第2話 路地裏の応酬
東京都、渋谷区。
晴天の下、早足で道を急ぐサラリーマン。
露出の激しい若者たち。
スマホで写真を撮る外国人。
はしゃぐ子供たちに、道端で休む老人。
呆れるほど平和な光景だ。
まさかこの中に、人々の日常を脅かす“恐怖”が潜んでいるとは思うまい。
ダンジョン――
それはモンスター共の巣窟。
この世界に突如として発生し、ゲートを通じて現実と異界を繋ぐ。
ゲートは脈絡なく世界中に出現し、日常を侵食した。
初めは恐怖に震えていた人々も、今では慣れきってしまっている。
「喉元過ぎれば、何とやらだな」
独り言は、誰に聞かせるわけでもない。
目的地は、もうすぐそこだ。
◆
そして俺とは別に。
渋谷の現場では、既に面倒事が始まっていた。
「……おい。ギルドからの連絡は?」
「まだ、ありません……」
高層ビルが立ち並ぶ一画。
ビルとビルの間には、立ち入り禁止のテープが幾重にも張られている。
その奥――
路地裏からは、青い靄が滲んでいた。
靄の前には、公安の男が二人。
「ちっ、馬鹿野郎どもが……! 状況分かってねぇのか? 足元見やがって、くそがっ!!」
苛立った男――茂宮は煙草をくわえ、煙を吐き出す。
「……報酬金、今いくらだ?」
「……二百万、ですね……」
「ちっ……。四百まで上げて、一週間様子見ろ。それで無理なら【特隊】を動かす」
「特隊って……! またうちで攻略するんですか!? 無謀ですよ茂宮さん! ここ最近立て続けじゃないですか! 予算、もう――」
「アホ!! んなもんどっかからひり出すんだよ!! ブルーゲートにこれ以上の報酬は出せねぇ!」
「…………それは……確かに、そうですが……!」
茂宮は吸殻を地面に投げ捨て、靴で踏み消す。
苛立ちを隠さず頭を掻く。
その背後に、五人の影が現れた。
「ん~? これはこれは~! 公安様じゃねぇか?」
「……あん?」
武装した五人の男たち。
鎧を着込む者、ロングソードを帯刀する者。
全員が薄気味悪い笑みを浮かべている。
「公安がこんな路地裏で何してんだぁ?」
「お仕事サボり中でちゅかぁ?」
「勘弁してくれよ~! おめぇらの給料、どっから出てると思ってんだよ~?」
下品な笑い声が響く。
茂宮は目を細め、彼らの装備を見定めた。
「……探索者か。ここは立ち入り禁止だ。外のテープが見えなかったのか? とっとと出てけ。仕事の邪魔だ」
敵意を向ける茂宮に対し、リーダー格の男が前に出る。
「んだよ、ちょっと様子を見に来ただけだろ? もう噂になってんだぜ、コレ。ゲートが発生したの、確か六月頃だったよなぁ? で、今何月よ? ん?」
茂宮の顔に影が差す。
「だいたい三か月……そろそろリミットだろ? スタンピードでも起きたら、こっちはたまったもんじゃねぇ。クックック……」
「……用件はなんだ。さっさと言え」
会話の主導権は、完全にリーダー格へ移っていた。
「ギルドが動かねぇんだろ? そりゃ当然だ。最近、報酬金が目減りしてんだよ。ギルドも反発してんだ。あんたら公安様の対応になぁ」
男はスマホを取り出し、画面をトントンと叩く。
「渋谷ブルーゲートの攻略金、二百万ね……いやぁ、世知辛い! 命懸けで攻略して、国から貰えるのはたった二百万! そりゃギルドも動かねぇってなぁ、お前ら!」
下品な笑いが重なる。
笑いが止むと、リーダー格の男は声を潜めた。
「だが、俺らなら話は別だぜ? 公安様よぉ……?」
◆
そしてこの路地裏に、もう一人。
渋谷ブルーゲートを探す男が近づいていた。
――この俺、御剣 一真だ。
――――用語一覧――――
【特隊】
公安特務部隊の略称。
自衛隊と双璧を為す、日本の国防の要となる実力組織。人類史上初めてダンジョンが観測された、1994年に発足。自衛隊が対国際的な抑止力として機能する一方で、公安特務部隊はダンジョン攻略に特化した組織として、防衛省の傘下に置かれている。




