第3話 混乱
茂宮に顔を寄せ、男は耳元でねっとりと囁いた。
「そうだなぁ……ざっと三百で手を打とうじゃねぇか。今ここで払うなら、俺たちがこのダンジョンを攻略してやる。どうだ? 来るかどうかも分からねぇギルドを待つより、よっぽど賢い選択だと思わねぇか?」
「……馬鹿が。てめぇら【はぐれ探索者】ごときに三百だと? 出せる訳ねぇだろうが」
「じゃあギルド待ちか? あいつら、この前のレッドゲートで消耗してんだよ。多分、一千万超えるまでは動かねぇぞ?」
「…………」
「公安で攻略するにしても、兵器の調達で莫大な金が飛ぶ。だったら三百万で俺らに任せた方が、そっちのダメージは最小限で済む。猿でも分かる計算式だろ?」
リーダー格の男が詰め寄ると、公安の一人がついに折れた。
「……し、茂宮さん……! 悔しいですが、こいつらの言う通りです! 俺たちだって、もう限界なんです! はぐれだろうと何だろうと、攻略してくれるならそれで……!」
茂宮は無言で煙草を取り出し、火をつける。
肺に煙を満たし、リーダー格へと吹きかけた。
「……失せな、ハイエナ共。てめぇらにくれてやる金なんざ、一文たりともねぇよ」
「しっ、茂宮さんっ――!」
煙を浴びた男は、唇の端を吊り上げる。
「後悔するぞ……政府の狗がよ」
男は後ろの仲間に合図を送った。
二人の男が路地裏から飛び出し、大通りへ向かう。
「渋谷区のみなさ~ん、聞いてくださ~い!」
「この路地裏にブルーゲートが発生してま~す! もう三か月ですよ~!」
「でもぉ、公安の方々は~、まだ放置するみたいなんですよぉ!」
その声に、茂宮の額に青筋が浮かぶ。
「おい、てめぇらっ――!」
「おっと、どこ行く気だ? まだ話は終わってねぇぞ?」
茂宮が駆け出そうとするのを、リーダー格の男が押し留める。
「どけっ!」
「まあまあ。もうじき『答え』が出るだろ?」
茂宮は腕を掴まれ、振り払えない。
二人の力の差は歴然だった。
「このままじゃスタンピードが起きるかもしれませ~ん!」
「市民を危険に晒すなんて、酷い話ですよねぇ? ねぇ、みなさ~ん?」
「黙れっ!! それ以上喋るな!!」
茂宮の叫びも虚しく、群衆のざわめきが広がっていく。
「……スタンピードって、ほんとなの?」
その一言が、火種になった。
「渋谷でスタンピード……?」「マジかよ……」「確かに、あのゲートずっとあるよな……」「三か月って言ってたぞ?」
瞬く間に、恐怖が伝播する。
「どうにかしろよ公安!」「税金返せ!」「ギルド呼べ!」「早く解決しろ!」
パニックに陥る群衆。
平穏は一瞬で崩れ去った。
――誰もが本当は知っている。
ダンジョンは、ただただ恐ろしいのだ。
「さて、改めて聞くぞ、公安様……いや、茂宮だったな?」
男は茂宮の顎を持ち上げる。
「この状況、どうするのが正解だ?」
「――――くそったれがっ!!」
◆
目的地に到着した。
ビルの前には人だかり。
路地裏へ向けられた視線。
飛び交う罵声。
「……随分と騒がしいな」
俺は人混みをかき分け、奥へと進んでいった。
――――用語一覧――――
【はぐれ探索者】
探索者でありながら、特定のギルドに所属していない者達の総称を指す。
ギルドによる報酬金の中抜きを嫌い、はぐれ探索者として独自で活動する者達。彼らの多くは、公安の定めた報酬金の相場を乱し、横から金を掠め取る事から、侮蔑の意を込めて『ハイエナ』と呼ばれる事もある。




