第39話 異端の証明
「あれ? 道が出ないね。コイツってボスじゃなかったの?」
岩を爪先でつつきながら、毒島は首を傾げた。
倒した巨体は、ただの残骸として沈黙している。
「何だよハズレかよ……でっけぇ図体だったから、俺はてっきりボスだって思ったんだけどなあ」
木羽は肩を落とし、分かりやすく嘆息した。
二人の反応に、俺は違和感を覚える。
「通常のダンジョンだと、ボスモンスターには体のどっかしらに刻印が刻まれてるだろ? ここではどうなんだ?」
「マザーゲートでは刻印が無いんだよ~ 今までも見た事ないね~」
毒島が首を振る。
ボスが一目で判別できない――
それは探索者にとって致命的なディスアドバンテージだ。
やはり、このダンジョンは普通でない。
「……厄介だな」
俺は周囲を見渡す。
風の流れが常に一定で、空気の匂いも変わらない。
――何かが、おかしい。
ここが『異質なゲート』であるという事以上の、奇妙な感触を俺は覚えた。
――――
「くっそ~ どうなってやがんだ、コレ……!」
「ねぇ……ここ、さっきも通らなかった?」
毒島が不安げに声を震わせる。
「いやいや、流石の俺でもそれはねえって!」
木羽は笑って否定するが、その笑みはどこか引きつっていた。
歩けども歩けども、景色が変わらない。
振り返ると、泥に浮かぶ足跡。
ただ真っすぐに、果てしなく続くその痕跡。
そして何より――
「同じところを歩かされてるな」
俺が言うと、木羽が目を丸くした。
「御剣! お前まで俺の事を疑うのかよ!」
「いや、そうじゃない。ここんとこ、よく見てみろ」
俺は枯れ木を指差す。
そこには「正」の文字が刻まれていた。
異変を感じ始めてから、念のため付けておいた目印だ。
「途中までは線が一本ずつ増えてたんだが、ある時からピタッと止まった。……術中にはまったな」
「……術? な、なんだよそれ……」
木羽の顔色が変わる。
敵は幻惑系だ。
そしてこのエリアの難度は、イエローゲート相当。
だったら、怪しむべきは――上か。
「毒島。耳を貸してくれ」
顔を寄せる毒島に、短く指示を囁く。
「ん~? 出来ると思うけど、そんな事してどうするの?」
「いたずらっ子のベールを剝がす」
「?」
毒島は首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
三人は一か所に固まり、毒島の鞭が竜巻のように渦を巻く。
泥が巻き上がり、視界が茶色に染まった。
その瞬間――
「――――ピィ!!」
小さな悲鳴が、泥の渦の中から聞こえた。
「見つけた――!!」
俺は竜巻へ飛び込み、手を伸ばす。
指先に柔らかい感触。
暴れる小さな体を、強引に掴み取った。
「ピィッ、ピィッ――――!!」
「え~! なにこの子、可愛い~♥」
毒島がうっとりと目を細める。
俺の手の中では、フェアリーが涙目で震えていた。
「同じところをぐるぐる歩かされてたのは、こいつの幻惑魔法だな」
「はえ~、すげぇ! 良く分かったな、御剣!」
「イエローゲートでは時折、行方不明者が出る。大体がこいつらの仕業だ」
俺が言うと、フェアリーは慌てて首を横に振り、涙をぽろぽろと落とす。
その仕草は、あまりにも人間らしく。
あまりにも、嘘くさい。
「んじゃこいつを倒せば、幻惑は解けるって事か!」
木羽が拳を握る。
「え~ 可哀そうだよ~」
毒島が庇うように手を伸ばした。
「いや……もっといい方法があるぞ」
俺はフェアリーを手の中で転がし、視線を突き合わせる。
ぷるぷると震える羽。
その数、四枚――
「そんなにいらねぇだろ……なあ?」
右上の羽をつまみ、ゆっくりと力を込める。
「ピィイイイイイイイイイ――――!!!!」
苦痛と叫び。
甲高い悲鳴が響き、フェアリーの背から細い血が一筋流れた。
「ちょっと一真っち! 何やってんの!」
「今のは俺たちを嵌めた罰だ。こいつらは平気で人を操って、死地に誘い込む。見た目と裏腹に、相当腹黒いぞ? モンスターの縄張りに突っ込ませて、その様子を近くで見て嗤ってたりな」
「ピィッ……ピィッ……!」
フェアリーは涙をため、俺を見上げる。
だがその視線は、毒島の反応を伺うように揺れていた。
「……でもさ一真っち。そんな痛めつけるような真似しなくても良いんじゃない?」
毒島の声は震えていた。
手を伸ばしかけて、しかし止める。
優しさと理解の狭間で揺れている。
――なるほど。
やっぱり腹黒いな。
この場で誰に媚びるのが最も効果的か。
良く分かってるじゃねぇか。
「羽虫が」
俺はもう一枚、左下の羽をむしり取った。
「ピィギィイイイイイイイイイッ――――!!!!」
毒島は目を瞑り、耳を塞ぐ。
木羽は黙って見守っていた。
「おい、まだ二枚残ってるよな? このまま引きちぎってやっても良いが、チャンスをやるよ」
俺は顔を近づけ、低く囁く。
「俺たちをこのエリアのボスの元へ連れて行け。お前ならどこにいるか知ってるだろ? 拒むんなら――」
残った羽をつまみ、力を込める。
フェアリーは激しく首を振り、従順の意を示した。
人語を理解できる知性があるモンスターは、扱いやすくて助かる。
俺が手を離すと、フェアリーは不格好に宙を舞い、ふらふらと先へ飛び始めた。
「行くか。この先にボスがいる」
歩き出した俺とは裏腹に、二人は直ぐには動き出せずにいた。
「一真っち……」
毒島が小さく呟く中、木羽は口元辺りをぽりぽりと掻きながら漏らした。
「桐生のおやっさんが、何であいつを連れて来たのか……俺、ちっと分かった気がするわ」
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