表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/48

第36話 火種

 公安本庁、77階――


「魔眼を渡したのですね」


 入り口付近に佇む白コートの男が、抑えた声音で問いかけた。

 その表情は無機質だが、瞳の奥にわずかな陰りがある。


 桐生きりゅうは机上の書面から目を離さず、軽く笑った。


「意外だったかな?」


「……いえ。貴方の決定であれば、僕は従うだけです」


 言葉は従順だが、そこに宿る温度は低い。

 桐生はその微細な揺らぎを見逃さなかった。


 書類を閉じ、白コートの男へと視線を向ける。


常平つねひら派は最後まで反対していたよ。結局は私の独断で押し切った形だ。散々小言も言われた……『独断専行が過ぎる!』とね」


 桐生は口元に手を添え、子供のように笑った。

 その無邪気さに、白コートは胸の奥に沈めていた感情を、思わず吐き出す。


「……貴方は長らく、次なる魔眼ホルダーを探していた。なぜ、あの男――御剣なのですか? それに、マザーゲートの攻略ならS級探索者に要請した方が確実かと。今ならあの藤堂とうどう いわおも帰国しています」


 旧友の名を聞き、桐生の目に懐かしさが灯る。


「帝国ギルドはこの間のイエローゲートで、痛手を負ったばかりだ。それにS級は皆忙しい。公安の地下深くに埋まった得体の知れないゲートに、時間を割く暇などないさ」


 桐生は立ち上がり、窓際へ歩み寄る。

 頂上から見下ろす東京は、一面白銀の冬の色をしていた。


「そして魔眼ホルダーの話。君の質問に端的に答えるなら――『御剣 一真は異端者だから』だ」


「異端者……?」


 白コートの眉がわずかに動く。

 その反応に、桐生は愉悦を滲ませた。


「彼は何の見返りもなく、ダンジョンを攻略する。ブルーゲートとはいえ命懸けだ。そんな真似が出来るのは、異端者だけだよ。正義に駆られた者か、ただ強さを追い求める者か、もしくは――」


 桐生はゆっくりと振り返る。


「復讐のため、とかね」


 その瞳に、六芒星ろくぼうせいが淡く浮かんだ。

 瞳を覗き込んだ瞬間、白コートの視界にノイズのような揺らぎが走る。


「魔眼は常人には扱えない。精神を侵されない、強い意志が必要となる。だからこそ、彼のような人間は貴重なのだよ」


 桐生の声色が一瞬だけ低く沈む。

 再度窓へと向き直り、ガラスに手をついた。


「――彼がどう変わっていくのか、興味がある」


 白コートはその背中を見つめながら、胸の奥に、よどみを蓄えた。

 それは言葉にできない、焦げつくような嫉妬。


 東京の空は、静かに曇っていた。


 ――――


 2027年 1月 3日


 年が明けた。

 とは言え、俺の住むボロアパート周辺は、何ら変わらない。相変わらずどこで何をやっているのか分からぬ隣人。滅多に顔を出さない大家。全て平常運転だ。


 薄い床に寝転び、俺は球体を指先で転がしていた。


「魔眼……」


 地下で見た桐生の眼。

 あの六芒星は、いったいどんな世界を見通しているのだろうか。


 右目を閉じ、球体を押し当てる。

 触れた瞬間、皮膚の奥で脈動のような熱が走った。


 ぞわりと、内側が蝕まれる感覚――


 心臓が一拍だけ跳ねる。

 手がわずかに震えていた。


「……情けねぇな」


 恐怖など、とっくに失ったと思っていたのに。

 化け物に堕ちたつもりでいたが、俺にもまだ人の名残があったらしい。


 エメラルドが、微かに揺れて見えた。


 ――――


 大阪府、浪速区。

 繁華街。


 とある高級ホテルの一室にて。



 湿った暖房の空気と、葉巻の甘い煙が漂う部屋。

 班目まだらめは冷や汗を流しながら、床に額を擦りつけていた。


 ソファに座る男は、札束を指で弾きながら数え終えると、最後の一枚を投げ捨て、深く背を預けた。


「……おい。先月の稼ぎ、これだけか?」


 低く響く声に、班目の肩が跳ねる。


「す、すみませんお頭っ……! ここ最近、ブルーゲートがどんどん無くなってて、公安からの報酬金が――あがっ!」


 男は靴で班目の頭を踏みつけた。

 革靴の底が軋み、床に血が滲む。


「言い訳は聞きたくねぇ。誰がてめぇらハイエナの面倒見てやってると思ってんだ?」


 髪を掴み上げられ、班目の鼻から血が垂れる。


「も、申し訳ございませんっ!!」


「東京はこっちと違って、ゲートの発生件数が桁違いだろうが。……さぼってんじゃねぇだろうな?」


「み、御剣です……! 御剣 一真っ! あいつが、ブルーゲートを食い荒らして回ってるんです!」


「……御剣? 渋谷の一件で、てめぇが泣きながら報告してきたあのガキか?」


「あいつ異常なんです! はぐれ探索者のくせに、報酬金も受け取らず、好き勝手にゲートを潰し回ってるんですよ……! 渋谷でやられてから……ずっと、ずっとです……!」


「……で? その御剣って小僧が? あれから何か月も潜り続けてるって言いてぇのか? 得られるもんなんて、なーんにもありゃしねぇのに?」


「し、信じて下さい、お頭ぁ!! 本当に俺ら、もう仕事にならねぇんです……!」


 必死の形相で顔を下げる班目に冷めた目線を飛ばし、男は煙を宙に吹く。


「その話がほんとかどうかは、俺の伝手つてを使えばすぐに裏が取れる。……ま、とは言え……てめぇに嘘をつく度胸があるとも思えねぇわな。信じてやるよ、班目」


 班目がぱっと顔を輝かせ、男を見やる。

 男の後ろには、でかい古看板。


 そこに荒々しく記された文字――


 獄炎ギルド。

 S級探索者 西園寺さいおんじ 龍三りゅうぞう


 西園寺は葉巻の灰を指先で落とし、薄く笑った。


「人様の狩場を荒らす不届き者には、お仕置きが必要だな」


 西園寺は班目を見下ろし、冷たく告げる。


「班目。てめぇに名誉挽回の機会をくれてやる。そのガキ、消してこい。手段は問わねぇ。うまい事処理出来たら、臨時収入の大盤振る舞いだ」


「で、ですがお頭っ! アイツとまともにやり合っても、俺に勝ち目なんて――」


「てめぇら、ボコられてきたもんなぁ。クク……」


 西園寺は葉巻をくゆらせながら続けた。


「潰しの効くギルドを斡旋あっせんしてやる。A級が数人、B級、C級もゴロゴロいる。好きに使えや」


 そして、笑みを消す。


「藤堂んとこがバカやって、折角いい気分だったのにな。萎えちまったよ。もしも失敗した時は――次はてめぇが消える番だぞ? 斑目」


 部屋の空気が一瞬で冷える。

 班目の目からは、既に生気が失せていた。

読んで頂きありがとうございます。

面白いと思って頂けたら、ブックマークや評価で応援頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ