第49話 死神舞踏
腐臭を撒き散らしながら、グールの群れがじりじりと包囲を狭めてくる。
足取りは鈍い。だが、確実にこちらへ迫っていた。
ねじ曲がった四肢。糸を引く濁った唾液。
その異形の姿は、嫌悪と本能的な恐怖を否応なく掻き立てる。
前衛部隊はすぐさま戦闘態勢に入った。
「このっ!! 燃え尽きやがれえええええ――!!!!」
咆哮と共に炎龍が迸り、灼熱の奔流がグールの群れを薙ぎ払う。
黒焦げの腕が落ち、足を失った個体が転倒する――
だが、それも一瞬。
「ggggggggg……!!」
欠損部位が、まるで巻き戻しのように再生していく。
肉が芽吹くように腕が伸び、倒れた個体には新たな脚が生えた。
「こ、こいつら……不死身かよっ!!」
いや、その理解は半分正しく、半分は誤りだ。
グールはネクロマンサーの操り人形。
奴の魔力が続く限り、何度でも立ち上がる。
「闇魔術による強制再生だ。肉体の修復速度が異常すぎる」
「じゃあ、倒しても意味ねぇって事かよ!」
「……リソースの無駄だ。力は温存した方が良い」
幸い、グールの動きは鈍い。
放置しても致命的な脅威にはならない。
問題は――中央にいる本体。
「■、■……■■■、■■――」
錫杖を打ち鳴らしながら近づいて来る、あの死神。
踏みしめるたび、大地は漆黒に染まり、足元からは赤い瘴気が滲み出る。
脳がチリチリと、警鐘を鳴らす。
――あれは、ダメだ。
対峙した瞬間に理解した。
生命としての格が違う。
真っ向勝負など論外。
「逃げるが勝ち、か……」
後方には青白い壁が立ち塞がり、ドーム状に俺たちを閉じ込めていた。
木羽が頭を掻きながら、顔を歪める。
「クソっ……! 何度やっても思念が飛ばねぇ……! どうなってやがんだ!!」
「……奴の錫杖から広がったサークルに足を踏み入れた瞬間、妙な感覚があった」
「それ、俺も感じたぞ! 全身の毛穴が逆立つみてぇな気持ち悪さだったな!」
「恐らく結界の類いだ。俺たちは奴の作り出したフィールドに閉じ込められたな……」
「……マジかよ」
木羽が愕然とする一方、灰原が静かに言葉を継ぐ。
「僕も御剣さんの推測に同意します。過去に戦った結界持ちのモンスターと、状況が酷似していますね」
毒島がグールに鞭を浴びせながら、後方に目配せする。
「あの青い壁……あれが結界って事で良いんだよね?」
俺は頷き、じりじりと迫るネクロマンサーを注視する。
「索敵や通信系のスキルは全て弾かれると考えた方が良いな。物理突破できるかどうかは、試してみないと何とも言えないが……」
木羽は苦々しげに拳を握ると、そのまま両拳を打ち付ける。
黄金の飛沫が散り、輝くナックルが墓地を照らす。
「こうなったら仕方ねぇ! 奴をぶっ潰す以外に道はねぇなっ!!」
土を蹴る音――
「待て木羽っ!!」
「アホっ! 突っ走んなっての!!」
俺と毒島の静止を振り切り、木羽は単身突撃する。
ネクロマンサーは錫杖を左右に振る。
鈴の音と共に、背後のマントが歪に絡み合い――
巨大な深紅の拳を生成した。
「うるあああああっつ――!!!!」
ギイイィィィン――!!!!
木羽の拳と、深紅の拳がぶつかり合う。
波動が大地に伝い、ひび割れる。
「チィ……なんつー力だよっ……!」
食いしばる木羽。
みるみるうちに顔面が赤く染まり、血管が浮く。
(ゴーレムを一撃で葬る木羽のパワーと互角だと……!?)
そのがら空きの胴体を、ネクロマンサーの眼孔が捉える。
「■■■、■■、■■――!!!!」
骨の拳を握りしめ、そのまま叩きつけた。
「グオッ――!!」
肉に食い込むネクロマンサーの拳。
一拍おいて、木羽の体は吹き飛び、そのまま遥か後方の墓標へと叩きつけられた。
「……木羽! このっ――調子乗ってんじゃないわよっ!!」
毒島の鞭が空を舞う。
二度三度、軌道を変幻自在に変えながら。
狙いは、奴の持つ錫杖――
その持ち手部分に、鞭が正確に巻き付いた。
「それがなけりゃ、アンタなんも出来ないでしょうが!」
毒島はそのまま引き絞る。
だが、力負けするのか。
中々その手から錫杖を奪う事は叶わない。
苦戦する毒島の姿を見て、前衛に控えていたギルド隊員二人が、顔を見合わせ頷く。
「嬢ちゃん、そのまま押さえてな!」
「――助太刀するぞ!!」
剣と槍が閃く――が。
「■、■■……■■■……!」
ネクロマンサーは左手を上へ向けると。
そのままフッと、地を指差す。
同時に、赤い衝撃波が二人を押し潰した。
「ぐぅ……重っ……!」
「う、動けんっ……!」
地に這いつくばる二人。
――重力魔法。
「野郎っ、扱えるのは闇魔術だけじゃねぇのか……!」
錫杖の先端が、青白く輝く。
「■、■■……■■、■■……!」
ネクロマンサーは続けざまに唱える。
錫杖から放たれた魂魄が髑髏を模し、瞬く間に鞭を伝う――
「ちょ、ヤバっつ――!!」
魂魄が毒島の胸元で爆ぜる。
「毒島っ!!」
紫のツインテールを揺らしながら倒れ、ピクリとも動かなくなった。
執行部隊の二人を、児戯の様にあしらう。
紛れもない……奴は怪物だ。
ネクロマンサーはそのまま地を這う二人の元へと近づき――
「ぐぬっ……これしきの、事でっ……グ、ガッ――!!」
「ギャアアアアアアア!!」
錫杖の先端で、頭蓋を砕いた。
そしてこちらを見据える。
次なる標的の姿を。
「■、■■……■■、■■、■■……」
俺たちの命を――
「こ……殺されるっ……!!」
「いやっ……いやああああああっ!!」
パニックに陥る集団。
そんな中、灰原は班目へと近寄り、何やら耳打ちをしていた。
「……状況なら……が…… 確実に……用意しますので……して下さい」
「――!!」
班目の目が見開かれる。
驚愕する班目を放置し、灰原は隊員達をちらりと見やりながら、軽く息を付く。
そして俺に向かい合い、静かに告げた。
「……御剣さん。後は任せました」
この状況で、妙に落ち着き払った声音だ。
だが、その言葉の意味する所は、俺にはすぐに理解できなった。
「任せたって……何を言ってるんですか」
「僕が奴の注意を惹きつけます。その隙にグールの群れを突破。皆さんを連れて、出来る限り遠くへ逃げて下さい。いかに結界の中とは言え、何もしないよりかはマシでしょう」
クリスナイフを構える灰原。
冷静な挙動に、俺は胸の内が掻き混ぜられる思いがした。
「――無謀だっ!! 仮に戦うにしても、全員で仕掛けるべきだ!」
「既に隊の殆どの方が、戦意を喪失しています。このまま戦えば被害が増えるだけ……ここは逃げの一手が正解です。藤堂さんが来るまでの間、時間稼ぎを」
灰原の言う事は、恐らくこの場における最善だ。
ネクロマンサーと渡り合える可能性があるのは、執行部隊の統括者である灰原を置いて他にいない。
俺も同じような事を考えていた。
そして最善だと分かってしまうからこそ。
――自身の無力さに、腹が立つ。
「木羽さんを回収して、結界の麓まで行って下さい。無事に墓地を抜けられればそれで良し。……もしも突破が叶わないようでしたら、その後の采配は任せます」
俺は地面で転がる毒島を背負い、灰原に背を向ける。
「……済まん」
去り際の俺に、灰原は薄い笑いを向けた。
「謝らないでください。これもリーダーの務めですよ。縁があったら、またお会いしましょう」
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