第41話 渋谷浸食
渋谷でレッドゲートが観測された。
場所はスクランブル交差点――
世界的観光地として名高いこの場所に、魔界への門が静かに口を開いた。
非常事態宣言が発令され、街は一瞬で無人となる。
つい先ほどまで人波が押し寄せていた交差点は、まるで巨大な舞台の幕が下りた後のように静まり返っていた。
風が吹けば、赤い瘴気がゆらりと揺れ、光を吸い込むように沈む。
空気は重く、澱み、濁る。
だが、その静寂は長くは続かない。
封鎖された道路の向こうから、地面を震わせる重い足音が響いた。
ギルド連合部隊だ。
次々と到着する探索者たちの気配が、空気を押し広げていく。
参加者は、全てがC級以上。
戦闘経験豊富な猛者ばかりだ。
中でも――
帝国ギルド。
龍神ギルド。
征伐ギルド。
東京を守護する三大ギルドの旗が並んだ瞬間、場の緊張が一段階跳ね上がった。
彼らの目つきは、他の探索者とは明らかに違う。
数多の惨劇を知る、狩人の目だ。
公安の車列が到着し、特務部隊が展開する。
その後ろから、白いコートをまとった影が三つ。
執行部隊だ。
ギルド、そして公安。
それぞれの最高戦力が一堂に会する異常事態。
「流石はレッドゲートの攻略戦、力の入りようが違うな……」
集まった顔ぶれを眺めながら、俺はひとつ身震いした。
俺がレッドゲートに足を踏み入れた経験は、過去に一度だけ。
まだギルドに所属していた頃の――遠い昔の話だ。
あの日、俺以外の団員は全滅した。
脳裏に、断片がよぎる。
――血だまりに折り重なる亡骸。
――両手を真っ赤に染め、慟哭する仲間。
――血走った眼孔は、真っすぐ俺に向けられた。
『お前がっ、俺たちのギルドを潰したんだよっ!! 分かってんのかぁ!!!!』
血に濡れた手で胸倉を掴まれ、吐き捨てられた言葉。
あの声は、今も耳の奥にこびりついている。
結局、俺はただ一人生き残った。
仲間たちは誰一人として、俺の警告を信じなかった。
死の間際に、呪いの言葉を吐いただけ。
――だから俺は、ソロに固執した。
仲間など不要。
俺の歩む復讐の道に、付いて来られる者などいない。
ソロになってからの俺は、標的をブルーゲートに絞った。
時折イエローゲートに顔を出す事もあったが、あくまで情報収集が目的。
そして、レッドゲートには近寄らなかった。
いや――違うな。
近寄れなかった。
ここは、他のゲートとは次元が違うのだから。
「注目――――!!!!」
しゃがれた声が静寂を裂いた。
声の主は、藤堂 巌だ。
「皆、よくぞこの場に集ってくれた!!」
藤堂が前に立ち、集団を鼓舞する。
「今日皆に集まってもらったのは他でもない。この東京に、実に九か月ぶりとなるレッドゲートが発生した!」
交差点を飲み込む赤い瘴気を前に、藤堂の視線が鋭くなる。
「昨年の攻略戦では、S級が不在だった! 結果、B級以上の探索者が何名も死亡する凄惨な事態となった! だが、今度は違う――!!」
藤堂は拳を握り、胸を叩く。
その声は鼓膜ではなく、胸の奥に響いた。
「皆、この儂に付いて来いっ!! 恐れるな! 前を向けっ! 勝利は必ずや、我々の手の中にある!! 打ち払え! 殲滅せよっ! 我が国を脅かすモンスターの巣窟を、根絶やしにしてくれようぞ――!!」
一拍の静寂。
そして遅れて湧き上がる歓声。
拳を突き上げる者。
拍手を送る者。
レッドゲートという脅威を前にしてなお、誰もが火を宿していた。
その熱気の中――
「あっ! 一真っちじゃん!」
軽い声が混じった。
振り返ると、白コートと紫のツインテールが揺れている。
毒島だ。
遠くから手を振りながら駆けてくる。
「いぇーい、一真っち♥ あれから元気にしてたかな? 中々顔出してくれなくて、きらら寂しかったんだよ?」
上目遣いの毒島から顔を背け、俺はぼそりと返答する。
「……ちょっと立て込んでてな」
素材集めでダンジョンを回っていたことを簡単に告げる。
毒薬をメインで扱う以上、定期的な物資補給は避けられない。
「おい! 勝手に持ち場を離れるなよ、毒島!」
遅れて木羽が到着し、肩で息をする。
この二人は相変わらずだ。
「一真っちは桐生様の直々の要請で来たんだよね? もうっ! きららにも一声かけてくれたらよかったのに! また一緒に戦えるね~♥」
「お前なあ……レッドゲートだぞ? ちーっとは危機感覚えろよな……」
冷めた目線を向ける木羽に、思わず緊張がゆるむ。
そのとき――
視界の端で、白い影が静かに近づいてきた。
「どうも初めまして、御剣さん。お会いしたかったですよ。毒島さんと木羽さんが、色々とお世話になっておりますね」
柔らかい声。
短い銀髪がくせ毛を巻き、毛先がふわりと舞った。
その笑みは穏やかで、どこか人当たりの良さすら感じさせる。
「――申し遅れました。執行部隊の統括、灰原と申します。以後、お見知りおきを」
軽く頭を下げた男――灰原につられ、俺も頭を下げる。
「そう言えば二人とも、初対面だったよね。原っちはね~、執行部隊のナンバーワンなんだよ! 桐生様の右腕! あっ、左腕はもちろんきららだけど♥」
「いえいえそんな……僕如きがあの御方の右腕などと……恐れ多いですよ」
控えめな口調でそう告げる。
だが、その否定の仕方がどこか形だけに聞こえたのは、気のせいだろうか。
毒島は頬を膨らす。
「も~、原っちてば、相変わらず自己評価低すぎ~ 隊員同士の模擬戦でも、いつも負け知らずじゃん! 木羽なんて、この前一発でのされてたし♥」
「……毒島ぁ、ほんとてめぇは腹立つ野郎だな、オイ」
「ハハハ……」
苦笑いを浮かべる灰原。
周囲を見渡すとふと疑問が湧き、俺は口を開く。
「執行部隊はツーマンセルと聞いてましたが、灰原さんのパートナーは? 今日は来ていないのですか?」
周辺にはそれらしき人影はない。
白いコートは目立つはずだ。
「……僕は桐生様から全権を委任されておりますので、パートナーはいません。執行部隊、全11人のうち……僕だけが、唯一の例外なんですよ」
何気ない返答。
だがその声音の奥に、わずかな硬さ――いや、棘のようなものが混じった気がした。
気のせいか――?
「よし! んじゃ、そろそろ行くか毒島! 突入前の最終確認だ! 特隊の方も、ちゃーんと装備見直しとけよ!」
「え~、まだまだ話し足りないけどなあ…… ま、楽しみは後に取っておこっか♥ また後でね、一真っち~」
木羽に続き、毒島がその場を去る。
灰原は一度だけ俺の顔を見つめ、薄く微笑んだ。
その笑みは、氷の表面に映った光のように――どこか冷たい。
……胸の奥には、言葉にならないざらつきが残った。
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