第38話 唸る剛腕
「魔道具――【輪廻の蛇】。それがこの子の名前だよ」
うねる鞭に指を這わせながら、毒島は楽しげに紹介した。
指が触れた瞬間、鞭の表面が微かに脈動する。まるで心臓の鼓動のように。
「……鞭に意志が宿ってるって聞いたんだが、本当か?」
「さあ? この子が勝手に動くから、周りがそう言ってるだけだよ? 実際のところは分かんないってば。ね~」
毒島が爪先で鞭を軽く擦ると、鞭は生き物のようにくねり、よじらせる。
……異様だ。
見ようによっては、卑猥ですらある。
俺の感性がおかしいのか?
「……適当なんだな」
「アハハ! 細かいことは気にしな~い! 使えればなんでも良いじゃん♥」
そう言って、毒島は鞭を腰に括りつけた。
鞭は彼女の腰に吸い付くように巻き付くと、主を確認したかのように沈黙した。
「それで? この後はどう動けばいい?」
俺の問いに、木羽が腕を組んだまま答える。
「マザーゲートって言っても、基本は他のゲートと同じだ。このエリアのどこかにいるボスを倒す。それが目標な!」
木羽は腕組みを解き、指をぽきぽき鳴らす。
「ボスを倒せば次の道が開く。そん時にな、さっき見た水晶がまた出てくるんだわ。そいつを使えば、入り口に戻れるって寸法よ」
地面をひとつ指差す木羽。
その指をそのまま持ち上げ、今度は上を指す。
「水晶を無視して先に進めば、また似たようなエリアが広がってる。今回は沼地だったが、法則性はねぇ。そこでまたボスを倒すまで、帰還手段はない……ったく、分かりづれぇよなぁ」
頭をがりがり掻く木羽。
だが、ルール自体は単純だ。
「塔全体が踏破型のダンジョンで、途中にセーブポイントが挟まってるイメージだな。エリアボスを倒せば、一時撤退も可能……そんなところか」
「……順応はえぇな御剣。まさにその通りだよ」
木羽は驚いたように八重歯を見せ、にやりと笑った。
――――
広大な沼地を進む。
ぬかるむ足元は、想像以上に体力を奪っていく。
風はなく、虫の羽音すらしない。
生き物の気配が消えたような静寂が続く。
俺は前をずんずん進む木羽に問いかけた。
「木羽……ボスの居場所に当てはあるのか?」
「おん? ねぇぞそんなもん!」
「じゃあ俺たちはどこに向かってるんだ?」
「まあ適当だな! 適当! てきとーに歩いてりゃ、そのうちエンカウントすんだろ! なんだ御剣、へばったか?」
「……いや、そういう訳じゃないんだが……」
渋面を作った俺に、毒島が近づき耳打ちをする。
「コイツはいっつもこんな感じなのよ……分かりやすい筋肉バカ。まあ、ボスの位置が分からないのはきららも同じだけどさ」
やけに自信満々に先導していると思ったら、ただの無策か。
その大胆さに、逆に感心する。
「木羽、少し止まってくれ。無暗に動くのは得策じゃない。まずは作戦を――」
その瞬間、沼がうねった。
地鳴り。
足元の泥が沈み込み、跳ねた粒子が頬を打つ。
泥濘が盛り上がり、巨大な影が姿を現した。
「おっ!! お出ましだぞ、御剣ぃ!!」
泥をまとった岩塊が積み上がり、腕、胴、顔を形作る。
沼全域が震えるほどの重量。
一撃でも食らえば、骨どころか肉体ごと押し潰されるのが分かる。
二つの光る目が、沼の水面に反射して揺れた。
「ゴーレムか!!」
「■■■■■■■■――――!!!!」
咆哮と共に、空を仰ぐ巨体。
その声が、鼓膜の奥深くに刻み込まれた。
毒島の反応は早かった。
「はああっ!!」
鞭をしならせ、巨人の胴を打つ。
だが、効果はない。
――と思った矢先、鞭が瞬時に角度を変え、ゴーレムの肩へと巻き付いた。
「好き勝手に動いてやがる……オート防御だけじゃないのか…… 何でもありだな……!」
俺の疑問をよそに、毒島は肩をすくめる。
「相性が悪いわね……でも、動きは止められる!」
巨腕が持ち上げられる。
毒島の鞭はゴーレムの肩に食い込み、岩の隙間を締め上げた。
「ちょっと木羽ぁ! どうにかしなさいよこのデカ物!!」
「う~し、うし。そのまま止めとけよ~毒島」
木羽は両拳をごつんと合わせる。
ナックル同士がぶつかり、黄金の飛沫が散る。
一、二、三、四、五――
拳に宿る光が、殴るたびに濃くなる。
「こんなもんか? んじゃ行くぜ――!」
木羽は飛び上がり、拳を振りかぶる。
黄金のナックルが、煌めく円環を描き出す。
「うおらあああああああああああっ!!!!」
轟音。
拳がゴーレムの胴を震わせ、岩塊が砕け散る。
泥の雨が降り注ぎ、視界が茶色に弾けた。
「いや~、爽快! 五回はちと多すぎたな! やっぱ俺、強過ぎるか~?」
「はあ? 何全部自分の手柄みたいに言ってんのよ! きららが動きを止めててあげたお陰でしょ!?」
「わーってるって! そう怒んなよ!」
もめる二人。
だが、理解した。
毒島の搦め手が敵を拘束し、その隙に、木羽が渾身の一撃を叩き込む。
無駄のない、洗練された連携だ。
「これが、執行部隊ね……」
想像以上の練度だ。
こんな奴らが、公安にはあと何人いるんだ?
胸の奥が熱くなる。
ソロで潜っていた俺では、絶対に辿り着けなかった領域。
世界は、まだまだ広い。
「……おもしれぇじゃねぇか」
瓦礫となったゴーレムの残骸を踏みしめ、俺は二人に歩み寄った。
――――用語一覧――――
【輪廻の蛇】
入手難度:★★★★★(計測不能)
効果:内に魂を保有する
毒島きららが愛用する、鞭の魔道具。毒島の身に迫る危険を察知し、自動で敵を迎撃する。また毒島の意識とリンクする事で、基本性能を大きく底上げする事も可能となる。
内に魂を宿しており、鞭自身が使い手を選ぶ。気に入らない使い手だった場合は、容赦なく絞め殺す事から、公安内では『呪いのアイテム』としての悪名が高い。




