
「……アメリカの探索者ですよね? 彼女は日本までどうやって来たんですか……? まさか、プライベートジェットとかで……?」
俺の疑問に、きょとんとする桐生。
一拍おいて、肩を震わせて笑い始めた。
「ジェット機か……それでは少し遅いかな」
「転移装置だよ、一真っち! アメリカと日本を繋ぐ、転移装置! 公安本庁にある魔道具。これを使えば、大陸間の移動も一瞬ね♥ 滅多な事じゃ使わないんだよ~!」
「……転移装置って……公安はそんな物まで持ってるのか……!」
毒島の返答を受けて、とりあえずの疑問は解消した。
マザーゲートの一件と言い、公にされていない事実が多すぎるな。
“I’m really glad to see you woke up safely. But you need to stay completely still for a while, okay? You promised your big sister.”
エブリンはニッコリと笑いながら、自らを親指で指差す。
当たり前だが、ごりっごりのネイティブ英語。聞き取れる筈も無い。
「……彼女はなんて?」
「『当分はベッドの上にいなさい』だそうだ」
肩を竦める桐生を残して、エブリンは部屋を去って行った。
桐生は改めて俺の元まで近づくと、手を差し出した。
「レッドゲートの攻略、お疲れ様。君は自らの価値を証明した。おめでとう――そしてようこそ……こちら側へ」
桐生の左目に浮かぶ六芒星。
その瞳に呼応するように、俺の右目がひとつ脈動した。
公安一同が退出する間際、机の上に置かれた白い封筒が目に入った。
「この手紙は?」
「さて、私たちの物ではないよ。誰が置いていったのかな?」
封を開け確認する。
「神代……!」
差出人はエリス・神代。
手紙の内容は簡素なものだった。
俺の身を案じる一文。
そして神代は故郷――ドイツへ行くとの報せ。
『私は世界を巡り、己を見つめ直す。更なる高みを目指すために。御剣よ。互いに武を磨き、必ずまた会おう』
らしい奴だ。
手紙を封筒に戻し、机に置く。
ベッドに身を任せ目を瞑ると、次第に微睡がやって来る。
考えるべきことは多々あるが――今はただ、この睡魔に身を任せていたかった。
これにて第二章完結となります。読んで頂きありがとうございました。
ストックが無くなってしまったので今後は不定期更新となりますが、どうぞよろしくお願いいたします。




