第53話 血狂い
ゴブリンキングの巨体が、ネクロマンサーを包む棘の繭へと覆いかぶさった。
無数の棘がキングの肉体を容赦なく貫く――だが。
「ブガアアアアアアアッ!!」
構わないな、そんな事。
撤退の二文字など、はなっから存在しない。
死ぬまで抗え。闘い抜け。
「……って、もう死んでんだったなぁ? ククッ」
ついには限界を超えたのだろう。
キングは白目を剥いたまま崩れ落ち、塵となって消えた。
引き裂かれたマントの裂け目から、ネクロマンサーがゆらりと顔を覗かせる。
「■■、■■、■……!」
錫杖は奪った。
土人形も制圧した。
頼みのマントも引き裂き、もう防御機能は残っていない。
さあ、万事休すか――死神野郎?
「んじゃ次、行くか……!」
冥界より、さらなる魂を呼び寄せる。
円環状に並ぶ漆黒の靄から、エルフの軍勢が姿を現し、リザードマンの近接隊が地を踏み鳴らす。そして――
「ぐっ……うっ……! があっ!!」
召喚の最中、右目に激痛が走った。
鼻下に触れると、血がぽたぽたと滴り落ちている。
(なんだ……これは……?)
視界が揺れ、吐き気が込み上げる。
脳をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたような感覚。足元が覚束ない。
(……力の、代償……か?)
右眼に宿った魔眼。
目覚めたばかりこの異能は、どうやらそう都合の良い代物ではないらしい。
これ以上の行使は危険だと、直感的に悟った。
「まあいい。役者は揃ったからな……!」
エルフが一斉に弓を構え、リザードマンが威嚇の咆哮を上げる。
戦況は常に多対一。数で圧殺する。
ネクロマンサーは両手のひらを合わせ、低く呪文を唱え始めた。
「■■■■■■■■■■……!」
青白い魂魄が、手のひらから漏れ出て宙を漂う。
濃密な死臭が場に満ちて行く。
背筋が寒い。
唱え終えた瞬間、背後で蠢く気配があった。
それは先程、トレントの根で全身の骨を折り、殺したはずの男。
奇声を上げながら、こちらを睨み付ける。
「アァァ……アア、ア……ア……!」
――班目が、ゆっくりと立ち上がった。
いや、よく見れば班目だけではない。
柏木、そして黎明ギルドの団員たち。
炎龍使いの男と、その相棒の女までも。
死んだ人間たちの肉体が次々と修復され、立ち上がる。
歪に絡み合った肉同士が、遠目でも分かるほどに、はっきりと脈動していた。
「悪趣味が……ネクロマンサーの面目躍如だな……!」
合わせていた手のひらを広げ、こちらにお辞儀をするネクロマンサー。
数的有利を覆し、これでイーブンだとでも言いたげだ。
こちらが冥界の魂を使役するならば、奴は死者を操り対抗する。
攻め手は全て潰したと思っていたが、まだこんな隠し玉を持っていたとはな。
「――で? それだけか?」
コイツは死霊使いだ。
いよいよとなったら、班目たちの死体に手を出すことなど読めていた。
だから俺は――先手を打っておいた。
グジュ……
紅いスライムが、班目たちの足元から這い出る。
班目たちを殺した後、スライムを分散させ、足元へと潜ませていた。
ネクロマンサーがこいつらに干渉した瞬間、主導権を奪い返せるように。
グジュ……グジュ……
瞬く間に皮膚を覆い尽くし、内部へと侵入。
班目たちは、すぐさま俺のマリオネットに早変わりだ。
「寄生先をわざわざ作ってくれてありがとよ! ハッハッハッハッハァ!!」
忘れもしない。神代たちと潜った、あの忌々しいダンジョン。
新宿イエローゲートのボス――寄生スライム。
ネクロマンサーに直接寄生するのは難しい。
だが、奴の伏兵を操るならば話は別。スライムはそこで真価を発揮する。
「これで形勢逆転だなあ、死神野郎?」
「■■、■■■、■■、■■――!!!!」
エルフとリザードマンの混成部隊に、寄生スライム。
図らずも、新宿ダンジョンと同じ構図が再現される。
あの時は翻弄された――が、今は違う。
俺が戦いの全てを掌握する。
「殺せ!!」
複雑な命令は必要ない。ただ殺す、それだけだ。
炎龍がネクロマンサーを巻き込み、炎の渦が立ち上る。
そこへ真空波が一直線に走り、炎を断ち割った。
俺について来てしまったばかりに命を落とした、二人の探索者。
黎明ギルドとのいざこざに巻き込んでしまった。
(……奴は必ず倒す。だから、今は力を貸してくれ……!)
マントを失った今、ネクロマンサーを守るものは何もない。
エルフの一斉掃射。
降り注ぐ弓矢の嵐。
煤で汚れたネクロマンサーの骨肉に、矢が突き刺さる。
リザードマンが突撃し、黎明ギルドも後ろに続く。
柏木の斧がネクロマンサーの頭部に直撃した。
「■■、■■■、■■■■――!!」
よろめくが、致命傷には程遠い。
硬い。まさに鉄壁の防御力。
並大抵の刃では、奴を殺し切ることは出来ない。
俺は腰に括った短刀に手を伸ばした。
「仕上げだ。行くか、相棒……!」
妖刀血狂を握りしめ、地を蹴る。
後方に控えさせていた、黎明ギルドの末端どもを見据える。
碌なスキルも持たず、戦力の低いこいつらは、この戦闘に耐えられない。
故に、使い道はただ一つ。
「てめぇらは血狂の餌として、利用させてもらおうか!!」
団員どもを次々と斬り倒し、切れ味を上げる。
斬れば斬る程に輝きを増して行く――呪いの短刀。
「アァァ――アア、ア――!!!!」
出力を上げろ。極限まで研ぎ澄ませ。
全てを断ち切る刃に育つまで。
その穢れた血を、吸い尽くせ。
「■■、■■■、■■――!」
モンスターとスキルが交差する戦場。
ネクロマンサーの意識は今、前方引き付けられている。
死角から後方へと回り込む。
血狂の最高火力――全身全霊の一撃を、叩き込む。
「とどめだ――!」
刃を振りかざした、刹那。
ネクロマンサーの頭部が――反転した。
「コイツ……! 気付いて……!」
その顔が、にやりと笑ったように見えた。
破れたマントが螺旋状に組み上がり、ねじれた槍が生成される。
槍を手に取り、ネクロマンサーが振りかぶる。
「■■、■■■、■■■■――!!!!」
突き出される一閃。
そのまま俺の心臓を貫いた――ように見えた。
だが――
「■■■、■■、■■――!?」
俺の姿は霧散し、疾く消える。
同時にか細い笑い声が重なった。
「ピィィィ……!」
鎖で繋がれたフェアリーが小馬鹿にするように、ネクロマンサーの頭上を舞う。
「そっちは囮だ!!」
俺が姿を現したのは、ネクロマンサーの真正面。
背後にいたのは、フェアリーが生み出した幻影だ。
「はああああああああっ――!!」
跳躍し、天空から奴の頭蓋を捉える。
そのままありったけの力で、血狂を振り抜いた。
骨を削り取る音と感触。
奴の頭から胴体まで、一息に断ち切った。
「■■……■……■、■……■……■、■……」
別たれた胴体が崩れ落ち、ネクロマンサーは闇へと溶ける。
レッドゲートの主は、ここに陥落した。




