第50話 零れ落ちる命
後方へ吹き飛ばされた木羽を発見した。
墓標に体を預けるように倒れ込み、意識は白濁、天を仰いでいる。
その眼球が俺の姿を捉えると、ゆっくりと口が動いた。
「み……御剣……それに……肩に乗ってんのは、毒島、か……? いったい……どうなったんだ? ダンジョン……ボスは……」
「……撤退だ。灰原さんが身代わりになった。今は俺たちが離脱する時間を稼いでくれている」
「……なんだとっ! 畜生っ、いくら灰原でも……アイツは、ヤベェって……俺も行くぞっ――ぐうっ!!」
立ち上がろうとした木羽の顔に、苦悶が走る。
後衛のヒーラーがすぐさま駆け寄った。
「診せて下さい!!」
手をかざすと同時に、薄緑の光が木羽の胸元を包む。
ヒーラーは唇を噛みしめた。
「肋骨が折れてます……内臓にもダメージが。幸い破裂はしてませんが、この状態で動き回るのは無理ですよ……!」
「くっそがっ……情けねぇっ……」
ヒーラーに肩を貸され、木羽は辛うじて立ち上がる。
執行部隊は脱落し、既に死者も出ている。
状況は最悪だった。
――――
(ここが結界の終点か……)
青白く発光する壁に、手近な石を投げつける。
コツン――
石は壁に阻まれ、そのまま落下した。
「やはり物理攻撃も反射するか。これで墓地からの脱出手段は潰えたな」
俺の言葉に、隊員たちの顔が蒼白する。
「そんな……嘘だろっ……!」
「嫌よ! あんな化け物と同じ空間にいるなんて、耐えられない!」
恐怖は瞬く間に伝播した。
灰原の言っていた通り、もはや部隊に戦意は無い。
あのネクロマンサーの邪気に当てられ、完全に崩壊していた。
歴戦の探索者が集うパーティーでさえこの有様――これがレッドゲートの脅威。
「……侮ってたな」
悔恨する間もなく、木羽が拳を構えた。
打ち付けるナックル、そのまま渾身の一撃を結界へと叩き込む。
「うぐっ……あああああ、らあああああっ――!!!!」
ズウゥゥン――!
重い衝撃音と共に空気が震え、近くの墓標が崩れ落ちる。
木羽は肩で息をしながら顔を歪めた。
「壊れねぇか……クソッ……ゴホッ!!」
「ちょっと! 無理しないでくださいって!」
血を吐き、その場に崩れ落ちる。
木羽の一撃を受けても、傷ひとつ付かない鉄壁の防護。
(今の一撃が、この部隊での最高火力。それでも無理ってなら……自力突破は不可能か)
木羽以上の火力――藤堂の到着を待つか、或いは。
あの死神を、倒すしかない。
「――っつ!!」
その時、悪寒が走った。
皮膚を蟲が這い廻るような、不快感。
一歩、一歩。
ゆっくりだが確実に近づく、圧倒的な威圧感。
「――奴が、来るっ!!」
ネクロマンサーが動き出した。
それは同時に、灰原の敗北を意味する。
(……灰原さん)
去り際に見せた笑顔が、胸を刺した。
(……くそ、クソッ……! このままじゃ――)
――全滅。
最悪な未来が脳裏を掠めた。
俺は震える隊員の一人を見据え、歩み寄る。
後方部隊の一員、弓の射撃手だ。
「ひっ……!」
その縮こまる背に括られた、弓を指差す。
「それ、貸してもらえるか?」
隊員は恐る恐る弓矢を外し、俺に手渡した。
「……ど、どうするつもりですか……?」
問いには答えず、俺は前を向く。
弦のしなりを軽く確認し、一歩前へ。
「お、おいっ……御剣! どこ、行く気だよっ……!!」
木羽の怒声が響く。
灰原は命を懸けて時間を稼ぎ、バトンを託した。
ソロ専門の俺に随分な重荷を背負わせてくれたものだと思う。
部隊を率いるなんて、柄じゃない。
俺がやれる事なんてひとつしかないのだから。
「奴を足止めする」
「てめぇバカっ、死にに行く気かっ!! 一人で、なんて……行かせ、ねぇぞ――ガハッ!!」
「木羽さん! 動いたらダメですって!」
木羽を押し留めるヒーラーの声。
そのか細き手を振り払う程の力すらも、今の木羽にはない。
「俺なら一人で大丈夫だ。それより陣形を立て直してくれ。藤堂が来るまで持ちこたえれば、俺たちの勝ちだ」
木羽は自らの胸部を握り込み、脂汗を流す。
「私、ここで皆を手当てします!」
ヒーラーの力強い宣言を聞き、胸に安堵が広がる。
この部隊はまだ、完全には死んじゃいない。
生き残ろうと足掻く者がいる限り、希望は繋がるのだ。
「よし、行くか」
死神へと向かって、歩み出した俺。
すると意外な所から、声が上がった。
「……御剣さん、待ってください! 俺も一緒に行きます!」
巨体を震わせながら、前に躍り出た男。
――班目だ。
「どうしたんだ、突然。……命の保証は出来ないんだぞ?」
「構いません! 今まで散々、人様に迷惑をかけて生きて来たんです。……ここが正念場だ。俺に、生まれ変わるチャンスをください!」
そう言いながら、深く頭を下げる。
やはり、気味が悪い程の心変わりではあるが――
先のゴブリン戦でも、班目のスキルは有効だった。
どちらにしろ、進むも引くも地獄の状況だ。
せめて最期まで足掻こうとする、こいつなりのけじめなのかもしれない。
そんな班目の隣に、並び立つ影。
「――班目、勝手な行動はするな」
黎明ギルドの団長、柏木だ。
気付けば柏木以外の団員達も、班目の背後に集合している。
「お前ひとりで行かせる訳がないだろう? 団員はファミリー、それが黎明ギルドの掟だ。戦うならば、俺たち全員で行く。御剣さんも……それで良いですよね?」
今は一人でも戦力が多いに越したことは無い。
恐らく柏木の実力はA級相当、十分過ぎる助っ人だ。
「……分かりました。お願いします」
次いで、他ギルドからも声が上がる。
「俺たち二人も行きます!」
炎龍使いの男と、真空波を操る女のタッグ――これまで何度か見た顔だ。
華麗なコンビネーションで敵を殲滅する様は、記憶に新しい。
俺は無言で頷き、歩き出した。
あれだけの惨事を前にしても、まだ戦う意志を見せる者たちがいる。
……心強い限りだ。
「……御剣っ! 死ぬな……死ぬなよっ……絶対に、戻って来いよ!!」
木羽の涙混じりの叫びを背に、死地へ向かう。
不思議とそれは、悪い気分ではなかった。
――――
遠方にネクロマンサーの影。
まだ距離はあるが、確実に近づいてくる。
結界に閉じ込め、じりじりと俺たちを追い詰める――『狩り』でもしているつもりだろうか?
悪趣味な野郎だ。
「さて……弓は何年ぶりだったかな」
俺はこれまでの鍛錬で、あらゆる武器を習得している。
弓も例外ではない。
引き絞り、標的を捉える。
周囲にグールの姿は無い。
視界はクリア。
「――はっ!!」
鉄矢が一直線に飛び、奴の頭部を貫いた。
「■■……■■、■……■■■……?」
効果は無い。
まあ予想通りだ。
続く二の矢、三の矢。
あらゆる部位を射抜くが、奴は微動だにしない。
「おっしゃ畳みかけるぜ! 炎龍よ、焼き払え!!」
「切り裂け、真空の剣っ――!」
炎が大地をうねる。
不可視の刃が奔る。
だが、ネクロマンサーのマントがはためいた瞬間――その全てが霧散した。
「おい……マジかよ!」
「無傷って、嘘……でしょ……」
スキルの効かぬ相手に、たじろぐ二人。
黎明ギルドは武器を構え、息を呑んで様子を窺っている。
(とにかく時間を稼ぐことを考えろ……! 人数はこっちが有利だ。連携すれば、多少は持ちこたえられる)
次の矢を構えながら、前方へと意識を研ぎ澄ます。
ネクロマンサーのわずかな異変も、見逃してなるものか。
「奴は重力魔法を操る! 先ずは接近戦を避けて、この距離からの攻撃を――」
俺の言葉はそこで途切れた。
それは唐突だった。
「へ……へへっ……!」
背中が熱い。
焼けるように、熱い。
鋭い痛みだ。
「へへへへへっ……! ククッ……アッハッハッハッハァぁ……!」
後ろを向くと、ナイフを構えた班目。
唇を歪ませ、嗤っていた。
刃先は赤く濡れている。
痛みの中、妙に達観した思考で、俺は間抜けにも思った。
ああ、あれは。
――俺の、血か。




