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第37話 絡めとる蝶

 年末、桐生きりゅうによって存在だけ明かされたマザーゲート。

 攻略難易度、生息モンスター、すべてが不明の領域。


 腰の左には妖刀血狂を、右には落葉椿を。


 ポーチの中身はいつも通り。

 ヨプの葉数枚と、毒の小瓶……今回は特上のを持ってきた。


 そしてお守り代わりの――魔眼。


 準備は万全だ。

 俺は公安の受付に立ち、深く息を吸う。


「探索者、御剣と申します。執行部隊の木羽さんにお繋ぎ願いたいのですが――」


「おっ、来やがったな! 御剣!」


 右手を軽く上げ、にひるな笑みを浮かべる男。

 茂宮のご登場だ。


「年明け早々公安に顔出すなんて、殊勝な心掛けだな。んで、用件は?」


「勿論、下だ」


 胸の奥に沈む重さを押し隠しながら答えると、茂宮はにやりと指を差した。


「木羽と毒島を連れて来る。ちーっと待ってろや」


 ――――


 木羽と毒島が現れ、俺を含めた計三人で、エレベーターへ乗り込む。

 行き先は地下、マザーゲート。


 エレベーターを降り、ゲートの前に立つ二人。

 改めて、その風貌をまじまじと確認する。


 木羽は拳に黄金のナックルを装着。

 毒島の腰には深紅のむちがゆるく巻かれて揺れていた。


「うし、気合入れてくぞ!」


「じゃ、行こっか! よろしくね、一真っち♥」



 漆黒の渦を潜った瞬間、視界が反転する。


 目の前に広がったのは、美しき庭園。

 京都に迷い込んだのかと、錯覚するのも束の間――


「――あれが、塔か?」


 思わず息を呑む。


 天空に突き刺さる、黒い杭のような巨塔。

 その異様さに、背筋がひやりと冷えた。


「この辺りにモンスターは出ないから安心して」


 毒島が軽く言うが、俺の緊張は抜けない。


 庭園を進んで行くと、塔の真下に到着した。

 二人は塔の入り口を外れ、小脇に寄る。


「おい、中に入らないのか?」


「ん? ああ、そっちはもうクリア済みだから! 行っても意味ないよ。きららたちが用があるのは未踏破エリアだけ」


 毒島は俺の疑問を軽く流すと、何やら壁に備え付けられた水晶をいじっている。


「この水晶を使えば、攻略済みのエリアをすっ飛ばして、一気に上まで行けるから。ささ、手をかざして!」


「……どういう仕組みだよ」


 ダンジョンにおいて、現実世界の物差しなど無価値だ。

 俺はこれまで、嫌って程目にして来た。


 だがそんな俺でも、この場所は規格外だ。

 思わず、笑みがこぼれる。



 ――転移。


 到着した瞬間、鼻をつく腐臭が襲う。


「……こいつは凄いな……!」


 眼下に広がる、果て無き沼地。


 ぬかるむ大地、枯れ木が乱立し、瘴気が視界を霞ませる。

 あの塔の内部に、こんな空間が広がっているなんて――常識が揺らぐ。


「うえー! 何ここ……! サイアクなんですケド……」


 着地の際に泥をひっかけた毒島が、顔を引きつらせる。


 その背後で、一瞬だけ光が走った。


 いやな予感が背筋を貫く。


「後ろっ、危ないっ――!!」

「へっ?」


 叫んだ瞬間には、もう遅い。


 銀の弓矢。

 毒島の背を目掛けて一直線に飛ぶ。



 当たる――


 キィイイイイイイイン――――!


 金属音が響き、矢が弾かれた。

 毒島の腰に結ばれた鞭が、まるで意志を持ったかのようにしなり、迎撃したのだ。


「なんなのもーっ! いきなり撃って来るなんて、あったまくるですけど!!」


 毒島はグリップを握り直し、鞭を構える。


「――でも残念でした」


 鞭の先端が螺旋状に回転し、毒島の周囲をくねくねと巡る。


 まるで、蛇だ。


「はいそこ。射程圏――!」


 右腕を振るう。

 鞭が伸びる。


 伸びる。

 伸びる。

 どこまでも。


「ギギギギギッ――――!!!!」


 標的を絡め取った。

 毒島は腕を半円状に薙ぎ払う。


「おいでませ~」


 バキバキと木々をなぎ倒しながら、獲物が地面に叩きつけられる。

 苦悶の声を上げたのは、ホブゴブリン――ゴブリンの上位種だ。


「撃って来たのアンタでしょ? 着地狩りとかさー、思考が雑魚のそれなんだわ。恥を知りなよ?」


 冷め切った目。

 底冷えする声音で、宣告する。


「いっぺん死んで、出直してきなって」


 毒島は鞭を引き絞り、獲物を締め上げる。

 ホブゴブリンは泡を吹き、ガクンと息絶えた。


 木羽が首を鳴らしながら言う。


「毒島に背後からの攻撃は通用しねぇ。あいつが握ってる鞭が意志を持ち、近づく敵を自動で迎撃する。いわゆるオート防御って奴だ」


 紫のツインテールを揺らしながら振り返った毒島は、俺にウィンクを飛ばす。


「魔道具ですら魅了しちゃう、きららって罪な女でしょ♥」


 その言葉に、俺は思わず喉を鳴らした。

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