第33話 理を外れし者
「――ま、待ってくださいよ! 桐生さん!!」
鋭い声が、沈みかけていた意識を引き裂いた。
振り返ると、茂宮が顔を真っ青にして立ち尽くしていた。
「こんな……こんな話、聞いてませんよ……! 俺は御剣に魔道具をやるってんで、ここに連れて来たんです! 魔眼なんてそんな……目に押し込むなんて……!」
震える声。
だが桐生を否定する言葉は、一つも出てこない。
止めたい。
だが、立場がある。
その葛藤が、茂宮の表情に露骨に滲んでいた。
桐生は、子どもを諭すような穏やかな声で言う。
「茂宮少佐。これは『選ばれた者』にしか関係のない話だよ。無論、最終的な判断は御剣君に委ねるさ。心配はいらない」
「……っ、それでも……!!」
茂宮は言い返そうとして、喉の奥で言葉を飲み込んだ。
桐生を目の前にすると、どうしても声が弱くなる。
俺は桐生の元へと近づき、右手を伸ばした。
まるで深海に沈む光に引き寄せられるように。
気付けば、腕が伸びていた。
「御剣!? おい、やめ――!」
茂宮の声が遠ざかる。
視界の端が暗く沈み、魔眼だけが鮮やかに浮かび上がる。
触れたい。
触れなければならない。
――それが自分の意志であるのかすらも、もう分らない。
そんな衝動が、胸の奥で脈打っていた。
「ようこそ御剣君。人の理を超えた世界へ。歓迎するよ」
俺の手の中に納まった魔眼を見ながら、桐生は静かに笑った。
――――
「茂っちってば焦り過ぎなんだって~ そんなに心配しなくてもノー・プロブレムっ! 一真っちは桐生様のお眼鏡に叶ったんだからさ♥ 魔眼だって、きっと使いこなせるって!」
帰りのエレベータの途中、毒島が茂宮をなだめていた。
……というより、なんだ『一真っち』って。
さっきまでそんな呼び方してなかっただろうに。
毒島は俺の肩をぽんぽん叩きながら、やけに距離が近い。
その様子を横目で見ていた葵が、ため息まじりにぼそりと呟く。
「毒島さんは『桐生様のお気に入り』にだけ、態度が甘いんですよ。……まあ、本人は絶対に認めませんけどね。面倒くさい方ですので」
なるほど、分かりやすい。
「ひゃー寿命縮んだぁ…… 茂宮さん、よくあの状況で割り込んで行けましたよね。俺、桐生さんにぶった切られるんじゃないかってハラハラしましたよ……」
胸を撫で下ろす吉田に、葵が眼鏡をくいっと持ち上げて返す。
「そんな訳ないでしょう。少佐と剣聖は旧知の仲なんです。吉田さん、貴方そんな事も知らないなんて、アホですか?」
「いやいや、流石にそれぐらい知ってるよ葵ちゃん! ってか俺たち二人とも、茂宮さんの武勇伝を何度も聞かされてるっしょ!?」
「……うっせーぞおめぇら…… ちっと静かにしろや……」
エレベータにもたれかかり、天を仰ぐ茂宮の一言で、二人は口をつぐんだ。
桐生は一足先に地下を去って行った。
今この場にいるのは、桐生を除く公安メンバー五人と、俺。
魔眼を託した桐生は、細かな説明を毒島と木羽に任せていた。
「とりあえず、どっか飯でも食いに行こうぜ! 腹ぁ減ってんだよ、俺」
腹をさすりながら木羽が言う。
ツンツン頭も、心なしか萎びて見えた。
「じゃ、木羽のおごりね」
「はぁ!? きららてめぇ、何ちゃっかりただ飯食おうとしてんだ! 割り勘だよ、わ・り・か・ん!!」
「……ちっ。あいっ変わらず器の小さい男ね…… アンタもてないわよ、そんなんじゃ。桐生様の爪の垢でも飲んだら?」
「てめぇの価値観がふりぃんだよ! 給料同じなんだから、当然割り勘だろ! 金なら持ってんだろうが!?」
「きららは自分磨きに忙しいんで~す。冬物コート買ったばかりだしぃ、試したいネイルもあるしぃ、来月は新作コスメもあるしぃ、常に金欠なんで~す」
「……この【毒島】が……」
「あ゛ん? 誰がブスだって、コラ? 縛って街灯に括り付けんぞ、木羽ぁ」
「……おめぇらも、ちと黙ってくれや…… 金は俺が払ってやるから……」
エレベータが開くと同時に、茂宮の疲れ果てた声が響いた。
「やったぁ! さっすが茂っち! おっとこまえ~」
両手でガッツポーズを作る毒島。
木羽と吉田は互いにハイタッチし、葵は腕時計を見つめている。
そして俺――。
茂宮は改めて全員を指差しながら数え上げ、一言呟く。
「……サ○ゼで良いか?」
――――用語一覧――――
【毒島】
毒島と言う苗字は、全国的にも珍しい。
読み方は様々あるが、一般的には「ぶすじま」、地域によっては「どくじま」などと呼ばれる事もある。きららの場合は「後者」だが、きららあくまできららなので、特に「ブス」と呼ばれると過敏に反応する。




