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第42話 再会と濁り

「執行部隊の統括、灰原……か」


 ごちる俺の背後に、巨人の気配――

 スキンヘッドの老躯ろうくに、肩をガシッと掴まれる。


「久しぶりじゃのう、御剣よ! 元気にし取ったか!」


「藤堂……!」


 顎髭あごひげをなぞりながら、にかりと笑う藤堂。

 茶目っ気たっぷりのその姿は、さっきまでの厳格な指揮官とはまるで別人だ。


「今回の攻略戦、アンタも参加するんだな」


「そりゃあお国の一大事じゃからな。儂が寝とる訳にもいかんじゃろうて! むしろ、意外だったのはお主の方じゃぞ、御剣? 正臣まさおみからの依頼とは言え、一人でこんな所へ来るなんて……いつの間にあ奴とねんごろになったんじゃ!」


 正臣……桐生きりゅうの事か。

 聞き慣れない呼び方に、一瞬だけ思考が止まる。


 あの男を呼び捨てに出来る人間など、藤堂ぐらいのものだろう。


「あれから色々あってな。公安にはちょくちょく顔を出してるんだ。そこで知り合った」


「ふむ、そうじゃったか……お主も、前へと進んでおるんじゃな。しっかし、相変わらず正臣は秘密主義よのう! 何を考えとるのか、いまいち腹の内が分からんわい!」


 藤堂が頭を掻く仕草を横目に、俺は周囲へ視線を巡らせた。

 そのわずかな動きを、藤堂は逃さない。


「……なんじゃ御剣、エリスちゃんを探しとるんか?」


 視線の動きを察知して、そう漏らす。


 ――さすがは、目敏い。


「ざーんねんでしたっ! 今回の攻略戦に、エリスちゃんは参加しとらんよ! 儂がおらん間、ギルドの留守を任せとるんじゃ!」


 おどけて肩を竦める藤堂。

 心を見透かされたようで、妙に腹立たしい。


「……別に神代が来ていようがいまいが、俺には関係ない事だ」


「みなまで言うな、分かっとるぞ! そう照れるでないわい! いやはやういのうういのう……青春じゃのう……」



 ――殴りたくなってきた。


 神代とは拳を突き合わせた手前、気恥ずかしさがあっただけだ。

 この爺さん、完全に勘違いしてるだろ。


 藤堂は茶化し終えると、ふっと表情を引き締めた。


「……感謝するぞ、御剣よ。エリスちゃん、何かこう……吹っ切れた様な顔をしておったわい。あの様子なら、もう大丈夫じゃろうて」


 帝国ギルドの面々に目線をやると、皆が気まずそうに顔を下げる。

 藤堂は遠い目をした。


「イエローゲートでの一件の事は、皆にも言い聞かせておいた。御剣の判断は適切じゃった。……仮にあの場におったのが儂であったとしても、同じ事をした……とな。だが、まだ心の整理がつかん者もおる。許してやってくれ」


 その言葉を前に、俺は何も返すことが出来なかった。


 ――――


 レッドゲートへ向かう隊列の後方で、深くフードを被った長身の男と肩がぶつかる。


「おっと、悪いな――」


 見上げる形になり、フードの奥の顔が目に入った。


「……お前……班目まだらめ……か?」


「はっ……へっ……?」


 懐かしき顔だ。

 コイツと出会ったのは、確か昨年の9月頃。

 場所はしくも、今日と同じく渋谷だった。


 フードの中の男――班目は、俺と目が合うと瞳孔が開いた。


 驚愕……いや、それだけではない。

 一瞬だが、警戒心を覗かせた。


「お、お久しぶりです、御剣さん! き、奇遇ですね、こんな所で出会うなんて!」



 ――さん付け?

 と言うか、なぜ敬語なんだ?


「へっ……へへっ……!」


 何だコイツ?

 薄気味悪いな……


「……なんではぐれ探索者のお前が、ここにいる?」


 それを俺が言うのかって話ではあるのだが。

 班目は背筋をピンと伸ばし、敬礼する。


「俺、もうハイエナは止めたんですよ! 御剣さんにボコられたあの日に、心を入れ替えたんです! 今は黎明れいめいギルドって場所に所属して、日々あくせく働かせてもらってるんですよ!」


 言葉は軽い。

 笑顔は張り付いている。


 だが――目だけが笑っていなかった。


 その瞳が、一瞬だけ俺の喉元を測るように動いた。

 反射的に、腰に括った短刀に手が伸びる。


(……黎明。そんなギルドは聞いた事が無い、新顔か……?)


 背後には、いつの間にか集団がいた。

 班目とつるんでいた、あの四人組の姿もある。

 全員が、妙に間合いを詰めて立っていた。


 まるで――俺を取り囲む位置を、事前に決めていたかのように。


 その中心から、一人の男が歩み出た。


「黎明ギルドの団長、柏木かしわぎです。御剣 一真さんですよね? 貴方の噂は色々と伺っておりますよ。なんでも、すっごくお強いんだとか……! 今日の攻略戦でも、ご活躍を楽しみにしております」


 差し出された手を握り返す。


 冷たい。

 生きている人間の温度じゃない、そんな錯覚すら覚えた。


 柏木の笑みはあまりにも整いすぎている。

 不自然なほどに。


 横から、班目の視線が刺さる。

 獲物を値踏みするような、乾いた眼。


 ――こいつら、何か隠してやがるな。



「では御剣さん。ダンジョンで――また」


 『中で待ってる』とでも言いたげな声音だった。


 俺は無言で頷き、隊列へ戻る。


(この攻略戦に来てるって事は、少なくとも公安かギルドのどちらかに、話は通ってるはず)


 いやな空気だ。

 胸騒ぎがする。


(……俺の思い過ごしか?)


 ウエストポーチの奥で、魔眼がじわりと熱を帯びるのを感じた。

 右手で掴み取ると、淡いエメラルドが発光する。


 頭にノイズが走る。

 じゃらじゃらと、金属同士がぶつかる反響音。


 瞼を閉じると、脳裏に広がる赤い沼。

 ――その中央より、異形の手が生えて……


「――――っつ!!」


 俺は脂汗をぬぐいながら、再び魔眼をポーチへと押し込んだ。

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