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第40話 枯れ木の捕食者

 フェアリーに先導され、俺たちは枯れ木が乱立する薄闇うすやみへと足を踏み入れた。

 空気は淀み、生き物の気配が一切ない。


 ――静かすぎる。


 ふらつきながら飛ぶフェアリーを掴み直し、指に力を込める。


「おい。本当にここで合ってるんだろうな。妙な真似してたら……分かってるよな?」


「ピィッ、ピィッ!!」


 涙目で必死に首を振るフェアリー。

 震えは本物に見える――いや、そう見せているだけか?


 その時だった。


 がさり、と。

 周囲の枯れ木が一斉に揺れた。


「一真っち! あの木……動いてる!!」


 毒島が叫び、木羽が眉をひそめる。


「……トレントか!」


 フェアリーが暴れ、俺の手から逃れようともがく。


 ――案内はした。だから解放しろ。


 そんな懇願が、羽ばたきの震えから伝わってくる。


「ああ、ご苦労さん」


 俺は右手を離した。


 自由になったフェアリーは涙を振り払うように羽を震わせ――

 次の瞬間、俺へと向かって鋭い殺意を向けた。


 さっきまでの怯えとは真逆の、露骨な憤怒。


 やっぱりな。


「ボスをサポートして、俺たちを皆殺しにするつもりだろ?」


 フェアリーは怒りの声を上げ、木々の影へ逃げ込もうとする。


「バカだな、お前――」


「ピギィッ!!!!」


 飛び去ろうとした背中を、レイピアの一閃が貫いた。

 細い胴体が空中に縫い留められ、鮮やかな血が散る。


 毒島が顔を歪めて、木羽は静かに俺の動きを見つめていた。


 俺は血のついた刀身を軽く振り払い、構え直す。


「不穏分子を生かして返すほど、俺は甘くないんだよ」


 その瞬間――

 枯れ木の群れが、ざわり、と震えた。


 風は吹いていない。

 それでも木々は、まるで呼吸するように上下に揺れている。


「……来るぞ」


 木羽が一歩前に出た。


 次の瞬間、地面がぐらりと揺れた。

 枯れ木の根が地中を這い、土を押し上げる音が響く。


 ――ずる、ずる、ずる。


 まるで巨大な獣が地面の下を移動しているような、不快な音。


「うわっ……なにこれ、気持ち悪っ……!」


 毒島が身をすくめた、その刹那。

 中央の枯れ木に、赤い眼が刻まれ、巨躯のトレントがその姿を現した。


 木の皮が擦れ合う音が、耳の奥に刺さる。


 ――ギィ……ギギギ……


 その音だけで、背筋が冷える。


「さあ――本番だ!」


 俺が構えた瞬間、木羽が地を蹴った。


「俺に任せとけええぇ!!!!」


 剛腕が唸り、乾いた破砕音が響く。

 トレントの胴に大穴が穿たれ、木片が雨のように散った。


 だが――


「……嘘だろっ!」


 穿たれた穴が、うごめきながら閉じていく。

 木の繊維が絡み合い、肉のように再生する。


 ――ずちゅ、ずちゅ……


 木羽が眉をひそめた。


「気持ち悪ぃ! 修復しやがった……!」


 地中を這いずる音が、外気へ移ろう。

 うねる無数の根。

 数十本がしなり、空を裂いた。


「えいっ!!」


 毒島の鞭が、根を叩き落とす。

 だが、落とした端から新しい根が生え、数が増えていく。


「ちょっ……増えてるじゃん!!」


「下がれ毒島!」


 俺はレイピアの切っ先を合わせ、一閃。

 根を切り払い、そのまま本体へ踏み込む。


「はああああああっ!!」


 突きが連鎖し、木肌に無数の孔を穿つ。

 だが――


「……おいおい、不死身かよコイツ……!」


 木羽が汗をぬぐいながら呟く。

 穿たれた孔が、またしても蠢きながら塞がっていく。



 一度、距離を置く。

 周囲の枯れ木を見ると、一本、また一本と幹が細くなっていた。


(……周りから力を……吸ってやがるのか……?)


 トレントの根が地面を脈動する。

 そのたびに、周囲の木々が少しずつしぼむ。


 ――ドクン

 ――ドクン


「ね! どうするのコレ! いくら攻撃しても回復しちゃうじゃん!!」


 毒島が叫ぶ。

 その背後で、枯れ木が一本、音もなく崩れ落ちた。


 さながら、養分を吸い尽くされた死体――


(このフィールド全体が、コイツの胃袋ってわけか……!)


 だが、突破口はある。


 俺はウエストポーチから小瓶を取り出し、毒島へ放る。


「ととっ! えっ、なにこれ!」


「そいつを奴の根本にぶちまけろ!」


 毒島は一瞬だけ目を見開き――すぐにニヤリと笑った。


「良く分かんないけど、オッケー♥ きららに任せなさいっての!」


 毒島の手首に呼応して、鞭が自在に宙を舞う。

 その先端が小瓶を絡め取ると、一直線――


 トレントの根本へと、奔った。


「いっけぇぇぇぇ!!」


 鞭が振り抜かれ、小瓶が叩きつけられる。


 パリン――


 液体が根へ染み込み、トレントの動きが止まる。


「今回のは特上品だ。せいぜい飲み干しな、大食らい……!」


 根が打ち震え、木肌が黒ずんでいく。

 再生していた孔が、逆に腐り落ちていく。


 ――ジュゥゥ……


 木が焼け付く匂いが漂った。

 全て思い通り――最高の気分だ。


「養分を吸収してるつもりが、逆に毒を食ってんだから笑えるよなぁ! アッハハハッ!!」


 俺はレイピアを構え、突き滅ぼす。

 毒が逆流し、トレントの巨体が崩れ落ちた。


 地面が震え、枯れ木の群れが一斉に沈黙する。


 戦場に、ようやく真の静寂が戻った。




「あれ……毒薬だったんだ…… 一真っち、よくそんなの持ち歩いてたね」


「毒は俺のメイン戦術だ。マザーゲートがどれ程の脅威か分からなかったからな。今俺が持ってる中で、一番強いやつを持ってきた」


「助かったぜ御剣! 毒島もナイスだ! さっすが、毒の扱いはお手の物ってか? 毒島だけに――いでっ!!」


「しょうもない事言ってんじゃないわよ! 絞め殺すわよ?」


 尻を蹴られた木羽が、苦笑しながら肩をすくめる。


 俺たちの目の前には、水晶と、上層へと続く光の階段。

 トレントを倒すと同時に、突如その場に現れた。


 本当にどこまでも規格外な場所だ。


「よし、次行くか!」


「ちょっとー! もう帰りたいんだけど!」


「まだまだ余裕だろうが。情けねぇぞ、毒島!」


「服が汚れてテンション下がったの! もう良いでしょ今日は。一真っちも初陣だったんだしさ、帰ろ?」


 毒島の提案に背を押され、俺たちは水晶に手を掲げたのだった。


 ――――


 漆黒のゲートを潜ると、公安地下に繋がった。

 無事に帰還出来た安堵が、わずかに身を包む。


「は~……最悪だった…… もう嫌、無理……コートの中まで泥でびっちょりじゃん…… 早く帰ってシャワー浴びたーい……」


 毒島は肩を落とし、泥のついたインナーをつまんで恨めしそうに見つめた。

 裾をぱたぱた払う仕草が、戦闘中よりも必死だ。


 その横で木羽が苦笑する。


「お前、ボス戦よりも服の汚れの方がダメージでかいんじゃねぇか?」


「当ったり前でしょ! お気に入りのやつだったのに…… あーもう、テンションだだ下がり!」


 毒島はぶつぶつ文句を言いながらも、歩幅は俺たちに合わせてくる。

 なんだかんだで根性はあるのだ。


 木羽がちらりと俺を見る。


「御剣、大丈夫か? 初っ端からあれはキツかったろ」


「……まあな。だが、想定よりはマシだった」


 本音を言えば、疲労はじわじわと身体に溜まっている。

 だが、それを表に出す気はない。


 毒島が俺の横に寄ってきて、肘でつつきながら耳打ちする。


「ねぇ一真っち、きららの活躍どうだった? って言うか、一真っちもすっごい強いよね♥ 何なら、このまま執行部隊に入っちゃわない? 木羽とチェンジで!」


「……聞こえてんぞ、毒島ぶすじまが……」


「あ゛ん? なにか言いましたか~? 筋肉バカ♥」


 俺は思わずため息をつく。

 この二人は、いつもこんな調子だ。



 そんな他愛ない会話をしていると――


「そろそろ戻る頃だと思ったよ」


 聞き慣れた落ち着いた声が、エレベーター付近で待っていた。


「あっ、桐生様ぁ♥ きららの帰りを待っててくれたんですかぁ!」


 毒島は一瞬でテンションを回復し、駆け寄る。

 木羽は「単純だな……」と呟きつつも、どこか安心したように息をついた。


 桐生は穏やかに微笑んだ。


 だが、その視線は毒島ではなく――

 一瞬だけ、俺のレイピアに向けられていた。


 刀身に付いた、わずかな黒ずみ。

 トレントを刻んだときに付着した、毒の痕だ。


 桐生の目が細められる。


 その沈黙は短い。

 だが、妙に重い。


「どうやら、のある時間になった様だね。これからもよろしく頼むよ、御剣君。君の力は我々にとって非常に……有益な物だからね」


 言葉は柔らかい。

 だが、その奥に潜む色は、相変わらず読めない。


 まるで、こちらの内側まで覗き込んでくるような――

 そんな視線だった。


 俺は軽く頷くだけに留めた。


「今後も時折、顔を出しますよ……」


 桐生の笑みは変わらない。

 だが、背筋に残る違和感だけは、消えなかった。


 ――――


 そして――


 2027年 3月 22日


 東京都・渋谷区。



 夜空を裂くように。

 赤き冥界への門が、突如姿を現した。


 災厄。

 死者。

 スタンピード。


 その全てを連想させる、不吉の色。


 街のざわめきが止まる。

 人々の視線が、赤い裂け目へと吸い寄せられる。


 皆、誰もが知っている。


 レッドゲートが開いた時――

 その街は、暫し日常を失うのだと。

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