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第47話 死者の檻

 灰原率いる別動隊は、墓標が乱立する細道を、息を殺して進んでいた。

 その静けさが、逆に胸の奥をざわつかせる。


 途中、数度の接敵はあったが、被害は最小限。

 離脱者ゼロ――張り詰めた緊張を保ったまま、ついに俺たちは刻印持ちの姿を捉えた。


「――前方にボスを発見。全軍停止……! そこの茂みに隠れて」


 灰原の声は低く、しかし鋭い。

 部隊は一斉に身を伏せ、瞬く間に茂みの影へと溶け込んだ。


 目の前には、骸骨どもの行進。

 こちらに背を向け、ゆっくりと、一歩、また一歩と進んでいく。


 だらりと垂れたサーベルが、地面に一本線を描く。

 金属と小石が擦れる乾いた音が、耳の奥に嫌な余韻を残した。


 木羽が手首に指を回しながら、目を細める。


「あの真ん中にいる野郎がボスか?」


 列の中央。


 一際巨大なスケルトンが、悠然と歩いていた。

 その肩には、禍々しい刻印の跡。


 《藤堂さん、こちら灰原。聞こえていますか?》


 《――灰原か? どうしたんじゃ?》


 数人の脳内に、藤堂からの思念が走る。


 《別動隊、無事ボスの元まで辿り着きました。今のところ、我々に気付いてる素振りはありません。そちらの戦況は?》


 《ふむ……こちらはまだドラゴンを発見できておらん。視界が悪くてな、中々に厄介な場所じゃて》


 《……分かりました。では手筈通り、我々は奴らの動きを監視しておきます。何かおかしな動きを見せたら、直ぐに連絡を入れますので――》


 ふと、灰原の視線が上がった。

 その瞬間だった。



 列の中央にいたスケルトンの首が。


 ――ぎちり、と音を立て。


 半回転する。


「…………?」


 眼孔の奥が、まっすぐこちらを射抜いた。


 どこまでも深く、昏い。

 全てを飲み込むような、漆黒。


 視線が触れた瞬間、胸の奥がひやりと凍りつく。



 見られている――


 理由も無く、そう確信した。



「――くっ!! 全軍、今直ぐ戦闘態勢っ!!」


 灰原の叫びと同時に、空気が爆ぜたように緊張が走る。

 俺はレイピアを構え、前方の群れを睨み付けた。


「何で気付かれたんだ……!」


 茂みより木羽が飛び出て、ナックルを打ち付ける。


「どーでもいいぜそんなの! バレた以上、ぶっ倒すしかねぇだろ!!」


 ナックルを数度打ち鳴らすと、跳躍。

 黄金の軌跡が一直線、骸骨の群れへと突っ込んだ。


 木羽に続くように、次々と応戦するメンバーたち。

 雑魚集団を蹴散らし、ボスの元へ肉薄せんと挑む。



 その時だった。



 リィン……


 澄んだ鈴の音がひとつ、場に響き渡る。


(なんだ、この音は……?)


 戦場の喧騒を押し流すように、ただその音だけが世界の中心にあった。

 美しくも、異質な旋律。


 誰もが思わず戦闘を止め、音の発生源を探る。


「――あっち! あっちだよ!!」


 毒島がボスを指を差す。

 皆の瞳は、一か所に集まった。


 ボスの手元には、いつの間にやら錫杖しゃくじょうが握られていた。


 錫杖がゆっくりと持ち上がり――

 地面へ落とされる。



 リィン……


 澄んだ音が、墓場の空気を震わせた。


 同時に、杖の根元から青白いサークルが生まれる。

 瞬く間に輪を広げ、俺たちを飲み込んでいく。


「何なんだよ、クソっ――!!」


 サークルを潜った瞬間、肌が粟立つ。

 これはまずい――直感が叫んだ。


 《藤堂!! 聞こえるか、藤堂っ!!》


 返答はない。


 《……、――、……》


 ノイズが混じり、ぷつりと途切れる。

 皆の方を振り返り、俺はぽつりと呟く。


「思念が……繋がらない……」


 周囲がざわめいた。


 方法は分からぬが――

 畝本うねもとのネットワークが、遮断された。



 リィン……


 再び、錫杖が鳴る。


 立ち込める腐臭、鼻を刺す不快な匂い。

 同時に地面が膨れ上がり、ただれた腕が地表を突き破った。


「ggggggggggggg――――!!」


 グールの軍勢だ。

 地獄の穴から湧き出すように、次々と姿を現す。


 錫杖を持つスケルトンの周囲には、黒い瘴気がまとわりつく。

 その姿が、ゆっくりと、しかし確実に――変貌していく。


 骨の隙間から、赤黒い肉が脈打ち、這い出す。

 ぬるりと音を立て、骨格に絡みつく。


 鮮血滴るマントが形作られ、奴の背を赤く染め上げた。

 黄金の冠が――頭蓋に吸い付くように生成される。


 金銀財宝を身に宿した、さながら黒魔術師の佇まい。


「こいつ……! 姿を、偽ってやがったな……!」


 にやり、と嗤ったその顔は、骸骨の無表情とは違う。

 そこには、明確な嘲笑が宿っていた。


 奴が歩むたび、墓標がカタカタと喝采する。


 王の帰還を――称えているのだろうか?


「か……一真っち…… アイツ、ヤバいよ……」


 鞭を握る毒島の手が、震えている。

 いや、毒島だけじゃない。


 部隊の全員が、奴の発するオーラに当てられて。

 その身に迫る『死』を連想していた。


 これがレッドゲートのダンジョンボス。

 ――災厄の主。


 背筋がぞわりと冷える。

 無慈悲な想像が、思考を侵食した。


「俺たちは最初から、奴の盤上の駒だったのかもしれない……」


 俺が呟いたその言葉に、幾人かが短い悲鳴を上げた。


 そう、最初から。

 千里眼も、テレパシーも、こっちの思惑はすべてが読まれていた。


 部隊を分断され。

 ダンジョン奥深くまで誘い込まれ。

 そして、罠に嵌められた。


 東のドラゴンは、言うなれば撒き餌。

 このダンジョンの真の覇者は――


「お前か……死霊使い(ネクロマンサー)……!」


 周囲をグールが取り囲み、退路を断たれたこの状況。

 おびき出されたのは、俺たちの方だった。

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