第48話 紅炎の殲滅戦
東の荒野を横断するは、藤堂率いる帝国ギルド。
砂塵が吹き荒れ、視界は霞んでいた。
砂地を踏むたび、防具の継ぎ目に砂が入り込み、体力を容赦なく奪っていく。
だが――
「ぬううるああああああっつ――!!!!」
藤堂の放つ火炎が、前方のモンスターをまとめて蒸発させた。
炸裂する炎を瞳に映しながら、黒甲冑の男――斑鳩が並び立つ。
「今日も絶好調だな、団長! これじゃあ俺たちの出番がねぇ!」
「ハッハッハ! 砂地で甲冑は動きにくいじゃろうて、斑鳩。今は体力を温存しておけ。ボス戦での活躍を期待しておるぞ!」
藤堂は顎髭を触りながら、目を細める。
「向こうは既に標的を見つけたようじゃからのう。のんびりしとる暇はないわい」
言い放った、その刹那。
砂煙が、ぴたりと止まった。
「……ぬう?」
大地が震える。
地の底から響くような、重い振動。
「ガアアアアアアアアッツ――!!!!」
竜の咆哮だ。
砂嵐を割って姿を現したのは、深緑の鱗を纏う巨竜。
首を天へと伸ばし、四肢は大地に巨影を落とす。
尾が揺れるたび、大気が震えた。
左右に広げられた両翼は、獲物を威嚇するように大きく膨らむ。
朱き双眸が、真っ直ぐに――藤堂を射抜いた。
「なんじゃ。噂をすれば、おでましかのう」
空中を見渡せば、漆黒のワイバーンの群れが旋回する。
黒い体表をなびかせ、視界を覆い尽くすほどの数。
「な……何体いやがるんだ……」
誰かが唾を飲む間もなく、黒き旋風が帝国ギルドを包み込む。
ワイバーンが次々と地に降り立ち、部隊を取り囲んだ。
藤堂の指示は速かった。
「方円陣を展開! 中央に支援隊を配置せい!」
「了解――!!」
瞬く間に隊列が組まれる。
外周の前衛が武器を構え、ワイバーンの突撃を受け止める。
同時に中央では、詠唱が重なり合った。
「女神の恩寵、癒しの波動を与え給え……!」
「かのものに、全てを打ち砕く精霊の加護をもたらさん――!」
ヒールとエンチャントが重なり、前衛部隊が光に包まれる。
隙を生じぬ二段構えだ。
ワイバーンがたじろぐ。
「さあさどうした! かかってこいや!」
斑鳩の斧が唸り、ワイバーンの鮮血が砂に散る。
攻めあぐねたワイバーンは一度空へ逃れようとする――
だが、その首根っこを藤堂が掴み上げた。
「ふんっ――!!!!」
万力のような握力で首をへし折り、死体を後方へ投げ捨てる。
次いで手のひらに熱が収束し、空へ向けて放たれた。
「はあああああっつ――――!!!!」
漆黒の空に、穴が空く。
何体のワイバーンが焼き落ちたのか、誰にも分からない。
龍は戦局を見定めた。
この戦場において、もっとも脅威となる存在――
藤堂へと、的を絞る。
「グアァァァァァァ――――!!!!」
咆哮と共に、ワイバーンの群れが一斉に旋回。
藤堂へ向けて、特攻を仕掛ける。
初撃で悟ったのだ。
真っ向勝負では、この老躯には勝てない。
もしも届くとすれば――それは命を懸けるより他ないと。
漆黒の彗星が、藤堂へと降り注ぐ。
衝撃。
破砕音。
藤堂の姿が闇に消える。
「だっ、団長っ――!!!!」
ワイバーンの死体が山のように積み重なり、肉塊となる。
龍は勝利を確信した、その折――
「グッ、ガアアアッ――!!??」
熱の光線が、龍の貌を焼き熔かした。
龍は地に貌を擦り付け、のた打ち回る。
黒き肉塊の中からは、炎熱が漏れ出ていた。
「命を捨ててこの身に迫らんとする、その意気や良し。じゃが――」
肉塊を引き裂き、藤堂が大地を踏みしめる。
老躯とは思えぬ、揺るぎない足取りで。
藤堂の肉体は傷付き、所々で血が滲んでいた。
特攻は確かに、鋼の肉体に届いたのだ。
故に――
「親玉のお前が見とるだけと言うのは、頂けんじゃろうて。のう、龍よ?」
龍の貌は爛れ落ち、黒ずんだ骨が露出していた。
地に付いた貌を僅かに上げ、藤堂を睨むも束の間――
「はあああああっつ――!!!!」
灼熱の光線が、緑の体躯を覆い尽くす。
鱗が燃え、翼を燃やし、黒煙が風に流れる。
巨体は沈黙した。
「……す、すげぇ。圧倒的だ……」
斑鳩の呟きが、歓喜の波を呼ぶ。
藤堂は顎髭を撫でながら、黒煙に包まれた龍を見つめた。
「――む?」
焼け焦げた体表の奥で、白き骨が脈動していた。
爛れた肉が逆再生のように巻き戻り、赤黒い繊維が骨に絡みつく。
焼けた躰を。
潰れた貌を。
無理やりに、再構築していく。
死に瀕するダメージを負ってなお――
龍は再び、立ち上がった。
「なんと面妖な……」
藤堂ですら驚愕する。
それは死してなお動く――異形だった。
(再生能力……? じゃが初撃で貌を潰した……あの時点で既に致命傷だったはず。死の淵からの蘇生か……? さながらアンデッドよのう――)
アンデッド――
その単語が、藤堂の脳裏に不穏な影を落とす。
「……西に、墓地……」
このダンジョンに潜む、もうひとつの刻印持ち。
別動隊が向かった、スケルトンの存在を。
その時、畝本からの通信が入った。
《――灰原はん! 聞こえ取りますか? 御剣はん! 木羽はん! きららちゃん! 返事をして下さいな!》
普段の飄々とした態度から一変。
その声音は、微かに震えていた。
《どうした畝本! 何があった!?》
《藤堂はん! それがこっちもよー分からんのですわ! 別動隊の皆はんと、いきなり回線が切れてしもうて!》
《なんじゃと……!》
そこに千堂の声も重なる。
《……拙いかもしれんな。今しがた墓地の方に千里眼を使ってみたんだが……何も見通せなくなってやがる。恐らく結界か何かが張られてるぞ!》
やり取りを聞いていた斑鳩の顔が、蒼白する。
藤堂の胸に広がる、言い様も無い焦り。
(……胸騒ぎがする。厭な予感じゃ)
空気を大きく吸い込み、号令――
「討伐を急ぐ! 全軍、後方まで下がっておれ! 支援隊はシールドを張れぃ!!」
藤堂の両手に、膨大な熱の塊が収束する。
空気中の水分を即座に蒸発させる。
それは、小さな太陽――
天空へ向けて放たれた球体が、龍の頭上でゆっくりと回転。
紅炎が伝播し、生きとし生ける全てを、悉く焼き熔かす。
ワイバーンは次々と墜落。
龍は灼熱の中で、ただ焼かれるのを待つのみ。
「グギャアアアアアアア――――!!!!」
再生する端から焼け落ち。
焼け落ちる端から、再生する。
炎熱地獄。
「まだまだぁああああ――!!!!」
藤堂が右手を掲げ握り込むと、球体がさらに収縮――
直後、球体から生じた光の矢が、龍を穿った。
降り注ぐ光弾。
大地も空も瞬く間に、光弾の輝きで満たされる。
龍はその身を細切れにされ、肉片が砂地に散らばった。
(このまま滅し続ければ、いつかは再生力も尽きるじゃろう。じゃが――)
藤堂の脳裏に浮かぶのは、西の墓地へ向かった仲間たちの後ろ姿。
(急がねば……あの先で、何かが起きておる……! 皆、持ちこたえとくれ……!)
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