第56話 幼き毒牙
思い立ったが吉日。
葵の手引きもあり、俺はその日の午後から公安本庁へと足を踏み入れた。
ロビーで桐生へと取り次いでもらい、そのままエレベーターへ。
「あの……つかぬ事をお伺いしますが」
ボタンを押そうとした葵へ向かって、俺はこれまで感じて来た率直な意見を告げる。
「今更言うのもアレなんですが、桐生さんって公安のトップですよね? 俺みたいなはぐれ探索者が、こんな簡単に呼びつけても良いもんなんですか……?」
先日の病室での出来事。
桐生がアメリカ大統領と直接やり取りしたという事実が、今になってせり上がる。
ひょっとしたら俺は……とんでもない無礼を働いているんじゃないだろうかと。
「……本当に今更ですね。まあ公安トップと言うのは若干の語弊がありますが……その疑問は合理的かと。貴方は桐生様に気に入られているみたいですので、今の状況はあくまで特別待遇だとお考え下さい」
そしてそのまま、四十五階のボタンを押す。
ぐんぐん上昇するエレベーター、無言の気まずい時が流れる。
「…………」
「…………」
沈黙に耐え切れず、俺の方から口火を切った。
「……語弊がある、って言いましたよね。てっきり桐生さんが公安のトップだと思ってたんですが、違うんですか?」
葵は逡巡する素振りを見せたが、俺の問いに答えてくれた。
「公安には大きく分けて、二つの派閥が存在します。『剣聖』桐生 正臣を司令官に置く桐生派と、『知将』常平 茂雄を祭り上げる――常平派です」
「常平 茂雄? 聞かない名前ですね」
「……そうですね。……表にはあまり出たがらない……お人ですから……」
「?」
それは一瞬だった。
葵の目に、わずかに昏い感情が混じった気がした。
俺がその違和感に惑わされている内に、葵は更に説明を続けて行った。
「桐生様の率いる執行部隊――そしてその傘下に置かれるのが、公安特務部隊。通称特隊です。彼らはダンジョン攻略と、ギルドとの交渉をメインに活動しています。私たち公安一課の仕事もこちら側ですね」
日頃から街中をパトロールし、ゲートを見つけたらすぐさま周囲を封鎖する。
報酬金を定めてギルドの同行を探り、時には特隊による強行突破も行う。
「俺が今まで抱いていた公安のイメージと合致します」
「民衆の多くも、同じことを言うでしょう。……そしてもう一つの派閥を束ねる常平様は、各業界とのパイプ役を担っています」
「……パイプ役?」
呟く俺に、葵は小さく頷く。
「――メディア、政界、金融、果ては医療に至るまで。ありとあらゆる分野の重鎮たちと、強力なコネを持っておられます。公安が大掛かりな情報統制や、莫大な報酬金を即座に準備できるのも、全てこの方のお陰です」
公安の懐から湧いて出て来る、無尽蔵の金や物資。
いったいどこから支給されているのかとは思っていたが――
「なるほど。それは重要ポジションだ」
「……ええ」
今の葵の話を真に受けるならば、常平 茂雄――この男はまさしく、公安の心臓に他ならない。ともすれば、その影響力は桐生以上かもしれない。
「お二人は『武の桐生』、『知の常平』と言われ、公安の二大巨頭なんです。どちらか片方が欠けても、組織が瓦解する。派閥と言いましたが、別に争ったりしてる訳ではありません。両者ともに、替えの効かないお方なんですよ。――っと、無駄話が過ぎましたか」
エレベーターの動きが止まり、葵が目配せする。
「到着しました。こちらが仮想バトルルームになります。しばらくしたら桐生様もみえると思いますので、思う存分暴れ散らかして下さい。それでは――」
小さくお辞儀をし、葵は扉の向こうへと消えて行くのだった。
――――
葵の言葉通り、桐生はすぐさま部屋にやって来た。
「まさか君の方から魔眼の披露を申し出てくれるなんて。嬉しい限りだよ、御剣君。早速だがその力、見せてもらっても良いかな?」
「……それは構いませんが」
騒がしいギャラリーを、大勢引き連れてだ――
「御剣、気合入れろよ! 気合っ!!」
「一真っち~ ファイト♥ ファイト♥」
「灰原、おめぇも応援しろよな! 声出せ声っ! 腹から出せっ!!」
「……ハハハ。木羽さんはいつでも元気ですね」
場外からこちらを見つめる三つの視線。毒島に木羽に灰原にと、執行部隊が勢ぞろいだ。
この状況は葵からも聞いていない。
桐生も苦笑いだった。
「君の魔眼を見に行くと言ったら、是非とも同行したいと詰め寄られてね。大目に見てやって欲しい」
「いや、別にそれは良いんですが……」
顔見知りが増える分には別にいい。
だがこの場にはもう一人、俺の知らぬ人間がいる。
俺から身を隠すように、桐生の背後にちょこんと立つ――
小さき少女と、視線が交わった。
「……なに?」
不機嫌そうな顔で、小首を傾げる少女。
いや、少女と言うのは不適切か。
右手にキャンディー。
左腕で兎のぬいぐるみを抱きしめた――女児だ。
「桐生さん、誰ですかこの子は? 迷子か何かですか?」
「……初対面なのに失礼なやつ。およそ成人した男性の言動とは思えない。加えて想像力にも乏しい。致命的な欠陥だね」
少女はジト目をしながら、そんな暴言を平然と言い放った。あまりの衝撃に、何を言われたか理解するまでに、たっぷりと数秒を要してしまった。
桐生は隣でクックックと笑っている。
「紹介しよう。彼女も執行部隊の一員だ。名を久留米 未来。少々口は悪いけれども、仲良くしてくれると嬉しいよ」
「執行部隊って……こんな子供がですか!? ……冗談ですよね?」
「二度目の失言。次は無い」
久留米から鋭い殺気が飛んで来て、思わず身構える。
確かに――そこらのガキが発するオーラじゃないな。
「別に入団の時に年齢制限を設けている訳ではないからね。本人の希望があり、相応の実力を持ち合わせるのなら、我々はいつだって歓迎するよ。もちろん御剣君も、その資格を十分に持ち合わせている」
「俺はソロ専門ですので」
唐突で露骨な勧誘だが、さらりと流した。
ここ最近で勧誘が増えてきたが、桐生もそこまで本気ではないのだろう。それ以上しつこく粘着するような真似はしない。
桐生の近くで陣取る久留米を見て、毒島の顔に不満の色が浮かぶ。
「ちょっと未来っ! いつまで桐生様にくっついてんのよ! 早く外に出なさいって!」
「……毒島うるさい。私はここから見るの。特等席」
「はぁ、何それ!? 駄々こねてんじゃないわよ! アンタそんなんだから、いつまで経っても子ども扱いされんのよ!」
久留米は唇をへの字に曲げて、一言――
「…………怒ってばっかだと皺が増えるよ。年増」
「…………あ゛?」
地の底から響くような恫喝。
「ひえっ……!」
隣の木羽は、か細い息を歯の隙間から漏らすのだった。




