第1話 とある男の昼下がり
……あれから十数年。
俺は今も、ダンジョンを探している。
今日もまた、殺すためにダンジョンを探している――
◆
薄汚れたボロアパートの一室。
閉め切ったカーテンのせいで、昼間でも薄暗い。
俺は公安のホームページを開き、淡々とスクロールしていく。
[令和7年におけるダンジョン発生状況 取りまとめ]
『東京都』
・目黒区:4月2日未明、ブルーゲート観測
➡6月6日、PM16:31、公安特務部隊により攻略済
・新宿区:4月17日、PM15:02、ブルーゲート観測
➡6月24日、PM14:36、公安特務部隊により攻略済
・港区:5月14日、AM9:02、イエローゲート観測
➡6月28日、PM21:02、征伐ギルドにより攻略済
マウスを動かす音だけが、部屋に虚しく響く。
惣菜パンを二口かじり、野菜ジュースで流し込む。
これがいつものルーティンだ。
・葛飾区:5月19日、AM5:22、ブルーゲート観測
➡7月22日、AM11:31、公安特務部隊により攻略済
・文京区:5月21日、AM7:44、ブルーゲート観測
➡8月3日、PM22:01、公安特務部隊により攻略済
・世田谷区:5月26日、PM16:41、ブルーゲート観測
➡5月28日、PM22:32、龍神ギルドにより攻略済
惣菜パンを食べ終え、机の端に置いてある錠剤を一粒飲み込む。
平日の真っ昼間から公安サイトを漁っている時点で、俺は立派な不審者だ。
自覚はある。
・品川区:6月13日、AM7:31、レッドゲート観測(非常事態宣言発令)
➡同日、PM14:07、公安特務部隊・ギルド連合軍により攻略開始
➡6月16日、AM4:03、ボス討伐とゲート封鎖を確認
死者:34名、行方不明者:3名
・渋谷区:6月17日、PM18:00、ブルーゲート観測(至急、対応求)
・新宿区:7月14日未明、イエローゲート観測
➡8月16日、PM15:33、帝国ギルドにより攻略済
ページ最下段の、いつもの文言が目に入る。
『もしもダンジョンを発見した際は、すぐさま公安までご連絡下さい。
貴方のその一報が、街の平和を守ります。』
「……街の平和、ね」
安っぽい文章だ。
だが、どうでもいい。
重要なのは――この一文だけ。
・渋谷区:6月17日、PM18:00、ブルーゲート観測(至急、対応求)
「…………対応求。渋谷、ね」
標的が決まった。
俺が探しているのは、攻略されていないゲートだけだ。
パソコンの右下に目を向ける。
『2026/09/02』
飲み終わった野菜ジュースのパックを握り潰し、立ち上がる。
壁に掛けてある小柄なウエストポーチを手に取り、寝室へ向かった。
寝室と言っても、カーテンで仕切っただけの雑な空間だ。
ベッドなんて上等なものはない。
枕元には鉢植えが円形に並び、ツタが伸び放題になっている。
その中から活きの良い鉢を選び、しゃがみ込む。
「よし、よく育ってるな」
深い緑色の【ヨプの葉】を数枚むしり取る。
これは現地調達もできるので、多くはいらない。
次に冷蔵庫を開ける。
中には野菜ジュースの束、もやし、卵、使いかけのハム。
そして一番下の段には、大小さまざまな瓶が並んでいる。
「ブルーゲートなら……この辺りか」
一本を手に取り、ポーチへねじ込む。
最後に必要なのは――獲物だ。
部屋の隅のふすまを開けると、黒い金庫が鎮座している。
パスワードを入力し、扉を開ける。
中から短刀を取り出した。
短刀を腰に括りつけ、ふうと一息。
「準備OK、と」
ポーチの小窓からライセンスが見えることを確認する。
ライセンス忘れで職質なんて、ビギナーみたいな真似は御免だ。
「さて……久々の渋谷だな」
渋谷ブルーゲート。
……ようやく、殺せる。
――――用語一覧――――
【ヨプの葉】
入手難度:★☆☆☆☆
効果:回復、沈痛
森系ダンジョンに群生する、最も一般的な薬草。
傷口に塗り込んだ瞬間から治癒が開始し、軽度の沈痛作用を併せ持つ。
ダンジョン内で受けた傷に対してのみ有効。なぜこの葉に治癒能力が備わっているのかは医学的に解明されておらず、使用に懐疑的な探索者も多数いる。




